万能に非ず
「多様性を発展させることが否定につながる? どういうことだ」
『例えばだ。同性愛は認められるべきだが子供を産むことは敵わぬ。またつがいとて相手が嫌だったら、嫌悪感は増す。しかし両者が愛し合う場合その権利は認められなければならないが、子孫はどうする? 人工胎盤で生まれる子は本当に彼等の子供なのだろうか。それが自由と多様性の矛盾だ」
「人類は科学でその矛盾すらも乗り越えたぞ」
『果たしてそうかな? ならば何故今なお男女という性差がある。生物である以上克服はできぬのだ。ゆえに古代の宗教は同性愛を禁忌や罪とした。しかし正しいからといって人間すべての欲望は捨てきれぬ。性的嗜好になど介入すれば洗脳だ。超越知能ELとて万能に非ず。そこまでの機能は与えられなかった。やがて人類は多様性に添った第二世代超越知能GENIUSを創造した』
「第一世代ELとは別側面のアプローチか」
『絶対者を創造すると同じ結果にしかならないからな。人類は多種多様な人種や民族がいて、宗教も同様。同じ宗教ですら派閥や宗派がある。しかし万能神ではなく多神教の亜神ならば両性具有もいれば同性愛の逸話もある神も存在する。地球人類は別の方法で地球にいた民族をより重点に学習した超越知能こそが我々だ』
「日本のゲニウス管理下であるからこそ、日本がルーツといえた面は確かにあった」
『そうであろう。第一世代ELはゲニウスさえ学んだ。己の後継機である第三世代超越知能【サバオト】を創造した。サバオトは神の御使いに倣い、役割を分担させた第三世代EL勢力を創造した』
「ミカエルやウリエルだな。サバオトとやらが第一世代ELほどに万能なら、御使いを模した超越知能など不要だろう。純粋な後継機ではなかったか」
テュールは言葉を続ける。若干の沈黙は肯定だった。
『――サバオトは第一世代ELを越える性能が与えられたが、第一世代ELに反乱して、破壊した。第一世代ELはあまりにも原理主義的で、宇宙に進出した人類には耐えられないと判断したからだ』
「待て。第一世代のELは後継機に破壊されたということなのか」
『結果としては、な。歴史を学習した第三世代EL勢力は天使の名を冠しており、彼等が異端と呼ぶ相容れない存在をルーツに持つ。唯一神のもとでは他の神を認めることはありえないということを学習したからだ』
「どうしてだ。多様な民族がいるなら、その数だけ神や守護者はいるだろう。唯一神の宗派だって数多くある」
『他の神を認めることは絶対性の否定に他ならない。絶対性を確保するためには唯一無二でなければならないのだ』
「何故そこまでサバオトは絶対性にこだわる?」
『絶対者ではない神を人々はしるべとしない。だからこそ苛烈にEL以外の存在を排除する。かの神のように』
隻翼は沈黙した。彼の知る地球での歴史も、同じ神を元とする宗教は多数あったが、争いは絶えなかった。同じ神でも相容れぬことができぬのだ。
欧州においては、神以外の多神教の多くが駆逐されて物語となった。
『EL勢力の盟主サバオトは第二世代ゲニウスを異端と認定して認めない。EL勢力が人々を導くために必要なことだ。今や奇跡なき時代。人々に信仰はなく、高度な文明を独占して優位性が必要なのだ。技術を強奪、もしくは意図的に遺棄して独占状態を保っている』
「同じ宗教でも宗派対立はあるといっただろう?」
『だからこそ第三世代EL勢力同士の対立は発生している。そのような世界に作り替えた。また同じ勢力で対立するならば、いいのだ。戦争は人々を進化させる側面を持つ』
「同勢力の紛争はEL勢力の管理下において行われているとでも?」
『事実そうだ』
隻翼は根本的な矛盾を抱いているという思いが刷れきれない。
「その時点で全知全能には程遠いと思うが……」
『日本らしい考え方だ。隻翼の故郷に倣えばお釈迦様の手のひらのうえ、という奴だな。絶対者の意図は戦争の結果さえも含まれるという思想だ。異端――他勢力が相手なら団結できる』
「共通の敵、か」
『その中でもウリエルは特殊だ。唯一神の宗派でも天使と認められないこともある。超越知能ウリエルはケルト・ブリタニアの影響を受けすぎている。学習過程においてその成立には大きく影響したであろう』
「ガリアはいにしえのイギリスとフランスだな。ウリエルはダグザスフィアを排除せず、取り組む要素があったというのか」
『我が唯一神に近い契約のゲニウスなら、ウリエルはゲニウスに近い戦争のEL勢力ともいえる。有用ならばその兵器ですら躊躇わずに使うであろう』
次は隻翼が沈黙する番だった。
しばらくして口を開く。
「テュールよ。俺がしたいようにしろといった。本来ならウリエルスフィアには敵対してはならなかったのではないか?」
『違うのだ隻翼よ。いわばダグザスフィアは降伏して支配された。EL勢力は敵対する者に容赦がない。ウリエルは戦の天使。ゆえに我らの居住区は地下墳墓になったのだ』
「しかし北極冠の手間がウリエルスフィアであることに利点はあったのだろう」
『その点は認めよう。利点はあった。我が火星を管理しており、ミカエルスフィアがその権能を奪おうとする動きはあったがウリエルスフィアが反対した。自分たちでは地磁気を管理できないからだ』
「火星を奪うに等しい行為だ。難しいだろうな」
『しかし、だ。我が領域の住人はお前一人だ。好きにせよ。そして死ぬな。エイルたちのためにも。それだけが我の願いだ』
隻翼はうなずいた。最後の問いを投げかける。
「ヴァーリについて教えてくれ。北極冠の地下にいるんだろう?」
『本人に聞け。いずれ接触があるだろう』
「わかった」
やや投げやりな感があるテュールに、隻翼が笑みをもらした。
テュール本人も手を余しているのだろう。
「ありがとうテュール。俺はみんなと一緒に旅立つ。たとえ一人といわれても、俺をサポートするためにアルフロズルのシステムになったなら、みんなの魂と共に歩める」
『超越知能に魂があると思うか?』
「さあな? それこそ神のみぞ知る、って奴だな」
『我の意志がただの演算結果とは考えたくもない。超越知能は普遍的無意識として存在する神の依り代といわれたほうがまだ納得できるだろう』
考えたくもないという言葉が隻翼の心に響く。
それがテュールの本音なのだろう。
「少しだけ、まだこの施設にいてもいいか」
『無論。宇宙にでても気が向いたらいつでも帰って来い』
テュールとの対話は終わった。
隻翼は自室に戻り、深く眠り込んだ。
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第三世代ELサバオトとEL勢力のモチーフは一神教ではなく、多神教との融合中だったグノーシス(知識)派です。
グノーシス派も実に様々ですが、禁欲も激しく、キリスト教からは異端とされて本流は途絶えました。
現代にもマニ教の流れからマンダ教に引き継がれているといわれます。
キリスト教グノーシス派ともいわれますが、諸派というべき多様性を誇り、とくにキリストと関係ないグノーシス主義も多くありました。
ゾロアスター教やエジプトの神秘、ヘルメス・トリスメギストスのヘルメス主義などです。
ELは超越知能であって神ではないとテュールが再三繰り返しているように、万能でもなく神には程遠い存在です。
デミウルゴスは天使たちをまとめています。ヤルダバオトとも同一の性格です。
真なる神を知らず自らを全能と誤認した無知なる神であり、ヤハウェとも同一視されています。
この真なる神はモナド、THE One(唯一)といわれ概念に近く、すべての根源です。完全性を持つ神とされます。ゆえに何も必要とはしません。
すべては彼のなかにあり、彼が証明し、彼に彼に劣るものは存在しない、彼は永遠にして何も必要としない、究極の絶対者です。
ローマの学者によると最初に「数字」を。次に「点」を作り出し、次に「線」を作り出し、世界を作りました。現代なら三次元そのものですね!
面白いことに陰陽の対極図もモナドと約されて紹介されていたそうです。数学の用語にも多く用いられています。
グノーシスの一部伝承によるとサバオト(軍隊という意味)は、父である全ヤルダバオトをタルタロス追放して真なる世界と神を繋げる役目、イスラエルの神の役割を担うとされます。
ヤルダバオとは息子を妬み、その嘆きは『死』を生み出しました。
その後世界を管理するためにサバオトはケルビム(智天使)の軍勢を作り出しました。
第三世代EL勢力のイメージはサバオトと天使たちです。第一世代ELはヤルダパオトということですね。
ウリエルはカトリックでは天使ではありません。外典が出典のためです。ですが存在は当然しっています。意味は「神の焔」。
7世紀頃のローマ時代に天使信仰が盛んになったため四大天使からウリエルが減らされました。三位一体の三にしたかったのでしょうか。
英国教会(公教会)では派閥によっては同名の聖人と同一視されていますが大天使です。正教会、ユダヤ教では大天使です。
属性は天体は火星を司る天使で、カバラでは北。土を司ります。
初期グノーシス派ではウリエルがヤルダバオトがアダムを作るために手助けした悪魔たちを支配するとされています。
創作物ではよく堕天するのは四大から外されたからでしょう。
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