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4話 奴隷商人バルドル



「ふーん。まぁだいたいはわかったけどよ……それ貴族の嫡子がやることか?」

「バルドルは古いね! 僕は元孤児だよ! それにそう遠くない未来に、血筋による支配は終わりを迎えると思うよ」


 奴隷教育を始めるとエドワードに告げたさらに七日後、エドワードという同じ師を持つバルドルがラクシャクへとやってきた。

 バルドルは王都の奴隷商人である。悪人ヅラで口も悪いが、正義感に満ち溢れた善良な奴隷商人である。

 正義感に溢れている彼は、内政官としての道にも進むことができたが、奴隷制度という不条理の塊を少しでもよくするために奴隷商人となった。

 その実態は奴隷商人というより、職業斡旋所というのが正しい。

 奴隷の契約者にはしっかりと話を煮詰めさせ、両者が完全合意をした上で、重い契約を結ばせる。

 その姿は従来の奴隷商人とは、あまりにもかけ離れた姿である。

 その反面で、商人としての稼ぎはあまり良くはなく、出戻りや軽々しく奴隷落ちしてくる人もいて困ると嘆いていた。表があれば裏もあるのが世の常である。


「それで本題なんだけど、バルドルのとこには適性検査の済んでる若者はいる?」

「結構いるな! 十人は確実にいるぜ!」


 バルドルの奴隷商店では、算術と筆記術を学ばせていて、成績の優秀な者には適性検査を受けさせている。元より適性検査を受けている者もいるだろうが、十人もいることにルシアンは少し驚いた。


「そのうち三人を選んでくれる? そこから僕がさらに面談をして、三人とも引き取れたらいいなって感じで」


 実際のところ、三人も優秀な人材ができてしまえば、一つの都市は十分な改革が起きるのだ。

 村なら一人、都市なら三人、大都市なら十人も優秀な人材がいれば、大きな躍進(やくしん)をすることができるとルシアンは考えていた。

 今はまだ領民を増やすことや、若返りに力を入れているが、いずれはもっと革新的なことまで視野に入れていきたいのだ。


「…………引き取った後のことを具体的に聞いてもいいか?」

「具体的にって? さっき話した通りだけど……」

「その……女と男が一緒の建物で寝泊まりするのは危ねぇだろうが」


 強面の悪人ヅラがそっぽを向きながら言う台詞ではないと思ったが、ルシアンも配慮が欠けていたのは確かだ。


「確かにそうだね……じゃあ一年ごとに男女で入れ替えるってのはどうかな?」

「それならいいんじゃねぇか。ちなみに適性検査が済んだ男は二人しかいねぇから、初年度は女になるが大丈夫か?」


 ルシアンはバルドルのその言葉に疑問を持ったが、性別による得意、不得意は確実に出てくることを気にしての発言だと思い至った。

 特に肉体労働は、女の骨格や筋肉の性質上向いていないので、外仕事の後継ぎを育てるのが難しくなると言うことだ。

 しかしこれも適性次第ではどうとでもなる可能性があるので、結局は本人達の面談次第なのだ。


「気になることはまだある?」

「いや、大丈夫だ。また何か問題があればその時って感じだな。初めての試みなんだ……やる前から全てを把握するのは無理だ」


 まるでエドワードのような事を言うバルドルに、ルシアンはニヤニヤが止まらなかった。


「じゃあさ! 久しぶりにラクシャクを歩いて回ろうよ」

「悪くねぇな」


 そうして二人はミーリス家の屋敷を後にした。





 ルシアンとバルドルは屋敷を出て、ラクシャクの本道である表通りをじっくりと眺めながら歩く。

 王都のように華やかではないが、石畳(いしだたみ)の本道沿いに並んだ商店街は、清潔感と気品を感じさせる。

 ラクシャクは港湾都市(こうわんとし)でもあることから、北部へ行けば港ならではの賑やかな雰囲気を楽しむことができる。

 東部へ行けば、森林地帯の先に山々を眺められる自然の風情を感じられる。

 そして南部に広がる区画整理された農耕地域では、夏には麦の麦穂(ばくすい)が、秋には米の稲穂(いなほ)が黄金の絨毯(じゅうたん)を広げてのどかさを演出してくれる。


 ルシアンはこの領都ラクシャクを心から愛していた。エドワードに保護されて初めて連れてこられた時は、思わず小走りしてしまいそうなほどに心が躍った。


「かわらねぇな……」


 ボソッと呟いたバルドルの声色は、ルシアンと同じように、久しぶりのラクシャクに懐かしさを感じているようだった。


「僕たちは変わってしまったけどね」


 ルシアンは特に変わったと言える。保護された孤児だったルシアンは、騎士となりこの地を離れて、帰還したと思ったらミーリス領の嫡子となった。しかし変わったのはルシアンだけではない。

 都市の景色は変わらずとも、都市に生きる人は変わり続けているのだ。

 若年層の出稼ぎと高齢化が進んだことで、深刻な後継ぎ不足で、人口も緩やかに減り続けている。

 現にルシアンがお世話になった人の中には、この十年で逝ってしまった人も少なくない。

 このままいけば、空き家や閉業してしまう商店が増えて、この都市の景色までもが(さび)れてしまうことだって、十分に起こりうる未来なのだ。


「ねぇ、バルドルはずっと王都にいるの?」

「そりゃ……奴隷なんて制度がなくなりゃ、すぐにでも戻ってきたいけどな」


 公園の東屋(あずまや)で穏やかな風に吹かれながら、ルシアンとバルドルは他愛もない会話していた。

 このまま平和な世が続けば、奴隷制度はいつかはなくなると思うが、それが何年後か何十年後かはわからない。

 そして奴隷商人は、最も人が集まる王都で開くのが好ましい。買う人も売り出す人も逃げ込む人も多いからだ。


「そう遠くない未来、ラクシャクで奴隷商店が開けるようにするから」

「おうおう、ルシアン・ミーリス様の腕次第だ」


 ルシアンの冗談だと思っているのか、バルドルは短髪の黒髪をかきあげながらハハっと軽く笑った。

 それはルシアンの一つの目的の延長でもあった。

 セグナクト王国の端の小さな領地とはいえ、港もあるのだから絶対に不可能という話ではない。

 つまりは領内の人口は急激に増やせなくても、人が集まる都市にさえ成れば、どんな商売も成立するのだから。

 農地も港も森林も山岳もあるラクシャクは可能性に溢れている。


 ルシアンは瞳を閉じて、まだ見ぬ生徒達へと思いを馳せた。


 

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