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30話 王都ナクファム



 王都ナクファムは大陸で最も栄えている超巨大都市である。都市面積は把握するのが馬鹿馬鹿しくなるほどに広大であり、ナイラの研究によって生活水準が上がったことで人口爆発を起こし、推定人口は一〇〇万人にも及ぶとされる。


 市民個人の交通手段としては自転車が主流であり、国が運営する交通機関としては、蒸気機関車が主に用いられている。

 円形状のナクファム内を、丸く囲むように設置された駅と線路は、この都市の一つの特徴となっている。

 ナイラの研究によって高度文明時代の恩恵を受けた王都ナクファムは、全ての分野において大陸の最先端といえる。


(相変わらず騒々しい場所だね……まぁでも流石に今は勝てる気がしないな。シビネ料理も魔物喫茶もいつかは真似されるだろうし……うん。燃えてきたかも!)


 五日間の馬車の旅により、数ヶ月ぶりにナクファムを訪れたルシアンは、第一商業区の表通りにあるベンチに腰掛け、瞳をギラギラと煌めかせていた。


 ルシアン個人としてはナクファムが好きではなかった。人の尊さを学んだのがラクシャクであるなら、人の醜さを学んだのがナクファムだと言える。

 人生のほとんどをナクファムで過ごしていたにも関わらず、三年しか過ごしていないラクシャクを心から愛していた。

 しかし統治者としての観点から見れば、ナクファムは評価はできる。市民にとって良くも悪くも華やかで夢のある都市であり、最先端の文明によって生活水準が高く保たれているのも魅力的で素晴らしい。

 

 ——だからこそ燃えるのだ。

 

 ルシアンは戦争が大嫌いではあるが、競争は大好きだ。恨みや憎しみに囚われず、お互いを競い合っていく相手がいるというのは貴重だ。ルシアンは王都ナクファムを、ミーリス領都ラクシャクの競争相手として認識しているのだ。


(王国の中枢は政治体制の再編で忙しいだろうし、適性の水晶の研究結果を発表したナイラも当分休むだろうから、ここ数年はミーリス領の頑張り時だね!)


 終戦してから新元号の宣言をする程度のことに、三月(みつき)近くもかかったのは、王国内部に余裕がないことの証明だ。

 大陸全土を手に入れて体が重くなったセグナクト王家は、戦争の後処理をしながら古い制度の撤廃を行なっているのだから、余裕などあるはずがなかった。

 加えてナイラはある事情から、研究結果を数年単位でしか発表しない。それも発表する物は、民の生活に寄り添った物のみだ。これ以上の文明改革の加速は考えられない。


(とはいえナクファムの技術で欲しい物はあんまりないんだよね……蒸気機関車はすごくそそられるけど、狭いラクシャクにはひつよ——


「おい。不審者」

「うわぁっ……誰が不審者だよ! 遅いよバルドル!」


 突然の失礼な物言いでルシアンを驚かせた声の方を振り返ると、短めの黒髪をかきあげる悪人ヅラがいた。

 王都滞在中はバルドルの家でお世話になる。ルシアンはバルドルと生活するのを、密かに楽しみにしていた。

 バルドルやナイラとラクシャクで共に過ごした期間は、一年ほどしかなかったが愛しい思い出の一つだ。十数年ぶりに、三人でゆっくり話ができるというのが嬉しかった。


「エドワード様からばっちり聞いてるぞ色男。アーシェ達に食われちまったらしいな」

「その言い方やめてよ……勘違いしないでほしいね! 僕が蹂躙したんだよ! 僕が漢らしく愛し抜いたんだよ」


 とんでもなくバレバレの嘘をついた。実際のところは、生徒達の真摯な狂愛に(ほだ)されただけだ。

 それからエドワードとマリーダの力を借りて、真愛にたどり着いたが、どうしていいかわからずにモジモジしていた。そして最終的には薬を盛られて好き勝手に(むさぼ)られた。

 あまりにも情けない話ではあるが、三人の婚約者を思い浮かべると下品な笑みがこぼれてしまう。


「それを誰が信じんだよ……いいのか? 今言ったことナイラに話すぞ? 死ぬほど馬鹿にされるぞ」

「……本当はぐちゃぐちゃにされました」

「……だろうな。ま、まぁ幸せそうで何よりだ」


 ルシアンと同様に貧民街の獣だったバルドルとナイラには、この嘘は通用しない。異性から向けられる愛情に対して、同じ鈍さを抱える者同士だからだ。しかしルシアンもナイラも今は違う。バルドルがいずれその苦しみにぶつかった時は、真っ先に力になろうと考えていた。


「んーナイラには明日会いに行くとして、バルドルは今日はどうするの? 奴隷商店は大丈夫?」

「……忙しいというより、雲行きが怪しいな」


 何気なく聞いた言葉だったが、バルドルは思いのほか険しい表情をしていた。嫌な予感がした。本来はナイラの話を聞いて、王都の様子を少し見たらすぐにでも帰るつもりだったが、バルドル大好きっ子のルシアンには首を突っ込むしか選択肢がなかった。


「話してよ。僕にできることならバルドルの力になりたい」

「……本当はナイラも含めて三人で話そうと思ってたんだけどな……近々リルベス子爵領から大量の奴隷が出るそうだ。数は二十人だ」

「……ついにかぁ……それにしても早い。しかもよりにもよってリルベスの方かぁ」


 ルシアンはこの事態を予測していた。リルベス子爵家とガロン伯爵家。

 この二領からいつか奴隷が溢れるのではないかと予測していたが、時期があまりにも早い。しかも山脈を挟んでいるとはいえ、お隣のリルベス子爵家からだ。最近はよく話題に上がっていた貴族だ。


「まぁ賢い連中はある程度、予測できてたことだろうな……全く、いつになったら終わんのかねぇ。このクソみてぇな理不尽は」

「バルドル……」


 リルベス子爵家とガロン伯爵家は、騎士の名族として名を挙げてきた貴族だ。所謂(いわゆる)、戦争屋だ。

 今までは戦争で貢献する代わりに、領地経営に関しては国が支援していたが、その国側も今は手が離せない状態だ。その結果、リルベスの民は奴隷を出すことになったのだろう。

 これは考えても答えが出ない難しい問題でもある。貴族側が悪いとも、国側が悪いとも一概には言えない。

 リルベスとガロンの騎士がいたからこそ、セグナクト王国は大陸統一を果たすことができたのだ。これは元騎士であるルシアンはよく理解している。そして国側も未来の平和のために、慌ただしく奮闘しているのも事実だ。

 それに責任の所在を考えてもどうにもならない。この理不尽にどう立ち向かうかを考えるべきなのだ。


「まっ! こんなところで話すことじゃないわな! すまねぇな! せっかくの王都遠征なのに水を差しちまったみたいで」

「それもう嫌味でしょ……僕が王都のことをあんまり好きじゃないこと知ってるくせに!」


 バルドルは一旦この話についての思考を放棄したようだが、ルシアンだけはもう一つの個人的な懸念について思考を巡らせていた。


(リルベスかぁ……僕の勘が外れてるといいけど)


 ルシアンの脳内に浮かび上がるのは愛しい婚約者——アーシェのことだ。彼女の実家はリルベス子爵領にあるのだ。そのことがルシアンに嫌な展開を予想させていた。


「ほらっ! 今日はもうこの話は終わりだ。いくぞ!」

「……うん、そうだね! 適当に夕食を済ませて早くバルドルの家に帰ろう」

 

 その後、王都を練り歩いて夕食を食べた二人は、バルドルの家へと向かった。都会の料理の良さがわからなかったルシアンは、少しだけラクシャクが恋しくなった。


 

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