夏 ~夏休みの思い出~
夏だ。夏休みだ。
僕は縁側でその言葉をかみしめる。
すだれのかかった縁側は、風が吹き抜け心地よい。
通知表をもらい、お昼ごはんを食べ終わった昼下がり。まかれた水が蒸発して景色がゆらゆらとゆらぐのを眺めながら、僕は日陰で物思いにふける。
明日からは何をしよう。青々と葉の茂った山で虫を捕るのもよし、きらきら輝く川で泳ぐのもよし。そういえば去年は近所のお墓に肝試しに行ったりしたな。
あれこれ考える僕の頭の中で、夏休みの思い出がまるで昨日のことのように鮮やかに浮かんできて、思わずにやける。去年や一昨年のことのはずなのに、それらはまったく色あせない。
…ああ、そういえば宿題なんてものがあったな。
一瞬にして失せる輝き。まったく、こんなすばらしい季節に、先生たちはなんてものをくれるんだ。忘れよう忘れよう。とりあえず宿題のことは、目を閉じて忘れることにしよう。
僕はむんっと目を閉じる。爽やかな風が、ざあーと夏のにおいを運んでくる。
ああ、なんてすばらしい季節なんだ。
「おーい」
声が聞こえて、目を開ける。縁側の前の庭、その向こうにある垣根から友だちが顔をのぞかせる。
「ザリガニつりに行こうぜ」
…うん、夏だ。
「行く行く」
僕は勢いよく立ち上がった。
池でザリガニをつったり、山でクワガタを捕まえたり、自転車に乗って校区外に行ってみたり、川にも行ったし、夜には花火もした。
夏はあっという間に過ぎ去ってしまう。
過ぎゆく青春の思い出、きらめく夏の思い出。そして残っているのは、
「…宿題、やってない」
立ちはだかるプリントの山。一朝一夕で終わらない自由研究と工作。日記帳を前にしてもただ「楽しかった」としか書けない。
「僕の夏はまだ終わっちゃいないんだ」
叫んだところで目の前にあるのは夏休みの象徴、宿題の山。
ああ。夏だ…。
「おにーちゃーん。おやつたべようよー」
妹の声に目を開ける。棒アイスを両手につかんだ妹が縁側をとてとてと走ってくる。「うん」と返事をして、僕は大きく伸びをした。
なんだろう。とても充実した気分だ。なんだったっけなぁ…。
まあいいや。夏休みは、これからだ。
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チリーン…
「あら。お兄ちゃん、今年もおやつ、食べにきたのかしら」
袋から出してお皿に置かれた棒アイスが、夏の熱気でじわじわと溶けていく。縁側でちょこんと正座したおばあちゃんは、おかしそうに言った。アイスを準備したのは、お母さん。一学期の終業式の日の、恒例だ。いつもはそんなことないのに、この日のこのアイスには虫がたかってこないのが、私の中の長年の疑問だ。…お母さんたちにはそうでもないみたいだけど。
「私も、アイス食ーべよっと」
反動をつけて起き上がった私に、おばあちゃんが「ご先祖様に成績見せておきなさいね」と声をかける。ちょっとだけ渋ったけど「はーい…」とおとなしく通知表を仏壇に置きに行く。
仏壇前の机には、私の今まで通知表の他に、お母さんの通知表、それから私のおじさんの通知表と未完成の宿題が置いてある。昔は全然わかんなかったけど、年齢も追い越した今なら秒で終わらせられる気がする。
今年は宿題少ないし、お母さんたちがいいよって言ったらやってあげようかな。私だったらずっと供えられてるの、ちょっとヤだし…。
そんなことをちらっと考えて、とたとたと足音を響かせて台所に向かった。