8.中央からの貴族
視察の話は、突然の要請だった。学園を中座して、領主の館へと向かう。
中央からやってくるのは、領主と同等か、それ以上の貴族。
そんな前触れもあって、緊張から出迎えの準備に勢揃いした役人の、最も端に、目立たないように控える。
馬の嘶きを合図に、ざっと全員が頭を下げる。トーゴーも、もちろんそうした。
「中央の、高名なハイド博士がお越しになるとは思わず、恐悦至極でございます」
領主のへつらう声が聞こえる。
「噂によれば、博士は今度経済大臣に就任されるとか……いやはや、私からすれば、全く想像できない世界ですな」
「いやー、僕が来たのは単純に、会ってみたい子がいるからなんだけど」
「はい?」
「博打打ちだよ。君の領地にいるんだろ?カジノというカジノを潰す勢いで財を成した伝説のギャンブラーが」
頭を下げたままなのに、使用人や同僚たちの視線を感じる。それらを黙殺して、ただ頭を下げ続ける。
「ああ、それは……彼のことです」
気分は差し出された生贄である。
ゆっくりと顔を上げる。メガネを掛けた中年が、意外そうな顔で目を丸くしていた。
「へえ。……まだ、子供じゃないか。しかもここにいるってことは……」
「この領地での書類仕事も一部、担当させております。子どもとはいえ、その才能は侮れません」
「君、名前は?」
「……トーゴーと、申します」
「姓はないのか?」
「平民ですので」
はぁ、と呆れとも感嘆とも取れるため息を漏らす。
「今日は君に逢いたくて来たんだが……時間はもらえるかな?」
「閣下を退屈させぬよう、努力いたします」
こんな感じで、ハイド博士と領主の館を、学園を回ることとなった。
「きみの噂は、都に、中央にも届いているよ。稀代の天才。ギャンブラーの中のギャンブラー」
「恐縮です」
「しかも、バカじゃない。その金を投資し、運用する術も知っていた……姉や妹を学園に通わせているというのは、事実かな?」
「その通りです」
「なるほどなるほど。読み書きをできるようにして、教育の機会を与える……下級商人の中には、子供を学校に通わせることすら躊躇うような愚か者もいるが、君は大違いだ」
無言で頭を下げる。ハイド博士は手を擦り、にんまりと笑った。
「ところで、事務職はどうやって得たんだい?伝手だって、必要だろう?」
「カジノは領主の許可によって初めて運営が可能になります。そのカジノで勝ち続ければ、自然とうわさが広がる。そもそもポーカーができる時点で、数字には強いと思わせることが可能です」
「後は視察に来た領主の前で自分を売り込む、と……うーん」
「何でしょう?」
「いや、キミは本当に子供なのかい? それも、貧民の」
「もしも貴族の子供なら、こんな計画とも呼べない杜撰な賭けをしません」
「うん、まあ道理だね」
領主の館を一通り、順繰り回る。途中、ダレンとソノンに出会った。こちらの姿を認めて微笑む妹とは逆に、ダレンは指を突き付けてこちらに迫る。
「どうして平民が、ロイド博士のようなお方と一緒に歩いているんだ!?」
「おやおや。君は随分嫌われてるねぇ」
ははは、と笑ったロイドが言う。
「僕は彼のファンでねぇ。会って色々話を聞かせてもらっているのさ」
「こんなやつの……?平民ですよ!?」
「トーゴーさんは、凄いんですよ、ロイド様!」
ソノンが入れ替わるように飛び出した。
「いつもわたくしに難しい聖書を読み聞かせてくださるんです。その話がすっごくわかりやすくて、私もあっという間に覚えてしまいました!」
「へぇ……」
なんとも居心地が悪い。
「差し支えなければお聞きしたいのですが、ロイド博士?」
「うん?なんだい?」
「博士は何を研究なさっているのですか?」
「平民ごときが貴族に尋ねるなど、失礼であろう!」
「いやいや、いいよ?……僕の研究は、いわゆる、才能について、だねぇ」
「才能、ですか?」
ソノンが首をかしげる。
「そ。才能。生まれつき大人のように物事をよく知り、理解できるものもいれば、大人でもできないような身体能力を発揮するもの。ま、これらは極端な例だけど、例えば音楽家の家には有名な作曲家が多く産まれやすい。それはなぜか、というのが、僕の研究のテーマでね」
「自分はそのサンプルの一例、というわけですか?」
「その通り。まあ君は、少々変わっているから、あまり当てにならないけどね」
発達心理学の初歩だな、と頭の中で思い返す。一般的な研究では、環境と遺伝、その二つが考えられている。そして、そのどちらもが相互に作用しあっているのではないか、というのが、前世での考えだった。
「でも……そんなことを調べて何になるんですか?」
ダレンが胡散臭そうな顔で首をひねる。ロイドは笑みを浮かべたままだ。
「例えばの話だけれども、もしも才能が血によって受け継がれるとすれば、優れた人間は、より多くの子供を残す義務があると考えられないかな?そうすることによって、社会の進歩は一段と速くなる。世界はより良い方向に進んでいくというのが、現在学会では主流だからねぇ」
「……才能を見出すのも、経済の活性化に繋がると、そうお考えですか?」
「うーん、僕はそこまで考えていないけど……多分、首相や陛下は、そのように考えているだろうね」
経済学者ではなく、心理学の専門家であるロイドが経済大臣に就任する予定なのは、周囲の期待あってこそ、ということなのだろう。
「しかしそれは、博士の任期以内に解明できるテーマではないと思われますが」
「もちろん僕もそう思うけど……まあ、人は結果をすぐに求めたがるものさ。……でも」
ロイドが眼鏡越しに、じっとこちらを見つめている。
「君はどうして、僕の研究がそんなに時間がかかると考えたのかな?」
言うべきだろうか。下手に口を出せば、過大評価が加速するのはわかり切っている。
とはいえ、俺は詐欺師であり、何の後ろ盾もない平民だ。
多少は頭が回り、気に入られていて悪いということはない。
大きく息を吸い込む。
「まずは、何をもって優れているのか、人間の能力を測る尺度が必要となります。それがなければ、そもそも才能の有無なんてわかりっこない」
「ほう」
「ゆえに、できるだけ大勢の、可能な限り条件を整えた人々のデータと、先程の尺度が必要となります」
「それで?次は?」
「その中から平均よりも突出した、いわゆる才能を持つ人間を選び出し、彼らの追跡調査を行わなければなりません。どのように育てられ、どのような環境にあったかなど、事細かに……そして、それは五年、十年かけて追った後、今度はその血を引く者たちにも同様の検査を実施する必要があります。才能は血によって受け継がれる、というのが今回の仮説ですから、三世代にわたって追跡調査をするとしても、博士が一生をかけて研究するテーマになりかねません」
「素晴しい!」
ハイド博士が目を輝かせ、俺の両手を握る。
勢いがすごすぎて、制服の袖が捲れ上がる。しかし興奮した博士には、それすら見えていないらしい。
「いやまさか、そんな具体的な手順まで、ちょっぴり研究内容を話しただけで言い当ててくれるとはね!いやぁ、君はまさしく天才だ!」
ハイド博士がため息をつき何度も首を振る。
「あぁ、君のような子供がどんどん増えればいいのにと思うね。本当に!そして何より、身分制度が恨めしい!きみはどうして、貴族の息子として産まれてこなかったんだい?」
「無茶を仰る」
「いっそ僕の研究助手に欲しいくらいだ!君、中央に引っ越すつもりは?」
「申し訳ありませんが、自分はここの生活を気に入っておりますし、何より……家族がいるので。自分には、貴族の方々の義務というものをこなせる自信もありませんし」
「ふーん、残念だなぁ……」
と、急に何かを思いついたように、ハイド博士は目をきらり、と光らせた。
「では、君の家族に会わせてもらおうかな!君のような、才能にあふれた子供たちかもしれない」
「……あまり期待なさらないでください」




