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6.主人公視点「前世含めりゃ皆妹か娘っ子」

「平民のくせに、私に指図するかっ!」


今日の家庭教師の時間は、早くも終わりそうだ。頭を下げながら、思う。


虫の居所が悪かったのもあるが、日頃の不満が爆発した形だろう。この場合、本音と受け取って差し支えない。


とはいえ、誤解はおいておかないと面倒だ。


「たしかに私は平民ですが、指図など。とんでもない。あくまでも、申し上げただけのことでございます」

「ふん、口だけは達者な平民が!下がれトーゴー!顔も見たくない!」

「畏まりました、ダレン様」


元々無給の残業である。罵声を浴びせられるのが仕事だと言うなら、それでいい。


選択肢は少ないが、やりようはある。次の領主に捨てられるのなら、それまでだ。


部屋を出たところで、その妹と出くわした。


ソノン・ルルー。


領主の娘で、彼女の家庭教師も兼任している。


「トーゴー、お兄様から追い出されたの?」

「いえ、自分がダレン様を怒らせてしまっただけのことです」

「では、お暇なのね?本を読んでほしいの!」


ソノンは言って、トーゴーの腕を引っ張る。


館の図書館には数え切れないほどの蔵書があった。子供向けの本というのは、当然ながら存在しない。


トーゴーがソノンに対して行っているのは、いわゆる読み聞かせである。前世の昔話や、聖書をわかりやすく噛み砕いて伝える。お転婆だが、物語が好きな領主の娘は、目を輝かせて話の続きをせがむのだ。


ペタンと座り込んだところから、ドレスがゆったりとカーペットに広がる。分厚い聖書を読み解きながら、即席で話をわかりやすく翻案する。


「トーゴーはお話が上手ね」

「ありがとうございます」

「お母様が、もう聖書の内容がわかるのかって驚いていたの。トーゴーに教えてもらった話をしただけなのに」

「大変嬉しく思います、ソノンお姫様」


そこで、ソノンは言葉を切った。


「ところで……トーゴーには、どんな家族がいるの?」

「姉が一人。少し離れた妹が二人と、母親が」

「ふうん……妹たちにも、読み聞かせをしたりしているの?」

「お教えした『おとぎ話』なら、いくつか」


ソノンは、小さくため息を付く。


「トーゴーが、貴族だったら良かったのに」


答えない。なおも、ソノンは言葉を重ねる。


「私、羨ましいわ。トーゴーの妹たちが。私にも、トーゴーのようなお兄様がいたら……」

「お嬢様」


軽く、嗜める。わかってる、と栗色の髪の少女は、先を言わずに終わった。


「ダレンお兄様は、乱暴なのよ。いつも、お前は平民の男に騙されているなんて……」

「傍から見れば、そうも見えるかもしれません。お嬢様、それもダレン様なりの愛情なのです」

「そうかしら?私の大切にしている習いの紙を隠したりして、お兄様は意地悪だわ」


少しだけ、警戒度を高める。少女の言葉は、愚痴というよりも本気で憤慨しているようで、少なくとも、亀裂が走りつつあるのは確かなようだ。


やはり、領主のやり方には無理があるのではないか、と思う。成り上がりの平民風情を家庭教師、あるいは遊び相手につけるのは、どう考えても間違いだ。身分差が厳しいこの世界では、ただただ災いの種になるだけだ。


「父君と、母君は、どのように?」

「お父様もお母様も、私の読み書きの上達が早いって、褒めてくださったわ!」


少し、声が弾んでいる。


「教師のベルーナが、手習いは私が教えていますから、なんて、トーゴーの手柄をすぐ横取りしようとするの。だからこの間、怒っちゃった」

「それはよくありませんね。ベルーナ様には、後で自分が謝っておきます」


トーゴー、とソノンが、純粋な視線を向けてくる。どことなく寂しげな眼差し。


「そんなに、平民と、貴族は違うものなの?」

「ええ。貴族に平民に、平民の中でも商人や農民など、あらゆるものがおります。区別はなされるべきなのです」


一般常識を、伝える。内心では、こだわるほうが馬鹿だとは思うが、それを口にする度胸はない。


「でも、トーゴーはお父様に認められたわ。平民なのに」

「ええ。ゆえに……平民の間で、私はちょっとした厄介者でもあります」

「ふーん……もし、トーゴーが困ってたら、私が雇ってあげる!ずっとずっと、本を読んでもらうの!」

「それは……楽しそうな未来ですね」


程々で、切り上げた。領主に今日の活動内容を報告して、家に帰る。


「「おかえりっ!」」


双子にもみくちゃにされ、姉は鍋から視線をずらして、少しだけ目尻を下げる。家でもまだ制服を着ているあたり、3人は相当気に入っているのだろう。


自分が作っている、あるいは囚われている、前世の記憶という軛。


手の届く範囲では、力になりたい。しかし、皆巣立っていった後、自分はどうなるのだろうか。


食卓を囲みながら、疲れた頭でそう思った。



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