5.主人公視点「天才の真似事」
「トーゴーくん、どうかな?学園にいる時間を、もう少し減らせないかね」
羊皮紙にペンを走らせていた手を止める。見上げたところに、上司の笑顔があった。
「君は優秀だ。君がいなければ、仕事が立ち行かなくなるほどにね。……学園でも、君はむしろ退屈だろう。どうかな。賃金を上げる分、学校にいる時間を減らして、こちらで働いてもらうというのは」
「ありがたいお言葉ですが、私はこれで、学園生活を満喫しております」
トーゴーは、笑顔で答える。
「二足の草鞋は難しいのは百も承知です。けれど……姉や妹たち、それに、同い年のクラスメイトが大勢いるという環境は、大いに奮起させられるんです。学園生活は、なくてはならないものなんですよ」
「そうは言うがね、しかし……」
「もちろん与えられた仕事はちゃんとこなすつもりですから。どうか、わがままを許してもらえませんか?」
頭を下げる。まだ、不満そうな顔をしていた上司は、仕方ないとばかりにため息を吐き出した。再びペンを取り、上がってきた情報を精査する。
まだこの時代は、情報に対する危機意識が低い。そもそも庶民は文字が読めず、全体の識字率も低いのだから、当たり前かもしれない。
産業の分野も、農業や漁業が主体となり、ちょっとした加工が、商会の主な仕事となっている。
また、領地のあちこちには領主に認められたカジノがあるが、これはアガリの一部を払えば誰でも営業できるので、貧富の差を加速させるという悪循環にもつながっている。
為政者側からすれば、ただで金が入ってくるから、良い商売なのだろう。とはいえ、搾り取る相手は貧民や商人、または下級貴族と言った連中ばかりだ。
ーーこの、「領主の許可を得て、初めてカジノは運営されるようになる」という事実を、平民たちに暴露すれば、なかなか面白い事態を引き起こせるかもしれないーー
ふと、そんな事を考える。それを頭の隅にしまいつつ、売り上げの情報から、領地の基幹産業について、考える。
前世の知識なんて、ほとんど役には立たない。
平民の仕事の殆どは一過性である。持続的な収入と物価との価格差ーー考えているうちに、日が暮れる。
逆に言えば、仕事をしながらそれだけ空想する余裕があるということだった。
領主の子息等への家庭教師は、週の終わりだ。仕事を終えて、部屋を出る。廊下で噂話をしていた男たちが、こちらの姿を認めて気まずそうな顔をしていた。
やっかみだろう。自分たちが苦労して得た地位を、若造が、貧民が、かっさらった挙げ句、上からの覚えも良い。妬まずにはいられないのもわかる。
立ち止まって、頭を下げる。相手の気配が消えるまで、じっとしていた。
作ろうと思わなくとも、敵はできる。だから、いつ自分になにかあってもいいように、姉妹たちには教育を施している。カジノで蓄えた財産は、銀行に預けている。あとは横のつながりだが、これは圧倒的に頼りない。
だが、どうするかなど、考えつくようなものではない。
投資、という言葉が頭をよぎった。
現在市街地へ続く道を整備する、いわゆる公共工事が行われている。暫くはそこに寄付をする。
後は、売上が増えてきた新興の商会を支援して、恩を売っておく。家族になにかあったら支援してもらえるように契約を取り交わす。
それが妥当なところだろうか、と肩をすくめた。
天才の真似事は、ひどく疲れる。




