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3.主人公視点「退路はいつも確保しろ」

博打で得た金と言えば、家族の反発を買うのはわかっていた。


それでもそれに手を染めたのは、家族のためーーというよりも、自分が、年頃の少女たちが悲惨な生活を過ごす姿に耐えられなかったから。それだけだ。


学園の授業の内容は、前世のそれと比べてかなり違う。とはいえ、一般常識を問われる程度であれば、義務教育でさんざん叩き込まれた範疇で大体事足りる。


「トーゴー、勉強教えてよぉ!」


泣きついてくるクラスメイトのカレンは、商家の出である。そして、当然顔で横の席を陣取っているのは下級貴族の一人娘、リリア。


初めは成金がとバカにされたものだが、やはり子供のほうが柔軟性が高い、ということなのだろうか。


「いいよ。わからないところって?」


教科書とノートをめくりながら、質問に答える。カレンがううう、と赤い髪をくしゃくしゃ丸めながら、


「ぜんぶっ!」


と瞳をうるませる。苦笑しながら、手ほどきを始めた。



前世の学校に、いい思い出はない。


それどころか、前世を振り返ってもほとんど楽しい記憶を思い出せない。


学校では常に劣等生として、鼻つまみ者だった。モラトリアムの中でトランプやマジック、それから詐欺師の初歩の初歩を学んだが、それだけだった。


どんな特技を持っていようと、社会がそれを求めなければ、歯車にさえなることができない。


不況の中、ただでさえ新社会人を受け入れることのない企業からまとめてお払い箱を受けて、細々とバイトで食いつないだ。それにも限界が来て、そして。



異世界は穏やかに時間が過ぎる。発展の余地がある、優しい世界。前世の知識というチートがあれば、あとは多少のやり方次第でなり上がれる。


それでも期待はしない。人生に期待をすることは、バカのやることだと、前世でさんざん学んだ。今だって、成金として僻まれているし、カジノの経営者からは恨まれているだろう。


「お父さんが言ってたんだけど」

「うん?」


唐突に、ポツリとリリアが口を開く。


「トーゴーが平民じゃなければ、って」

「そればかりは、どうしようもないな」

「トーゴーは、それで満足してるの?」


リリアがじっとこちらを見つめてくる。カレンも手を止めて、答えを待っている。


「俺は既に、平民が一生分で手に入れることのできる幸せを手にしてる。それ以上を望むのは、貪欲というより、罪深いことさ」


たった一人、前世の知識を多少持っているからと言って、なんになる。世界を変えられるとでも言うのか。


バカバカしい。ありえない。


「そう、なんだ」


リリアにしては歯切れの悪い答えだった。癖っ毛をくしゃ、と掻き上げながら、またノートに視線を落とす。


この世界の女子は、父性に飢えている。


そんな印象が、何となくある。


ならば、それを与えてしまえば、好感を稼ぐことは容易い。円滑な人間関係は、悪いことではない。


解き方の簡単なアドバイスをして、トーゴーはまた、置かれた状況に思いを馳せる。領主の官僚としての事務作業と平行して与えられている、中央の学園へ向かう予定の娘への家庭教師。


それらが一区切りついたら、モラトリアムが終わったら、自分はどんな環境に身を置くことになっているのだろう。


フラッシュバック。クラクションの音。暴走族の集団の中へ、裸足で飛び出した、冷え冷えとした夜。


手足の肉がすり潰され、骨が砕かれ、叩きつけられて粉々になる。溢れ出す血が妙に温かい。いつも以上に寒く、そして熱かった一瞬。


酒と抗不安薬の力を借りて、貧困の後押しを得て実行した、自殺。


この世界でやるとすれば、ハードルが高いな、と思ってしまう。





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