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10.3年後

3年前、そんな会話があったというのを知ったのはつい最近のこと。


中等部から高等部へ上がったトーゴーとエルザ、逆に初等部から中等部に入れ替わりで上がったアリスとアリア。


そんなきょうだいに囲まれた生活に、激震が走ったのは、ひとえに先日出された国のお触れと、ハイド博士の仮説である。


ーー才能は、血によって継がれていく可能性が高い。


ーー国が認めた試験によって、優秀さを保証された男女には、妻や夫を多く娶る義務を与える。



これら単体ならばまだマシだったのだが、教会の本部がある都の枢機卿等が出した結論が、拍車をかけた。


ーーきょうだいで結婚することは、何ら悪徳ではない。


元々この国の聖書には、その辺りは触れられていなかった。そこを、政治と迎合する形で宗教がお墨付きを与えたのだから、国は今、熱に浮かされているような状態に陥っていた。


「ですから、私はそのようなことはお断りしております」

「何いってんだよ、俺は国から認められた優れた血で、しかも貴族だ。その俺がお前を、俺の女にしてやろうっていうんだぜ?光栄に思えよ」


こんな光景も、見られるようになってしまった。


「失礼ですが、姉が怯えていますので」


割って入ったトーゴーに、口説いていた男が露骨に舌打ちする。


優れた血にも順位がある。それは前世で言うIQテストの簡易版のようなものだったのだが、トーゴーは平民ながらその上位にいた。


「……ふん、どーせ一代で成り上がっただけだろ。せいぜい、三日天下を謳歌するんだな」

「ご忠告、痛み入ります」


男は去っていった。トーゴーは振り返り、姉を見据える。


「大丈夫だった?姉さん」

「うん、トーゴーが来てくれたから……」

「まったく。女子を誘うにしても、もっとマシな文句があるだろうになあ……」



宗教が禁止していないからと言って、その行為はどうなのか、と――信者の中でも意見が分かれている。多くの人間が倫理を問題にするが、実際にきょうだいで結婚するかどうかなんて言うのは、精々冗談のネタにしかならない。


ところが、トーゴーの周りでは、そうはならなかった。


前々から兄と結婚すると公言していた妹たちのアピールが、成長してもなお激化し、それに釣られるように、例え平民でも優れていると保証付きであるトーゴーと結ばれることで利益が得られるのではと学園内のファンが動きつつある。


学園外でも、一代貴族や、下級貴族、商人の一部……そう言った人々から、パーティへの招待状が増えてきた。カジノに行けば、そこで働いている女性陣からのアタックがますます激しくなってくる。


完全に狙い撃ちされた、とトーゴーは渋い顔である。


「トーゴーは、好きな子とか……いないの?」

「俺はまだ……家族と一緒にいる方が楽しいかな」

「結婚とか……特に平民は、適齢期がすぐにくる、でしょ?」

「そうなんだけどなぁ……」


体の反応として当然ながら、性欲はある。だが、前世の記憶が色濃く残っているせいで、異性と一生を共にする、という考えができない。今だって、家族には前世のことは隠している。打ち明けても信じてもらえないであろう秘密は、体の内側から疲弊させてくる。


「ま、貴族なら血を残す義務があるだろうけど、俺は所詮平民だからさ。そこまで深く、結婚しなきゃとか思ってないよ」

「でも……」

「それよりも、姉さんの方はどうなの?恋したとかそういう話を聞かないけど」


エルザがじろり、とトーゴーを睨む。


「……異性として完成された、弟がいる……それって、男の価値観をおかしくさせて当然じゃないの?」

「ははは」

「もう……」


妹たちほど積極的に、弟のトーゴーと結ばれたいとは思わないけれど、こんな風に一緒でいられるのが続く、それだけならば、結婚も悪くないかな、と思ってしまう。


「おにーちゃん、遅い!」


教室の入口で仁王立ちしていた、妹の双子たち。早速飛びついてきて、兄の両手をそれぞれ奪ってしまう。上目遣いに、


「ねえ、いつになったら結婚してくれるのー?」


などとフツーに言うものだから、頭が痛い。


「俺は当面、誰とも結婚する気はないよ」

「ダメだよ!おにーちゃんは優れた人なんだから、一杯子供を残さないと!」


アリスが何気なく言った言葉に、エルザが顔を赤らめる。


「お前たち、意味わかってて言ってるんだろうな……?」

「え?子供って、結婚したらできるんでしょ?」


アリアの言葉に、時が止まる。


「うんまあ……下手に、言われるよりかはマシか」


これがカジノのお姉さんとかだと、イイコトしない?と誘ってきたり、貧民の娘の中には普通に両親が隠さずに性行為に及んでいるところを目撃したりしているため、やり方をサラッと口にしたりするのだから、ウチはまだましな方なのだろう。


官舎である自宅に帰ると、意外な人物がお茶を飲みながら待っていた。


「あら、お兄様」

「ソノン姫様」


家庭教師をしている、ソノン・ルルーこと領主の娘である。


気に入られているのは、わかる。妹のように、というよりも、時には妹よりも接する時間が長かったせいで、双子たちに拗ねられたこともある。


「……ところで、なぜここに?」

「わたくしも、トーゴーに育てられたようなものですわ。妹のようなものです」

「なんでアリスのお気に入りの服を着てるのっ!?」

「これを着れば、お兄様の妹になれると聞いたので」


妹でも少し大きめの服は、ソノンにとっても大きかったらしく、袖が少しだぶついていた。トーゴーが頭を抱える。


「兄君……ダレン様は、あまりいい顔をなさらないのでは?」

「お兄様はお友達と剣技を競うことに忙しいですし、文句は言わせません。人は平民と混じって遊んでいるのに、妹にだけさせないなんて、おかしな話ですもの」


トーゴーは、ちらりと母に視線を向ける。病弱な母はだいぶ回復してきていて、少なくともソノンを家に上げて、お茶を淹れて出迎える程度のことはできるらしい。


「トーゴーがいろんな人に愛されていると教えてもらって……お母さん、安心してるのよ」

「……ならいいけど」


ソノンに向き直りつつ、


「では、領主様はいかがです?」

「『トーゴーになら、安心して任せられる』と」

「ちなみにその続きは?」

「『あれほど男の欲を前面に押し出さないやつなど、見たことがない』と」


どういう安心のされ方をしているのだろうか。頭痛を堪えて、深々とため息をつく。

「仮に自分が、複数の女子と結婚した場合……領主様は、どのような判断をなさるでしょうね?」

「あなたは優れた才能をお持ちです。そして、今回出されたお触れは、平民でも、能力があるのなら貴族と同じように血を絶やさぬようにする義務があると明文化したものだと考えています。それに、貴族なら、複数の女性を妻にするのは普通ですから」


確かにそれが現実だ。国と時代が違えば、文化も違うとはよく言ったものだ。


「もう、返して!アリスたちのお気に入りの服、返して!」


 双子が、二人がかりで領主の娘から服を奪い取ろうとする。立場も気にせずに向かってくる二人を、彼女なりに好いているらしいソノンであったが、


「あら?ここでトーゴーお兄様に肌を見られたら、結婚しなくてはならないのかしら?」

「はい?」

「……トーゴー、見ちゃダメ」

「見ませんよ?」


今のところはまだ、日常に、大きな変化は起こっていない。


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