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吸血地獄葬  作者: シキナ
第一章
8/59

ふたつのアリス⑦

「ふわぁ……これがTOKYO。でっかい観覧車〜!」


 モノレールの車内。一人席を立ち、夕闇に包まれつつあるお台場の景色を胸躍らせながらイヴはいつまでも眺めていた。


「観光も良いが先に買い出しだ。もたもたしてたら店が閉まっちまう」

「私も早く普段着が欲しいかも。このオートマトン、私よりもサイズ小さめだから家にある服、合わなそうだし。それにこのドレス、目立ちすぎない?」


 着慣れないゴシックドレスにアリスはなかなか落ち着かず。


「何だ気に入らないのか? もったいないな」

「もったいないって? それどういう意味?」

「なに、そういったファッションに詳しいわけでもないが、今のお前に良く似合ってるからさ、そのままでもいいんじゃないかって」

「そ、そんな、何言って……」


 アリスはなんとなく呟いたエイジの自然な褒め言葉に思わず頬を染めた。


「『私ったらなんで照れてんの! 褒められたところで借り物の身体だって言うのに!』」


 そんな折、後方車両から突然複数人の悲鳴が響き渡ってきた。


「何だ?」


 一瞬にして車内には緊張感が走り、エイジ達も声のする方を覗き込む。

 直後、耳をつん裂く咆哮ほうこうと同時に、乗客がエイジらのいる先頭車両へ流れ込んで来た。

 中には着衣を紅く濡らした者や、這いずる形で息も絶え絶え逃げて来た者もいる。

 エイジが目を凝らすと、前傾姿勢の大きく肥大した体躯たいくに面長な頭部。口周りを鮮血で染めながら〝変異吸血性体へんいきゅうけつせいたい・プリミティヴ〟が乗客をむさぼり喰らう異様な食事風景がそこにはあった。


「ヒト社会に紛れ込んでその血肉を食べて生きる不老不死の怪物。日本にも居るんですね……イヴも本物は初めて見ました」

「来日初日に出会すなんてな。プリミティヴ、何でまたこんなところに!」

「お兄ぃ!?」


 脱兎だっとの如く駆け出さんとするエイジをアリスが必死で止めに入る。


「無策じゃ危険すぎる!」

「だからと言って見捨てられない! こうしてる内にも……」

「良く見てお兄ぃ!」

「……」


 その女性の頭蓋は割れ、脳みそを垂らし、はらわたに至っても腸が飛び出ており、プリミティヴはそれを食いちぎらんと首を振っていた。無論そこには生気など感じられず、遠目からでも息絶えていることは明白だった。


「まずは残った乗客を前方に移して、次の駅で降ろす。駅構内への連絡も入れて緊急避難措置を要請。お兄ぃの助けたい気持ちも分かるけど、今は少しでも多くの命を護る行動を考えて」

「イヴにも手伝えることがあったら言って、アリス! 何したら良い?」


 イヴもいつになく真摯しんしな表情を向けている。


「次の駅の到着と同時にイヴは乗客のしんがりをお願い」

「ごめん。しんがり、って何?」

「一番後ろって意味。改札口まで殺到するはずだから万が一、ホームで取り逃した時の対抗策。大事な任務よ」

「分かった。やってみる!」

「出来ることならこのまま無人になった車内に閉じ込めておきたいけど。多分、追いかけてくる」

「だろうな。やつがホームに降りた所で俺が相手をすれば良いわけだ。遠慮なく戦える」


 見るにプリミティヴは餌食となった女性の生皮を剥ぐのに夢中であり、迫り来る気配はない。

 そうこうしていると次の停車駅のアナウンスが鳴り、ホームが視界に入ってきた。

 プリミティヴも察したのか、一通り食い散らかした餌をほっぽって前方に意識を向ける。

 と同時に台場駅へと到着。ドアが開くとすぐに、混乱し流れ出す乗客の後ろでイヴが戦闘態勢を取るのだった。

 ギリギリまでプリミティヴを惹きつけておいてホームに移るエイジとアリス。

 予想通り、プリミティヴはドアを蹴破りホームへ降り立ち、逃げていく餌を前に雄叫びを一つ上げた。


「ここまでは想定内だな。後はアリス、お前もイヴと行くんだ」

「えっ……」


 アリスは最初、耳を疑った。自分もまた魔術師であるにも関わらず、敵前逃亡しろと促す兄に幻滅すらしかけるも。


「そうだ。今の私、私じゃない……戦えない」


 魔術神経炉を持たない今のオートマトンの身体では、魔術の行使はおろか、喋るだけと化した木偶でくであり、足手まといになりかねないとアリスは自覚するのだった。


「ごめん、お兄ぃ。私……」

「いいんだ。そう悲観するな。お前がいたから俺は冷静にことを構えられるんだ。人にはそれぞれ役割がある。ここからは俺の出番だ」


 エイジがアリスに自身の携帯を手渡す。


「管理局に連絡を頼む」

「分かった。お兄ぃは?」

「決まってる。やつは俺がここで仕留める」

「仕留めるって……」


 魔術神経炉は全身に渡って張り巡らされており、助走をつけて跳躍するその両脚にも魔力が走る。

 そのまま軽くプリミティヴの頭上高く舞い、エイジは次に右手を構えた。


「食事はやめて俺の相手をしてもらうぞ」


 魔術神経炉を体外へ露出。放出した魔力線を刀剣状に編み上げ、エイジはプリミティヴの首筋へ、その魔力で作った剣こと魔力切まりょくせつを全速で振り下ろした。

 しかし素直にじっと待っていてくれるわけもなく。プリミティヴは飛行に特化した堅牢な前腕部を盾にしてね除ける。

 続けざまに薙ぎ払わんと対の腕を振りかぶるも、寸手でエイジは着地。がら空きとなったプリミティヴの懐に入り込んだ。隙を逃すまいと再び構えるも、くの字に曲がり、バネのように発達した前足がエイジの胸部へと入り、蹴り飛ばされてしまう。


「くっ……」

「お兄ぃ!」

「な、何してる……アリス、早くイヴの所へ行け!」


 途端に息苦しくなるものの、砕けた胸骨に魔術師の基礎中の基礎ともなる人体回復術じんたいかいふくじゅつを施し持ち直す。その間、アリスは不思議で仕方がなかった。


「オートマトンは? どうしてオートマトンを使わないの!」


 彼らにとってオートマタは最大の攻撃手段にして最大の防御壁となる。エイジが同じオートマタの術者であることを知っているアリスは当然の疑問を口にした。


「美央に修理を頼んでるんだ。だから今の俺にオートマトンはない。だからって逃げることもしない!」


 よくよく見るとエイジの左腕には常に装着しているはずのブレスレットキーがない。


「『オートマトンも無しにプリミティヴの相手なんて無理。きっともうすぐ管理局が来る。それまで時間を稼げれば……』」


 アリスの考えは甘かった。


「逃げもしないが、逃しもしない」


 真っ向からプリミティヴに向かうエイジのその姿勢には、時間稼ぎといった半端な覚悟など持ち合わせておらず、差し違えてでも殲滅するといった無謀な意思が汲み取れた。

 アリスの脳裏に8年前のある出来事が過る。血でぐっしょり濡れた状態でストレッチャーに乗って担ぎ込まれる兄。ずっと握りしめていたものが力尽き、病院の廊下にガランと落ちた。ラッピングされたhappy birthdayの文字。そこで改めて自分の誕生日が今日であったことを思い出した。潰れたコンパクトミラーを片手に、アリスは救急救命室へ運ばれていく兄をただただ遠くから眺めているしかなかった。


「だめ……死に急いだりしないで。あの時だってお兄ぃは……」


 そんな締め付けられる想いと呼応するかのように、Aliceの両中指にはめられた指輪は、段々と熱を帯びていった。



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