ふたつのアリス⑥
葬儀から帰ってくるタイミングを見計らい、三人は学長室を訪ねた。
「親父! いるか!」
エイジがノックをしても返答はない。
「おかしいな。もう帰ってても良い時間なんだが」
確認すると腕時計の針はもう16時をまわっていた。喪主とはいえそろそろ切り上げても良い頃合いである。
「もしかしたら……」
意味深な様子でアリスが口挟む。
「何だよ」
「いや、もしかしたらもうバレてるかもって。だって元はと言えばパパが開けるはずの荷物だったんだから、学内のどこに届けられるか事前に聞いてたはずでしょ。それが無くなってるってなったら……」
「向こうはそのための護衛まで付けてたほどだ。真っ先に確認するよな普通」
踵を返すと三人は駆け足で元いた大講堂へ戻るのだった。
到着早々、空になった木棺の前には案の定見慣れた大きな背中が一つあった。
「やべ。ばれた」
「私、知ーらない」
「イヴも一緒に怒られます。約束ですから」
静かにだが、重々しく喪服のままの学長が振り向く。
「今日のお前の行動は関心せんな」
「それは、その……申し訳ありませんでした」
平身低頭なエイジには言い訳する言葉もなかった。
「全面的に非があるとまでは言わんが、まさか無断で起動させているとは」
アリスの方を一瞥した後、学長の鋭い眼光は再びエイジに戻る。
「しょうがないから弁解してあげる」
見兼ねたアリスが助け舟を出す。
「これは向こうの手違いでお兄ぃに届けられたのであって、中身も何か分からなかったらしいの。そりゃ許可なく起動したのは褒められたことじゃないけど、お兄ぃに限って悪気はないだろうし……だからパパも許してあげて」
「……?」
当然、エイジを庇うアリスの声はオートマトンから聞こえる。これは不自然極まりない。
「アリス? アリスなのか?」
学長も先のエイジと同じ反応を示す。
困惑するのも織り込み済みでエイジが説明に割って入った。
「説教なら後でちゃんとうける。それよりも普通じゃ考えられない事態が起きてるんだ。俺もそんなつもりで魔力供給したわけじゃない。でも起動してみれば記憶、感情、精神といった肉体以外の全てを引き継いでいると言うほかないまでに、どこまでもアリスなんだよ、このオートマトンは!」
「事故の最中にどうやらこのオートマトンに私の意思が移ったらしくて。信じられない話だけど」
学長も目を開いて頭から爪先までくまなく見回した。
「死んだ人間から消失する重さ、決まって21g。精神と肉体の分裂。ない話ではないが、まさかこれが……」
一通り観察し終えた学長は考え込むように続けた。
「事実ならば魔術に起因した奇跡の体現だ。魔力源は?」
「今は俺の魔力供給で動いてる。ただ本人もその理由と原因は分からないらしくて、混乱もあるみたいだから今日のところは工房じゃなくて部屋で休ませてやって欲しい。あとこいつのも頼む」
流れでエイジがイヴを前に出す。
「第一魔術学校から来ましたエヴリンと申します。本当なら、アリスと一緒にこの子を運ぶ予定だったんですが、こんなことになり、それでいてもたってもいられなくなって」
「飛んで来たんだと」
「アリスの御友人とあらば手厚い歓迎をしてもてなしたい所だが、このオートマトンについて知っていることがあるなら全て聞かせてくれないか。どんな些細なことでも良い」
それはエイジと同様。安否を気遣う学長は、少しでもこの現象を引き起こした原因に繋がる手掛かりが欲しかった。
「イヴも詳しくは……ただ第一魔術学校に地下聖堂があって。そこから発見された古いものとしか」
「やはりあいつから聞いていた以上のことは何もだな。このオートマトンの調査は予定通りこちらで行おう。だが、もう日も暮れる。調査は明日にまわす。彼女には家の客室を用意させよう。使っていない部屋ならいくらでもある。好きなのを使ってくれて構わない」
「アリスとまた一緒に暮らせる! やったー!」
よっぽど嬉しかったのだろう、人目はばからずまたもイヴはアリスに抱きつきはしゃいだ。
「向こうの生活とあんまり変わらない。ありがとう、パパ」
「今日のところは帰りなさい。私から魔術神経炉の摘出手術はストップさせておく」
「とりあえずは寝巻きとか諸々の買い出しだな。アリスも今の体型に合う合わないあるだろうし、着の身着のままやって来たイヴは尚更だ」
話が纏まり、大講堂を後にしようとした時。
「エイジ」
「?」
学長に呼び止められたエイジは、二人を先に行かせて一人残った。
「アリスには聞かせたくない内容だ。この事実を聞けばまた要らぬ責任を感じるだろう」
「あいつと関係があるって話なら、墜落事故について進展でもあったのか? だからこんな時間に」
「そのことだが、どうも偶発的に起きたものではないようだ」
「待ってくれ。視界不良が原因の事故だったと聞いてる」
単なる偶然が重なったアクシデントだと思い込んでいたところに不穏な影が散らつく。
「残った機体の一部を持ち帰り調査した結果、魔力残滓が出た」
「魔力残滓って……」
拳銃を発砲させた際、着衣や皮膚などに火薬残渣が付着するよう、魔術師が魔術を行使すると必ずその場所や物に魔力残滓という魔力の痕跡が残ってしまう。言い換えれば魔力の質や量、場合によっては術式まで判明するため、魔術師特定へと繋がることもあり、同時に魔術師介入の動かぬ証拠となる。
「それじゃあの事故に魔術師が関わってるってことになるじゃないか!」
「そもそも事故ですらない可能性が出てきた」
「何者かが旅客機に細工をして故意に墜っことしたってわけか。だったら目的は」
「あのオートマトンの強奪だろう」
「賊のレベルを越えてる。そこまでして手に入れたいものなのか?」
Aliceが珍しいオートマトンであると理解しかけていたエイジだが、多くの犠牲を生んでまで手にしたいオートマトンだとは微塵も思っていなかった。
「あのオートマトンは高次元の存在だ。現に死すべきアリスの精神はあれに宿り、魂の誘導が完成された。魔術師の悲願だ」
学長はエイジの肩にそっと手を置き念を押す。
「お前が魔力を与えている限りは自衛が利く。それでも単なる物としての扱いよりはマシになったというだけであり、最後には魔術師の護りが要る。アリスはお前が護るんだ。いいな」
掛かる力は強く、エイジは決心する。しかし残る疑問が湧いてきた。
「親父の言う護れってのは、それは妹の方か? それともオートマトンの方か?」
オートマトンに起因するどこまでも魔術師的な高揚が見て取れたエイジは、わざと棘のある言い回しをした。
そしてその問いかけの答えはあまりに淡白かつ明快で。
「無論両方だ」
「…………」
内心アリスだと断言して欲しかったエイジは、失望したように押し黙ったまま、その場を去るのだった。