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吸血地獄葬  作者: シキナ
第一章
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ふたつのアリス④

 受け取り場所として指定された大講堂に到着すると、仕立ての良い黒のスーツで身を固めた二人組が待ち構えていた。

 エイジが受取人としてサインをするとその二人組は、一切説明もせず愛想もないまま、荷物である漆黒の木棺を置いて早々に退散した。


「あいつの私物か? にしては棺ってどういう趣向なんだ?」


 大きさも160cm近くあり、小柄なら人が入れるほどである。派手な装飾や彫刻は見当たらない。


「開けてみてはどうですか? エイジさん宛のものなんでしょ?」

「いや、まだあいつの私物だと決まったわけでもないし、間違いってことも……」


 唐突なイヴの提案に、流石のエイジも今回ばかりは首をひねる。


「考えてても始まりませんよ」

「それはそうなんだが。何かも分からない、確証もない。本当にあいつからなのか?」

「もう、じれったいですね……さっきエイジさんも言ってた、細かいことは後回し。安心してください。万が一の時はこのイヴも一緒に謝ってあげますから。そんなわけでえいっ!」


 中身を開けることにいささか抵抗があるエイジだったが、先走るイヴはふたの留め具に手を掛けた。


「おい、ちょっと待て!」


 棺の蓋が開ききった時、二人は揃って息を呑んだ。


「こいつは……」


 それはまるで少女だった。つい数分前まで薔薇園を走り回っていたかのようなみずみずしさと、アンティークドールのような甘美かつ妖艶ようえんさを併せ持つ佇まい。

 真紅のゴシックドレスで包まれた今にも動き出しそうなそれは、生きている人間にしか見えなかった。


「子供……?」

「だとしても空輸で運ばれてくるなんておかしな話だ」

「じゃあ、子供を模した人形? 誰かのご趣味ですかね?」

「少なくとも俺じゃないぞ。でも実際何なんだこれは。魔術素材か?」


 エイジは否定するも眠り続けているそれが気になり、確認し始める。


「人間に似せてはいるが魔力の動力炉もある。人形は人形でもこれは俺達、魔術師がよく知るオートマトンだ」


 最中ふと手がレース生地のスカートに触れてふわり、たくし上げられた。


「わ、わるい!」


 見た目は少女そのもの。思わず謝るエイジと、まばたきも惜しんで観察していたイヴ。


「パニエまで可愛い……」

「こんな精巧なオートマトンは生まれて初めて見たぞ。どこかに造られた年数と、名前が彫られているはずだ。これだけ風変わりなオートマトンなら、相応の魔術師が関わってるに違いない。それが分かれば手掛かりになる。何かないか探すんだ」


 あくまでもオートマタというのは魔術師の防衛を目的とした魔道武器である。あるものは魔力を増幅する役目を持たせて、またあるものは物理攻撃に特化させて。特性はそれこそ千差万別であるが、どれも無骨且つ機械的で、血の通っている様な見た目などはしておらず、そもそも人間に寄せて造る必要性も必然性もない。それこそ趣味の範囲か特別な意図があるのか、エイジはそこが知りたかった。

 注視すると木棺の側面に粗削りでスペルらしきものが掘られてあるのを発見する。


「A・l・i・c・e……アリス?」


 それを見つけた瞬間、イヴは直感した。


「運命ですよ。このオートマトンは本当ならアリスが日本に運ぶ予定だったものじゃないかと思います」

「あいつの帰国の目的はこれを運ぶためか。それなら最後の置き土産ってことになるが……」

「動かしてみせて下さい!」

「はあっ!?」


 何を言い出したものかと耳を疑う。


「戦闘用のオートマトンじゃないにしても、動かなければ意味はありません。魔力を与えて起動させたからといって、傷ものになるわけじゃない。運ぶ途中で何がなかったとも言い切れませんよ。それにイヴはこの子が動いてるところ、見たいです!」


 イヴのくりっとした両眼が物見たさにより輝きを増し、ありったけの視線を注いだ。


「そっちが本音か。俺の魔力で壊れなきゃいいが」

「そこは上手くコントロールして」

「それが出来てたらこっちも苦労なんかしてない」


 今まで破壊してきたオートマタは数知れず。躊躇ためらうのも当然であった。


「イヴが動かすっていうのは?」

「ダメです! これはエイジさんに送られてきたものですから」

「勝手に開けた割にそこは律儀なんだな。しょうがない。起動させるだけなら微量の魔力で済む。それで良いか?」


 エイジに至っても好奇心がまったくないわけではない。後押しされる形でオートマトンの前に立った。


「じゃあ、いくぞ」

「はい! お願いします!」


 魔術を行使するためのエンジンとも言える魔術神経炉を指先から体外に露出。魔力転換術式により、か細い魔力線まりょくせんとなったものを繰り糸に見立てオートマトンへ繋ぐ。

 差し詰、ピノキオとそれを操る人形師といった構図であろうか。

 そうしてエイジは自身の魔力を注ぎ込んでいった。


「…………」

「動きませんね」


 十分な魔力供給を施すもAliceはピクリともしない。

 欠損箇所がないかまたも頭から爪先に渡り、隅々までエイジは手で触れ、確かめる。


「おかしいな。魔力は充分流れてるはずだが。こりゃ相当に燃費が悪いぞ……」


 その台詞を吐くや否や、眼前のオートマトンから右ストレートが飛んできた。


「!??」


 左頬に直撃し倒れ込むエイジ。


「……?」


 確かに走る鈍痛どんつうと、追いつかない思考。恐る恐る見上げると。


「へ、変態お兄ぃ!!」

「しゃべった……」


 オートマトン・Aliceは華奢きゃしゃな二本の腕で自身の身体を抑えながら身をよじらせている。それは紛れもなく恥じらいという、本来ならば存在し得ない感情の一つであった。


「おい嘘だろ……」

「だって、お兄ぃがあちこち触るから」

「お兄ぃって……」


 従来のオートマタにAIのような思考する回路や、自己決定意思は存在しない。魔力に対する器としての機能しか持たないのが通常である。だがことこのAliceに限ってはその範疇はんちゅうを越えていた。それらの例外であると認める他なかった。


「私、どうなって……えっ!?」


 アリスは意識を完全に取り戻した。しかしそれは本来の身体を持ってしてではなく、オートマトン・Aliceを依代よりしろとしてである。


「お兄ぃ! 今、私どうなってる?」

「オートマトンになってる」

「ど、どゆこと、それ!?」


 アリスの頭の中は、かつてないほどに混乱を極めていた。盛り上がったスカートに手が当たる度、冷静さは鳴りを潜め、周囲を見渡す度、起きている全てが御伽話おとぎばなしであるかのような感覚におちいる。


「アリス? アリスなの?」


 エイジの隣にはつい今朝方逢って別れたばかりのイヴまでもいる。


「どうしてイヴが? 熱があって寝てたんじゃ……何でお兄ぃと一緒に? あぁ、こんがらがってきた」

「その声、間違いなくアリス! 生きてて良かった!」


 イヴは涙してAlice≒アリスに抱きついた。


「わ、分かったから落ち着いてイヴ。じゃなくて落ち着くのは私!」


 慌てて自身の顔の輪郭を手でなぞってみるアリス。


「……違う」


 エイジとイヴを差し置いて、窓ガラスに駆け寄る。

 そこで初めて対面する今の自分。


「……誰」


 Aliceの爛々(らんらん)とした蒼色の瞳がこちらをじっといつまでも見つめ返している。


「私……じゃ、な……い……」


 アリスはそのまま糸が切れたように卒倒した。



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