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吸血地獄葬  作者: シキナ
第一章
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ふたつのアリス②

「気を楽にして私の話に耳を傾けてくれたまえ。生徒らの間で噂になっている当校の地下聖堂の件で一つ、君に協力してもらいたいことがあってだね」


 イギリス、グリニッジ東郊に門を構える第一魔術学校。その日、広域魔術学科こういきまじゅつがっかに通う生徒、不動ふどうアリスは学部長から呼び出しを受けていた。

 はじめから叱責の類でないことは理解していたものの、呼び出される理由についぞ見当がつかなかったアリスは、内容の一端を聞いてどこか納得し、緊張を解いた。


「降霊の儀式に使っていたとか、巨万の財が眠っていたとかって言う」

「面白い巷説こうせつだがどれも外れだ。地下聖堂には認識阻害の魔術結界が張り巡らされていてね。発掘するのにいささか骨が折れたよ」

「何を目的としたものか分かったんですか?」

「ああ。あれは祭壇だよ。そのための地下聖堂であり、我々はとある棺を最深部で見つけた。肝心な中身だが、魔力を機動力とする魔道人形。言わば〝オートマトン〟だった」

「オートマトン……」


 気にならなかったと言えば嘘になる。しかしまるで予想だにしていなかった噂の呆気ない正体に、アリスは拍子抜けしてしまう。それは広域魔術学科を専攻している魔術師ならば誰しもが、日々触れる機会のある、何の変哲もない〝モノ〟に過ぎなかったからだ。


「意外な真相だろう。なにせ一番に私が驚かされた。しかし今君が想像した単なるオートマトンでは決してない。どこの誰が錬成したのか、記録もまた後継人も残っていない謎の多い代物さ」


 一見して落ち着き払った様子とは裏腹に、そう語る学部長の言葉の端々には確かな熱がこもっており、今にも机上から身を乗り出してくるような勢いを感じた。


「さて、ここから本題に入ろう。発掘されたオートマトンに私自ら魔力供給を試みたのだが、起動はおろか、その気配すら見せなかった。保存状態は完璧だったことから、上手く同調出来ない理由は他にあるとみている。どうにもそれが何なのか分からず手詰まりというわけだ。そこで我が恩師であり、君のお父上に意見を伺いたいと思い至り君を呼んだ」

「それで私は何をお手伝いすればいいでしょう」

「このオートマトンは学術的にも魔術史の観点から見ても価値あるもの、信頼のおける人間に輸送、同行してもらいたい。ここに成田行きの航空券チケットがある。留学中の身であると分かったうえでの頼みだ。たまの里帰りも悪くないと思うが引き受けてはくれないかね」

「帰国、となると……」


 真っ先に日本で暮らす兄のことを思い出したアリス。


「お兄ぃに逢える……!」


 およそ三年ぶりとなる再会を想像するだけで、学部長の前とは言え抑えきれず、自然と口元が緩むのだった。



 ーー*ーー



「美央、いるんだろ!」


 ノックもせず不動エイジは、第三魔術学校、錬成学科れんせいがっかに通う生徒、柏葉美央かしわばみお工房ラボのドアを思い切り開け放った。


「もう少し静かに入ってこれないの? 毎度のこと、心臓に悪い」


 普段から温厚な美央の態度は変わらず。オートマタの整備に余念がないのか、手を動かしながら受け答えた。


「こいつのどこが最高傑作だって? 二日もたなかったぞ。今日の演習でこの有様だ」


 気を引く目的もありつつ、わざとらしくエイジが自身の相棒とも言えるオートマトンを床に置くと、ガシャンと大きな金属音が立った。不快なその音に反応してか、やっと手を止めた美央は視線を向ける。


「あちゃ。また耐えきれなかったか。何度目だっけ?」


 美央が仕立てたエイジ専用の西洋甲冑を彷彿とさせるオートマトンは、辛うじて原型を留めているものの、関節部は外れ、装甲も剥がれ落ち、焼け焦げている始末だった。


「六度目だ。もうじきやつの周期が回ってくる。その前に俺が使いこなせるオートマトンが必要なんだ。時間がない」

「そう言われてもね。エイジ君の魔力、特殊だから」

「特殊? 制御しきれてない、の間違いじゃなくて?」


 エイジが声のする方へ振り向くと、背後には凛々しくも高貴なる気品を幾重にも纏った少女、月島結奈つきしまゆいなが立っていた。

 手入れの行き届いたあでやかな黒髪と、ビードロのような真紅の瞳が、どこか人間離れした雰囲気をかもし出す。


「げっ」


 あからさまに怪訝けげんそうな顔をするエイジに結奈はムッとした。


「何よ、そのリアクションは。こっちは昼休み返上でエイジのこと探し回ってたっていうのに!」


 エイジと結奈は同じ広域魔術学科専攻の生徒であるが、同時に単なるクラスメイトだけでは説明のつかない並々ならぬ関係でもあった。


「柏葉さん。同期のよしみだからってこいつに付き合うことないんだからね。確かに魔力転換術まりょくてんかんじゅつの応用力は頭ひとつ抜きん出てる、けどそもそも魔力を暴走させてるんじゃ、まだまだ将来が思いやられるわ」

「あはは。相変わらずきついな、月島さんは。私は好きで造ってるから構わないんだけど……」

「ほら、美央だってそう言ってる」

「それじゃあエイジを甘やかすだけよ」

「いいだろう、オートマタを造るのが錬成学科の仕事、でそれをコントロールするのが俺達広域魔術学科の仕事。それに暴走って言うけどな、それだけ魔力の純度が濃いってことだ」

「それも上手く使いこなせてないなら宝の持ち腐れでしょ」


 結奈は半ば呆れながら地面に転がる果てたオートマトンを見た。


「現時点ではそうなるが……って何の用だ月島。お前にとやかく言われる覚えはないぞ」

「何もエイジに小言を言いに来たんじゃない。学長が呼んで来いって」

「親父がわざわざ俺を? 何でまた」

「詳しくは知らないけどほら、たいした成果もなくオートマタ、壊しまくってるから」

「そんなの今更だろ。じゃあな。修理頼んだぞ、美央」


 そう言って結奈の横をすり抜け、エイジは足早に学長室へ向かった。

 実の父親とはいえ第三魔術学校のトップ。部屋の前まで来たエイジは礼節をもって三度ノックした。


「入れ」


 入室の許可を得てドアをくぐると、備え付けられたテレビで、とある報道番組を複雑な面持ちで見ている父親の姿があった。


「何の用でしょう? 今は一分一秒がおしい。X-DAYの明確な日付こそ断定は出来ませんが、近々必ず来ます。貴方も煮湯にえゆを飲まされたはずだ」

「私はお前と論じるつもりはない。エイジ、よく聞け」


 早口でまくし立てられ、エイジの他人行儀な台詞も遮られる。


「これから言うことをよく聞くんだ」


 ただごとではない様子に否応なくエイジも気付く。


「何か、あったのか」

「アリスが……」

「?」


 久方ぶりに交わす家族の会話。予告なくおとずれた沈黙を掻き消すように、バードスターエアライン航空機墜落事故のニュースがかたわらで流れていた。



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