32話 自由への逃亡
こんにちは!作者です!エアル&スノウ編5話目です!
過去パートも折り返しとなりました!
──それでは皆様に、少しでもワクワクできる時間を。
「ああそうだ。しかも家出程度の距離じゃねぇぞ。この国を…ザーパトウェストを出る!」
「ええっ!?」
想像以上に壮大な計画に、エアルは更に困惑する。
「だってよ、このままザーパトウェストにいても俺にもお前にも自由なんか来ないだろ?」
「そうかもしれないけど…でも、いきなり国外に逃げるなんて…。それに国外に逃げても自由があるとは限らないじゃない。」
「だけどこのままザーパトウェストで生き続けるよりは可能性はあるとは思わねぇか?」
「う〜ん…そう言われるとそうだけど…。──というか、簡単に言ってるけど逃げる方法とか考えてるの?」
「考えてねぇ!」
スノウが仁王立ちで清々しく叫んだ。エアルは呆れの感情が籠る溜め息を吐いた。
「はぁ…考えがないなら提案しないでよ…」
「今考えてねぇだけだ!絶対考える!そして絶対実行する!」
どこからそんな自信が湧いてくるのか、スノウの瞳に揺らぎがない。
正直なところ、エアルは迷っていた。この先もぎこちない王女であり続ける人生だと思っていたところに、国外逃亡という壮大で無謀な、だが人生を変えるかもしれない大博打が舞い込んできたから。
乗るか乗らないか、どれだけ悩んでもどっちが正解なんて分からない。
ならば今、信じられるのは──スノウの揺らぎない瞳であった。
──エアルの瞳に、覚悟が宿る。
「クリスマスパーティの当日は、首都全体で行われるし、他の町からもいっぱい人が来るわ。」
「……?いきなり何の話だ?」
エアルの意図が分からず、スノウが首を傾げる。しかしエアルは話を続ける。
「人がいっぱい来るってことは、一度紛れてしまえば特定の人物を探すのは困難になる。」
「ま、まぁそうだな。」
スノウが相槌を打つ。
「つまり、逃げるならクリスマスパーティ当日が最も成功率が高いってことよ。」
ここでスノウはようやく理解した。
「お前、まさかこの逃亡計画に乗るのか?」
「何よ、自分から焚き付けといて怖気付いたの?」
エアルが挑発気味の笑みを浮かべる。
「はぁ!?んなわけねぇだろ!」
スノウはまんまと挑発に乗せられた。
「だったら1週間後の深夜0時に私を迎えに来て。場所は貴族エリアの噴水広場ね。」
「噴水広場って貴族エリアで1番デカい場所だろ?目立つんじゃねぇのか?」
「深夜0時頃、私はクリスマスパーティの開催宣言で噴水広場に作られるステージに上がることになってるの。そのタイミングで何とかして抜け出してみせる。あなたと合流した後、集まった人々の中に紛れてそのまま姿を消すって計画よ。」
エアルの覚悟が決まった赤い瞳。流石のスノウも腹を括った。
「分かった。絶対に迎えに行く。」
「うん、待ってる。」
スノウとエアルは誓い合う。自由へ逃げるために。
時間は流れ、遂に首都全土で開催されるクリスマスパーティ当日となった。
パーティは日にちが25日に変わる深夜0時から始まり、26日になる深夜0時までと、24時間開催という大イベントとなっている。
開催宣言される場所は貴族エリアの噴水広場。巨大な噴水を中心に円形となっている広場で、現在噴水の前には特別ステージが作られている。
現時刻23時。既に噴水広場には多くの人々が集まっている。周囲の町からも来訪している為、平民エリアも貴族エリアも深夜なのにお祭り騒ぎである。
ダイヤモンド城。エアルの部屋。
姿見鏡の前に立つエアルは、高級ドレスの中でも最上級の純白なドレスを身に纏っている。
「お美しいですよ、エアル様。」
着付けをしたメイド長のハーグが、エアルの後ろに立った状態で褒める。
「ありがとう、ハーグ。」
エアルは小さく笑って礼を言う。
「……浮かない顔をされていますね。」
ハーグはエアルの顔が少し曇っていることに気付く。
「そ、そう?緊張しちゃってるのかな?あははは…」
エアルがわざとらしく笑うが、ハーグからの視線に耐えきれず、ガクッと肩を落とした。
「差し支えなければ理由を教えて頂いてもよろしいですか?」
ハーグが尋ねると、エアルは数秒悩んだ後、
「……ゴメン、言えない。」
と、キュッと腰の辺りで拳を握った。エアルの態度から明らかに何か隠していることは察したハーグ。しかし、それ以上の追及はしなかった。代わりにエアルの背後から肩を抱いた。
「エアル様、私は亡き貴女様の母─『ローザ』様との約束をしております。この体朽ちるまでエアル様にお使えする、と。例えこの先、エアル様が悪党に堕ちようとも、私はいつまでも味方でございます。」
全てを見透かしたような口ぶりのハーグが、エアルを優しく抱き締める。エアルは黙秘の罪悪感がハーグの包容力によって揺さぶられ、目から涙が溢れそうになる。
「あ、あのねハーグ……!」
罪悪感に耐えきれなくなったエアルが計画を打ち明けようとすると、ハーグは遮るように告げる。
「言わずとも分かります。銀髪の少年と、見事計画を完遂して下さいませ。」
やはり全てを察していたハーグは、理解した上で後押しする。エアルはクルッと振り返ると、両目から大粒の涙を零しながらハーグに抱き付いた。
「ううっ…!ううっ…!」
いっぱい伝えたい。いっぱい感謝したい。だけど嬉しさのあまり言葉が出てこい。だから抱き締める力を強めることで全身で感謝を伝える。ハーグはエアルの気持ちに応えるように、優しく抱き締め返すのであった。
同時刻。貧民街ボウビン。
「おいスノウ、そんな所で体操してねぇで火に当たれよ。凍え死ぬぞ。」
家の前で座り、焚き火をして暖を取るニクスが、何故か少し離れた所で準備体操をするスノウに話しかける。
スノウは一通り体操を終えると、今まで見せたこと神妙な顔でニクスの方に戻る。
「…どうした?」
ニクスも普段とは違う雰囲気を感じ取り、真剣になる。
「ニクス、ありがとな。物心ついた頃から今まで育ててくれて。」
スノウは深々と頭を下げる。
「何だよ改まって。もしかしてまた変なこと考えてるわけじゃねぇだろうな?」
ニクスが冗談混じりで尋ねるが、頭を上げたスノウは黙ったままだった。
「マジで何か考えているな。何をするつもりだ?」
察したニクスが立ち上がって尋ねる。
「今からエアルを迎えに行く。」
「はぁ?お前が王女様を迎えに?──もしかして、1週間前に王女様と会ったあの日の続きか?」
「ああ。あの日に約束したんだ。25日0時に貴族エリアの噴水広場にあいつを迎えに行くってな。」
「ん?今日の噴水広場って確かクリスマスパーティの開催宣言をする場所だろ?そこに迎えにって…無謀過ぎないか?」
「無謀だろうが何だろうが、あいつはそこで俺を待っている。だから行く。」
「そうかよ。で、無事に合流した後はどうするつもりだ?」
「この国から逃げる。」
「……は?」
余りにも突拍子もないことに、ニクスは言葉を失った。
「俺とエアルはこの国を…ザーパトウェストを出る。そして自由を手に入れ──!」
スノウの言葉を遮るように、ニクスの鉄拳がスノウを殴り飛ばした。スノウは瓦礫の山へと激突し、大きな音を立てた。それにより住民達が何事だと集まってくる。
「おい、またあの2人が喧嘩してんのか?」
「でもいつもの戯れあってる感じじゃないわ。本気でニクスが殴ったみたい。」
「スノウの奴吹き飛んだぞ。大丈夫なのか?」
周囲に野次馬が増える中、ニクスは叫ぶ。
「何が国から逃げるだ!いいか?そんなことをしたら、確実にお前は誘拐犯に仕立て上げられ!挙げ句の果てに捕まってみろ!即処刑待った無しだ!」
ニクスが瓦礫の山に近づいていく。
「そんな自ら死にに行こうとしているなら…!今ここでボコボコにしてでも止めてやる!!」
ニクスが掌に拳をバチンと合わせた瞬間、瓦礫の中からスノウが飛び出し、ニクスを殴り飛ばした。
「だったら…!俺はお前をぶっ飛ばしてでも迎えに行く!!」
全ての覚悟を決めた瞳をニクスに向け、スノウは拳を構えた。仰向けに倒れたニクスは身軽に立ち上がると、同じく拳を構えた。
「上等だ!!かかってこい!!」
スノウとニクスの互いの想いが乗る本気の殴り合いが始まる。
寒い冬の夜空。煌めく星々を仰ぐ者は──スノウであった。ニクスは少し離れたところで大の字で倒れている。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
スノウは夜空を仰いだまま、白い息を吐いて呼吸を整える。
「スノウがニクスに勝ったの初めて見た。」
「てか、そもそもあいつ等何で殴り合ってたんだ?」
「王女様がどうこう言っていたけど……」
野次馬がザワザワとしている中、スノウは倒れるニクスに近付いて見下ろした。
「……スノウ、最後に…訊かせろ。」
ニクスが焦点が合っていない目でスノウを見詰める。
「何だよ?」
「何であの王女様と…国外に逃げようと考えた?」
「俺もあいつも、自由が欲しかったんだ。それに───」
スノウはエアルの哀愁漂う表情を思い出す。
「女にあんな顔されて、無視できる男がいるかよ。」
スノウは倒れたニクスを置いたまま、約束の噴水広場へと歩き出す。
「……スノウ!!」
ニクスが上半身を起こし、去っていくスノウを呼び止める。スノウは足を止めて振り返る。
「俺からの願いはたった1つ!死ぬな!!!以上だ!!」
スノウの覚悟を認めたニクスが親指を立てる。スノウはクスッと笑った後、同じく親指を立てた。
時刻は23時45分。開催宣言まで15分となり、噴水広場には更に多くの人が集まっている。
「えっ、お父様はステージに立たれないのか?」
噴水広場に作られた特設ステージの裏でスタンバイしているエアルが、カソックを着用した60代前半の御付きの老人──ゴーマンから、父親のアルバーノが欠席することを告げられる。
「はい。どうやら体調が優れないようです。ですので、下々へのスピーチはエアル様にしてほしいと仰っておりました。」
「そう…か。そういうのは先に伝えてほしいものだ。何も考えていないぞ。」
余所行きの口調で話すエアル。
「では私が代わりにお考えしましょう。」
ゴーマンはポンとメモ用紙とペンを出現させる。
「いや、自分で考える。あなたに任せると民達を見下した傲慢なスピーチになりかねないからな。」
エアルは皮肉を添えてゴーマンからの提案を拒否する。
「左様でございますか。ですがくれぐれも王族の品格を落とすような事は仰らないで下さいませ。」
「それくらいあなたに言われなくとも分かっている。」
ゴーマンの間に若干の険悪な空気を漂わせながら、エアルは頭の中で必死に考えていた。
そう、エアルはまだ開催宣言のステージから逃げる計画が思い付いていないのだ。
(ヤバい…どうしよう…!)
毅然とした態度をとりながらも、エアルは内心焦りに焦りまくっていた。
時間は時に残酷なもの。エアルが計画を思いつく前に、無情にも開催宣言の時間が来てしまった。スピーチは5分前から始め、0時になったと同時に宣言をする予定となっている。
「大変お待たせ致しました。今から開催宣言前のスピーチが始まります。予定ではアルバーノ王でしたが、体調が優れないということで、急遽王女であるエアル様より有り難きスピーチを頂戴致します。」
司会の男からステージに上がるように促され、エアルは民衆の前に姿を現した。その瞬間、一斉に視線がエアルに向けられる。
「それでは、よろしくお願いします。」
司会の男に促され、エアルは当たり障りもないスピーチを開始する。頭の中では必死にこの場から逃げる策を考えているが、スピーチしながらでは早々良い案は思い浮かばない。
(どうしよ…!どうしよ…!)
刻一刻と約束の時間が迫る。エアルの額から焦りからの汗が流れる。
その時、視界にとある光景が入ってきた。それは噴水広場の隅で手持ち花火をして遊ぶ子供達であった。
瞬間、エアルの中に1つの策が閃いた。
時刻は23時59分30秒。秒針が1秒ずつ約束の時間へと刻んでいく。
「──では、長くお話しましたが、そろそろ開催の時間となります。折角ですので、私なりの開催宣言をさせてもらいます。」
エアルは掌に魔力を集中させる。そして高らかに掌を夜空に掲げると、光の玉がまるで打ち上げ花火のように放たれた。
光の玉は噴水広場にいる人々の視線を全て集めたまま夜空へと昇っていく。
──55秒。
──56秒。
──57秒。
──58秒。
──59秒。
──12月25日0時。光の玉が夜空で巨大で煌びやか花火を咲かせた。
人々は意識も視線も、夜空を輝かせる花火に夢中になっている。
──ただ1人を除いて。
夜空の花火には目もくれず、銀髪を靡かせ、一直線にステージに向かう1つの影。
ステージの上からその影に気付いたエアルは、迷う事なく走り出す。そして影に向かって飛び降りた。
「ちょっ…!」
銀髪の影は驚きながらもエアルをお姫様抱っこでキャッチする。
「たく!派手なことすんな!」
楽しそうな笑みを浮かべる銀髪の少年─スノウ・シルバーは、エアルを抱きかかえたまま走り出す。
「スノウ!ちゃんと来てくれたんだね!」
エアルはギュッとスノウに抱きつく。
「あったりめぇだ!──逃げるぞ!自由に!」
「うん!」
テンションが最高潮の2人は、人混みに紛れて噴水広場から逃げ出すのであった。
本日はお読み下さり誠にありがとうございます!
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前書きでお話した通り、過去パートは今回で折り返しですので、残り2話あります。
それではまた明日、お会いしましょう!お楽しみに!




