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中谷楓その三

 丁度話し終えると同時に、ホットコーヒーが出来上がった。

 目の前に置かれたカップを見ると湯気が上がっている。数回息を吹きかけて冷まし、一口飲むと丁度良い苦さだった。

 砂糖を入れたから甘いのかと思いきや、甘さ控えめで好みな味だった。

 偶には砂糖を入れるのもいいかもしれない。


「子どもがほしい、ということですか」

「…分かってます、分かってるんです」

「まだ何も言っておりませんが」

「分かってるんです。不倫している時点で良くないことだし、相手の同意なしに子どもをつくるなんて、どうかしているわ」


 目に涙を溜めて一人で良くないことだと刷り込んでいる楓を見て、浮気という偏見は間違っていなかったなと店員は思った。


「まあまあ、落ち着いてください。ここは二人しか居ませんし、ゆっくり話しましょう」

「はい、すみません」


 鞄からハンカチを取り出し、涙を拭く。

 ハンカチを仕舞った後もアイメイクが崩れていない。


「話を聞いていると、一番は子どもがほしいということですか?」

「はい。以前は奥さんと別れて私と一緒になってほしいという気持ちがあったのですが、今では彼との子どもが欲しい気持ちの方が勝っているんです」

「なるほど。しかし、子どもをつくるとなると不倫がバレてしまうと思うのですが、そうすると彼は妻を選ぶかもしれませんね。そうなることを考慮しても、子どもが欲しいのですか?」


 今はまだ妻には悟られていない。しかし妊娠したらきっと伝わることになるだろう。

 妊娠しなかったら彼との関係はまだ続けられる。

 それでも、彼との関係を長く続けたい気持ちより子どもがほしい気持ちが勝る。


「はい、それでも子どもがほしいんです。愛する彼との子どもが」

「子どもを生むには年齢のリミットもありますよね」

「そうなんです。私はもう三十半ばです。彼と別れて次の男と結婚したとして子どもを生むのは三十代後半か四十代ですよね。今でさえ体力はないし、四十代となったら生めるかどうかも分からない。もしかしたら、結婚すらできないかもしれない。それなら、愛する人との子どもが今ほしい」


 涙ながらに今まで誰にも言えなかった本音を吐き出す。

 親友にも親にも言えなかったことを、初対面の喫茶店員に話している。

 一度吐き出すと、奥底に仕舞っていたはずの本音が次々と飛び出してくる。


「計画は立ててあるんです。男なんて単純ですからね。私が考えていることなんてこれっぽっちも分からないまま、操られてくれますよ。妊娠しやすい日を選べば、完璧です」

「素晴らしいですね」

「でも、良心が痛むんです。計画は立ててみたけど、本当にいいんだろうかと。こんな危ない考えを持って行動に移したら、私はとんでもない性悪女じゃないですか。私はただ、彼が好きだっただけなのに」


 ただ好きだった。二番目でもいいから、一緒にいたかった。彼の妻よりも私の方が綺麗なんだと、色々な面で努力した。料理や掃除などの家事はもちろん得意になったし、ヨガをしたり筋トレをしたり、バストアップやスキンケア、年齢に負けないよう色々努力した。

 ただ好きだったから。妻よりこっちを見てほしかったから。二番目でいいなんて嘘だから。本当は一番になりたかった。


 涙を何度もハンカチで抑え、落ち着かせるようにコーヒーを飲む。


「先程、性悪女だと仰っておりましたが、私はそう思いません」

「はは、ありがとうございます。でも倫理観がもう終わってますよね、こんなこと犯罪だし」

「犯罪、というのはどういうことでしょうか」

「どうって、だって、相手の同意なく妊娠ですよ。犯罪じゃないですか」

「世の中の授かり婚をされた方々は同意ない妊娠ですが、犯罪なのですか?」

「そ、それは…だって、私は意図的だから」

「お客様が意図的に妊娠したと暴露しなければいい話ではありませんか」


 何を言っているんだと、店員は楓を見下ろす。

 楓が間違っていると言いたそうな店員の表情を見て困惑する。

 諭してくるか罵倒されるか説教されるか。どれかだと思っていたが、どれでもない。


「避妊具は絶対に避妊できるわけではありません。貴方が計画を実行したとして、意図的に行った証拠さえなければいいのです。そうすれば、不倫中に子どもができた、よくある話になりますね」


 店員は自分の計画を止めるどころか、推奨している。

 推奨というより、楓の背中を押しているような感じだった。

 話の流れが思った方向とは逆に進んでいるが、中断する気はなかったため店員の話を聞く。




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