中谷楓その二
初めは、ちょっといいなと思っていただけだった。
同じ職場の先輩で、顔は悪くないし仕事も大きなミスなくこなしている。後輩のフォローはするし、上司からも嫌われることはなく、ちょっといいなと思っていた。
ちょっといいな、というのは恋愛としても先輩としてもだ。
ちょっといいな、からいいなに変わったのは、私が職場のお局に怒鳴られた時だった。何十年も職場にいて、お局に誰も言い返せない。私もその一人で、ただ黙って怒号を聞きながら謝罪をする機械に成り下がっていた時だった。彼が間に入ってくれた。
「まあまあ、修正すれば大丈夫ですよ」
「でもねえ!こんなミスまたされたらこっちだって迷惑なのよ!なんでこの程度のことができないの!?」
「僕も手伝うので、今日中には終わらせますよ」
「あの子は仕事に責任感がないのよ!!あたしばっかり迷惑かけられて!!」
見て見ぬふりをする社員ばかりの中、彼だけが助けに入ってくれた。泣きそうだったから彼が間に入ってくれて嬉しくて、我慢していた涙が一粒零れた。なんていうの、吊り橋効果だっけ。ちょっと違うか。でもまあ、心細かったところを助けてくれたから、余計にいいなって気持ちが大きくなった。
その日から男性として意識するようになった。
今日はネクタイが星柄だ。男性なのに字が綺麗だな。シャツにアイロンがかかってないな。寝癖は直さなかったのかな。水筒持って来てたんだ。
些細なことでも彼の新しい発見があると嬉しくて、ついつい目で追っていた。
告白は私からだった。
隠し通すのも限界だったから、勇気を出して二人で残業している時に伝えた。
すると、なんと彼も同じ気持ちらしく、受け入れてくれたときは舞い上がった。けれど、それも一瞬だけ。すぐに既婚者だと伝えられた。妻がいるから、付き合うことはできないと言われた。
両想いだったけど、恋人にはなれなかった。
お互い好き合っているのに、恋人になれないのはおかしい。そう思って、二番目でもいいと言った。妻がいてもいいから、恋人になりたいと。
「でも、そういうわけにはいかないだろ。不倫になるんだぞ」
「好きなのに駄目なの?私はどうしても付き合いたい。だってもうこれ以上ないくらいに好きなんだもん」
「そりゃ、俺だって。でも」
「でもじゃないよ。私のこと好きなんでしょ?じゃあいいじゃない」
強引に押し切った。
最初は罪悪感があったのか、ずっと眉間にしわが寄っていた。数日経てば受け入れていて、妻の時間と私の時間を分けてくれた。
それでよかった。クリスマスを一緒に過ごせなくても、正月を一緒に過ごせなくても、一緒に居れる時間があるならそれでよかった。そんな時間を七年過ごした。
「最近、妻が妊活したいみたいでさ」
「えぇー、奥さん子ども欲しかったの?」
「仕事をしたかったらしいんだけど、最近は子どもが欲しいみたいでさ」
「…欲しいの?」
「まあ、俺も欲しくないわけじゃないけど」
心が痛かった。私との子どもは欲しくないの。心の中で何度も言った。
妻との子どもができてしまったらどうしよう。
その前に、私との子どもをつくってしまおうか。そうなったら、二度と彼に会えないだろうか。結局、妻をとってしまうのだろうか。堕胎するよう言われるだろうか。
私が妊娠した場合、生むかどうかは私が決める。堕胎するよう言われても、私が決める。
愛する人との子どもを生んで、妻と別れて私と一緒になるか妻を選んで一生会えなくなるか。大きな賭けだ。
彼から妊活の言葉を聞いてから、私の中にも子どもを生むという選択肢がでてきた。むしろ、それしか考えられなくなった。
避妊はしている。しているが、妊娠するよう事を運ぶくらい簡単だ。
やってしまおうか。
いけない考えだと分かっている。分かっているが、もうどうしようもない。
子どもがほしい。彼との子どもを生みたい。そして私を選んでほしい。一緒に家庭を築きたい。
人に言われなくても分かっている。これは良くない考えだと。そして、幸せな家庭など築くことはできないことも。全部分かっている。
でも、どうしたらいいのだろう。




