中島裕子
中島裕子は迷っていた。道に迷ったのではなく、扉を開けるかどうか、迷っていた。
噂で聞いたやまと喫茶。どんな相談にも乗ってくれて、知る人ぞ知る喫茶店。どこにあるか、知っている人は少ないという喫茶店。
その喫茶店にたどり着いたはいいが、中に入ろうかどうか悩んでいた。相談をしたい気持ちはあるが、したくない気持ちもある。お小遣いだって少ないのに、喫茶店なんて高そうな店、入って大丈夫だろうか。
色んなことを考え、やはり帰ろうと扉に背を向けた。
「お客様、どうかされましたか?」
中からオールバックの男性が出て来た。
歳は割りと若く見え、なかなかのイケメンだった。
裕子は思わず赤面し、目を泳がせた。
「どうぞ、お入りください」
「あ、え、はい」
店内はとても大人な雰囲気で、場違いだと思った。
やはり、来るべきではなかったかもしれない。
店員に案内された先はカウンターで、これまたハードルの高い席だった。
この席は嫌だとも言えず、椅子に座った。
「ご注文は、どうされますか」
「….ホットコーヒーで」
「ミルクと砂糖はいかがされますか」
「砂糖を二つと、スプーンは…いりません」
「かしこまりました」
相談をするときに言う合言葉。砂糖を二つとスプーンは不要。これを言うと相談に乗ってくれるという。変な話だ。
相談くらい、そんなことを言わなくてものってくれるんじゃないの。
「出来上がるまで時間がございます。どういったお話をしましょうか」
にこっと笑う店員は今までさぞかしモテてきたことだろう。
大人の色気とか大人の包容力とか、そういったものを感じる。
「え、っと」
「失礼ですが、お客様は中学生でございますか?」
「あ、はい」
「そうでしたか。見慣れない制服ですね。この辺の方ではないのですか?」
「はい。ここへは、一時間、電車で来ました」
「遠いところからお越しいただき、ありがとうございます」
「い、いえ」
人の良さそうな笑顔をする店員に、肩の力が抜けた。
「中学生というと、大変な時期でございますね。高校受験などもあるでしょう」
「来年受験生です」
「なるほど、受験についてのお悩みではなさそうですね」
確かに、受験の悩みではない。
家族にも言えない悩みだ。
だからこそ、目の前の見知らぬ人に話そうかどうか迷ってしまう。
「お客様、遠慮なくお話ください。見ず知らずの私だからこそ、聞ける話もあるかと思います」
知らない人だからこそ。
それもそうだ。
ここに来なければこの人と会うこともない。
これっきりの関係だ。




