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佐藤安理沙その三

 話し終えた安理沙に、店員は出来上がったホットコーヒーを差し出した。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 コーヒーなど飲んだこともない安理沙は恐る恐るカップに口を付けた。

 砂糖が入っていると言っても、苦いことには変わりないだろう。


「....あれ」

「どうかなさいました?」

「お、美味しい」

「ありがとうございます」


 苦いと思っていたそれは思ったより甘い。苦味はあるものの、美味しく飲めるコーヒーだった。


「そ、それで、結構肩身が狭いというか、なんというか」

「そうでございますか」


 一呼吸置いて、店員は見惚れる程の笑顔を浮かべ、言った。


「それは、大変愉快なお話ですね」

「.....えっ」

「あぁ、申し訳ありません。私としたことが、ついうっかり口が滑ってしまいました」

「え、と」

「肩身が狭い、どうすればいいか分からない、こんなはずじゃなかった。と、たくさんの後悔の言葉を口にしていましたが、答えが出ているではありませんか」


 目を細め、安理沙をじっと見つめる。


「こっちを見てほしいのでしょう。つまり、恋人になりたいのでしょう?」

「……」

「美樹さんという方と同じになっている自分が嫌だとおっしゃいましたが、彼に愛されている美樹さんが羨ましい。自分を好きになってほしい。違いますか?」

「…..」

「恋人になればいいのですよ」


 何を言っているんだと店員は肩をすくめる。


「で、でも」

「美樹さんに申し訳ない、ですか?」

「.....だって」

「美樹さんとお客様、二人の女性に愛されている安藤様。ですが、本当に二人だけですか?」

「えっ?」

「そのように素晴らしい男性なら、他にも狙っている方は多いのではありませんか。もたもたしているうちに、第三者に奪われる可能性もありますよ」


 それもそうだ。

 自分も美樹さんも好きな男だ。素敵な男性なのだ。どうして他の女が放っておくのだ。


「申し訳ないからと言って遠慮していたにも関わらず、第三者に奪われたらどんな気持ちでしょう」

「....嫌です」

「恋は奪うか奪われるかの二択です。お客様は奪われる方を自ら選んだのです」


 奪うか、奪われるか。


 安理沙は今まで争奪戦というものから逃げてきた。かけっこだって順位はどうでもいい。勉強も何位でもいい。欲しい物が最後の一つだったら誰かに譲り、自分は再入荷したときに買う。そういう子だった。


 奪われたと思ったことがなければ奪ったこともなかった。


「お客様、欲しいと思った物は欲しいと言わなければ手に入りません」

「....そんなこと言ったって、こっちを向いてくれるとは限らないじゃん」

「まだ何もしていないのに敗北宣言とは、美樹さんが聞いたら鼻で笑いますね」

「だって!」

「自分の好意を示さなければ、お客様はただの友人止まりです。彼女持ちの男がただの友人を好きになると思いますか?」


 だって、美樹さんは可愛いんだもん。私と違って素敵で、安藤くんが好きになった人だから当たり前で。


「彼は美樹さんが誰かの真似をした人ではなく、美樹さんだったから好きになったのです。個性に惹かれたのでしょう」

「.....それに比べて私は、美樹さんの真似をした人、ですか」

「えぇ、そうですね」

「でも、自分の個性を出したところで好きになってくれるとは限らないです」


 現に、中学生のときは好きになってもらえなかった。


「好きになってもらうのではなく、好きにさせるのです。そこはお客様の頑張り次第では」

「でも、中学のときは個性を出してたけど」

「恋愛は、多少障害のある方が燃えるのですよ。遠距離恋愛という障害があったため二人とも燃え上がったのでしょう」


 確かに二人は遠距離恋愛であった。しかし、会えない距離ではなかった。

 毎日一緒、毎日会う、そんなことはできなかったはずだ。

 週末だけ会う、そんな関係の方が待ち遠しくて一層盛り上がるのかもしれない。


「しかし、今は違いますね」

「….三人とも、同じクラス」

「まずは自分という人間を出し、そして奪い取る。恋愛も弱肉強食です。素敵な子が奪うのではなく、奪った人がその人にとって素敵な子だったということです」


 その言葉を聞いて、安理沙は目を見開いた。

 そうだ、誰が素敵だとか、そんなのは個人の物差しで決めることだ。

 私が美樹さんを素敵だと思ったのは、ただ、あんな人になれば安藤くんが好きになってくれるかもという妄想。安藤くんが選んだ人が素敵な人だという概念。

 安藤くんにとっては素敵な人かもしれない。でも、私にとっては恋のライバル。

 私にはどれも似合わない物。


 あんな派手な筆箱は、ただ目が痛いだけ。

 あんなにスカートを短くして、ビッチのようだ。

 女優さんのように綺麗な髪でもないくせにただ伸ばしただけの髪なんて、汚いだけだ。


「私…..」

「はい」

「私、本当は心のどこかで美樹さんが嫌いでした。安藤くんはどうして美樹さんを好きになったのか分からない。でも安藤くんが好きになった人だから、きっと、素敵な人だろうと。色眼鏡って怖いですね」

「そうですね」

「安藤くんに好かれてる美樹さんが嫌い。あんな派手な子、安藤くんには合わない。確かに性格は明るいけど、安藤くんは、もっと、大人しい子が合ってる」

「例えば、どんな方です?」

「私のような」

「素晴らしいですね、是非恋人という座をもぎ取ってください」

「はい」


 来店したときとは打って変わり、清々しい笑顔を見せた。


「店員さん、ありがとうございます」

「こちらこそ」

「私、この後学校に行きます」

「おや、頑張ってください」

「はい。きっと、彼女の座を奪ってみせます。あんな女に、負けない」

「お客様なら、できますよ」

「話、聞いてくれてありがとうございます」


 ホットコーヒーの代金を置いて、BGMと猫の鳴き声を最後に店を出た。


 翌日、安理沙は髪を切った。ロングもミディアムも似合わない。自分の小顔を活かすためにはボブが最適だと思った。

 そして小物も全部捨て、自分の好みのものに変えた。



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