沢田春奈その三
話し終えると店員がホットコーヒーを差し出した。
春奈はカップを掴んで一口飲む。イケメンが淹れたコーヒーは美味しいに決まっている。
「どうしたら、彼女になれるんでしょうか。他の女性と一緒にいると、心臓がぎゅってなるんです」
俯く春奈に、店員は何と言おうかと考え込む。
「その、私から告白というのは、抵抗があって。タイミングがないというのもあるし、その、どうしたらいいかなと」
「ふむ、安井さんから告白をして貰いたいということでしょうか」
「告白して貰いたいというか、その、そっちの方が嬉しいなと」
もじもじと恥らいながら言う春奈を見て、店員は眉を寄せた。
「お客様、非常に申し上げにくいのですが、勘違いかと思われます」
眉を寄せた顔は不愉快そうに見える。そのため、すぐに眉を八の字に変えた。
春奈は勢いよく顔を上げ、勘違いの理由を尋ねる。
「どこからお話しましょうか。アルバイトを始めるまでのお客様と安井さんですが、ただの友人としか思えません」
「でも、誕生日プレゼント貰ったし、二人でご飯を食べに行ったし、普通しないじゃないですか」
「します」
「え?」
「普通、します」
言いにくそうに、眉は八の字を保ちつつ言い放った。
春奈はぽかんと口を開けたまま、首を少し傾けた。
「誕生日プレゼントがお菓子ということは、当日学内のコンビニで調達したのでしょう。本当に好意があれば、もう少し違うものをプレゼントします。年上なら尚更でしょう」
「そ、そ、そ」
「二人でご飯を食べに行った先は居酒屋でしたね。きちんとした好意があれば、講義終わりに居酒屋へ行くよりは休日にランチへ行くことを選ぶかと思います」
「え、え、え」
「講義を通して仲良くなった後輩と初めて二人でご飯を食べに行くのなら、私ならランチに誘いますね。居酒屋が悪いわけではありませんが、好印象にはならないでしょう」
春奈を見る限り、大学デビューをしたのだろう。慣れないメイクに慣れない服装。とりあえずメイクをして髪を染めて無難な量産型衣服を纏えば、どうにかなると思っている。そんな印象を受けた。
恐らく高校時代は目立たず過ごしたのだろう。男性の免疫もなさそうで、彼氏はいたことがない、そんな感じだ。
初めて仲良くなった格好良い先輩。それに浮かれて色々見えなくなっているのだろう。
その先輩の容姿が分からないが、恰好良い男が目の前にいるこの女性を好きになるとは思えなかった。失礼なことは承知しているが、きっと勘違いをしている。
「で、でもバイト先だと慰めてくれたり」
「泣いている後輩がいたら放っておけないからでしょう。お客様がそこで頼れるのは安井さんだけですから」
でも、でもと負けずに言葉を並べる。
どれもすべて春奈に好意があるとは言えない。
こうだああだと返していると、春奈の目に涙が溜まっていることに気付いた。
言い過ぎただろうか。もう少し柔らかくオブラートに包めばよかったと後悔した。
「ま、まあすべて私の憶測でしかありませんので、安井さんがどう思っているかは分かりません」
「でも、分かるんです私。安井さんから感じるんです」
「左様でございますか。でしたら、そうなのかもしれませんね。女の勘というものでしょうか」
「そうかもしれません。それで、どうしたら告白されるかと思いますか」
告白されるような良い女になる。これ以外店員には言い様がない。
問題はどう柔らかく伝えるかだ。
「安井さんが恰好良いということでしたら、今以上に見た目を良くしたり、内面を磨いたり、最近で言うところの女子力を上げることでしょうか」
「そうですね。私はまだピアスも開けてないし、パーマもかけてないし、ネイルもしていない。もっとやることがありますよね」
ダイエットをするとか、メイクの研究をするではなく、頭を使わずとも金をかければどうにかなるようなことばかりだった。
さすがにもっと他にあるだろう。
「運動やメイクの研究などはいかがでしょうか」
「うーん、運動はしなくても太っていないし、メイクもできるし」
「今以上を目指すなら、そちらに力を入れてもいいかもしれません」
「そうかなぁ、でも、ピアスとかネイルとかまだやってないことがあるから、そっちをやってからにします」
太っていないが、痩せてもいない。足を細くするなり、顔の肉をおとすなり、色々絞るところは多いにあると思ったが、本人は今の体形に満足しているらしい。
そもそも前提に「私は好かれている」があるため、今あるものを伸ばすことより、まだ取り入れていないものを吸収する方が効果的だと思い込んでいる。
「うん、そうします!話を聞いてくれてありがとうございました、私、決めました!」
そう言うと、決心した瞳で財布からコーヒーの代金を取り出してカウンターに置き、急ぎ足で去って行った。
残された店員は瞬きをし、額に手を置いた。
「私もまだまだですね…もう少し強く言うべきだったでしょうか」
本人はそれで良いのかもしれないが、恐らく解決しないだろう。
ため息を吐いてカウンターに座る。
猫が膝にのり、責めるような視線で見つめる。
「次からは気をつけます。相談しに来てくださっているのですから、嫌われようとアドバイスをしなければなりませんね」
その言葉を聞いて猫は一声鳴き、満足そうに眠りについた。




