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佐藤安理沙 その二

 中学の頃、好きな男子がいた。

 とりわけイケメンというわけでもなく、勉強が得意というわけでもなかった。彼はスポーツが得意で体育では何をやっても上手だった。それを自慢するわけでもなく、誰に言うわけでもなく、静かにサッカーボールを蹴っていた安藤くんを好きになった。


 安藤修。フルネームを知ったのは中学三年生で同じクラスになったとき。


 お互い目立つ方ではなかった。私は数人の友人たちと教室の隅で話す。彼は特定の友人と二人で会話をする。接点はなかった。


 きっかけは、席替えで隣の席になったことだった。


 周りのクラスメイトがぎゃーぎゃー騒いでいるとき、私と安藤くんだけは静かだった。周囲に仲の良い友人はいなかった。彼もそうだった。

 静かな隣に視線をやると、彼と目が合った。必然だった。


「あ….」


 先に声を出したのは私だった。だって、好きな人と目が合ったんだもん。びっくりして思わず声に出てしまった。

 気を遣ってくれたのか、安藤くんは自己紹介をしてくれた。そして私も自己紹介をした。私の名前を知ってくれた。


 それから、私たちは仲良くなった。


 仲良くなったと言っても、隣の席だし、暇になったとき少しお喋りする程度。凄く嬉しかった。だって、接点がなかったのに、安藤くんと話せるようになって、挨拶もできるようになって、友達から「付き合ってるの?」と言われるくらいには、仲良くなったつもりだった。


 安藤くんも私も、異性の友人が他にいなかった。安藤くんが他の女子と会話しているのを見たことがなかった。だから少し、天狗になっていたのかもしれない。


「安藤くんはどんな子がタイプなの?」

「うーん、好きになった子かな」

「あはは、そうだよね。じゃあさ、彼女はいるの?」


 いないだろうと思っていた。だって、安藤くんが私以外の女子と会話しているところなんて本当に、見たことなかったから。


「いるよ」


 だから、その言葉は私の長くなった鼻をポッキリ折ってしまった。


 なんでいるの。私以外の子と話してないじゃん。いつできたの。いつからいたの。どうして私じゃないの。

 期待はしていた。なんだか良い感じの雰囲気だったし、安藤くんも満更じゃなさそうだったし。でも、そうじゃなかった。女子と話しているのを見かけなかったのは、ただ単に女子に興味がなかったのと、話す理由がなかったから。私と会話していたのは、偶然女友達ができたから。ただ、それだけ。


 他校に彼女がいるなんて、思ってもみなかった。


 滝のように出る涙を何度も拭い、その日の夜は眠れなかった。


 でも、自分なりに頑張ろうと思った。他校に彼女がいるから何だ。この学校で彼と一番仲良い女子は私なんだ。いつか私の方を見てくれると信じて、頑張った。


 彼と同じ高校を希望して、勉強も頑張った。



 どうして私は、彼が彼女と同じ高校を選んだということを考えなかったのだろう。

 安藤くんが希望した高校はもちろん彼女も希望していた。

 入学式で気づいた。安藤くんが誰かを探していることに。探していた相手を見つけ、嬉しそうに笑ったことに。

 胸が痛かった。私を見て。こっちを見て。

 ねぇ、私も、貴方を追いかけてこの学校に入ったんだよ。貴方を追いかけて、塾にも通って頑張ったんだよ。

 声に出ない言葉は、もちろん届くはずもなかった。



 それから、地獄だった。


 まさか私と安藤くんと、その彼女が同じクラスになるなんて。

 毎日毎日、二人が仲良さそうに一緒にいる所を見て、私は何度も思った。どうしてそこにいるのは私じゃないの。

 安藤くんと仲が良かった私はもちろん、彼女に紹介された。


「友達の佐藤さん。まさか高校一緒で同じクラスになるとは思わなかった」


 そうだろうね、だって、言わなかったもん。


「初めまして、佐藤さん!修の彼女をしている美樹です!」


 同じ高校に通うことになるとは思わなかった友人と、同じ高校を目指して一緒になれた彼女。そのポジションの差が嫌だった。


 とても明るくて、無口な安藤くんを引っ張る感じの子だった。

 私とは真逆だった。

 きっと、あのとき、隣の席が私じゃなくて美樹さんだったら。「あ....」なんて変な声を出さず、「この辺煩くない?友達とも離れてさー、あ、名前何て言うの?」くらい明るく言えたのだろう。


 今更、だから何だって感じだけど。



 毎日毎日、二人が目で会話をしている所を見て、一緒に下校する姿を見て一日が終わる。


 こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ。

 ただ、一緒の高校に通って、「また同じだね」って言って、中学のときみたいに二人の時間を過ごせたらな、なんて。そして、あわよくば遠くにいる彼女を出し抜けたら、なんて。

 都合の良い夢を見ていた。


 短かった髪も、今では美樹さんと同じくらい。

 化粧っ気のなかった顔も、今では美樹さんと同じくらい。

 長かったスカート丈も、今では美樹さんと同じくらい。

 無地だった小物も、今では美樹さんと同じくらい。


 無意識に美樹さんに寄せていく自分が嫌だった。

 彼の好みに合わせようとしているのがバレバレだった。

 消えたい、消えたい。


 長くてストレートな髪型も、校則違反にならないように薄い赤色を塗った唇も、折ったスカートも、柄物の筆箱も、全部全部、似合ってない。


 次はきっと、私服まで美樹さんの色に染まるだろう。

 そんな自分が死ぬ程嫌だ。


 美樹さんのようになれば振り向いてくれると思っている自分も嫌だ。


 きっと、二人とも私に気付いているに違いない。

 中学の頃の私と違う姿を、きっと安藤くんは気づいているに違いない。


 私は、どうすればいいんだろう。


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