園部広茂その四
広茂が話し終えると、店員はコーヒーを差し出した。
口の中が乾燥したため広茂は一口飲む。毎日飲んでいるインスタントコーヒーより美味しい。
「あの死体をどうすべきか、分からない。今掘り起こしたら、きっと骨が出てくるだろう。儂が死んであの庭が掘り起こされたとき、子どもや孫に迷惑をかけてしまう。それなら今、あの骨を掘り起こした方がいいのか、悩んでいる」
「失礼ですが、奥様は?」
「二年前に亡くなった」
ふむ、と店員は考える。
殺人を犯したところで時効だろう。仮に時効でなかったとしても、この歳で捕まったところで老人ホームに行くようなものだ。
子どもや孫に迷惑をかけるといっても、本人たちが殺したわけではないのだから、誰の骨なのか何故あそこにあったのかを警察に聞かれて終わりだろう。
どう転んでもこの老爺が心配することはない。店員はそう思った。
「心配なようでしたら、骨を掘り起こして海に捨てたり山に棄てたりするというのはどうですか?」
「それも考えて畑を掘り起こしてみたのだが、深く埋めたせいかなかなか出てこない」
「では毎日、掘り返してみてはいかがでしょう。一日で難しいなら数日かけて掘り返せば、出てくるかもしれませんね。骨を畑以外に棄てるのが早いか、お客様が息絶えて他人に見つかるのが先か」
「…なるほど、一種の賭けか。そうか、それもいいかもしれんな」
この相談をしに来たと言っていたが、解決はさほど難しくはない。
老爺がここに来た理由は、もしかしてこの話を誰かに聞いて欲しかったからかもしれない。
「何度も失礼なことをお聞きしますが、奥様は妊娠をされたのですか」
「あぁ、妙だろう。約二年間、叔父と結婚していた間は妊娠しなかったと聞いていた。妻が亡くなる前、すべて教えてくれたよ。あの日、すべて見ていて、すべて聞いていたと」
懐かしむように目を細め、思い出している広茂をじっと見つめる。
「叔父と結婚したときは、妊娠しないよう必死になっていたと。色々な薬草を使ったり、高価な薬を盗んでいたと。驚いたよ、まさかそんなことをしていたとは思わなかったからな。やはり妻は強かった」
結婚して四年経ち、子どもが生まれた。
妙だと思ったが、自分たちの子が生まれて嬉しかった。それでもう満足だった。
あの時、父親を殺して良かったと思う。殺さず生かしていたらこんな人生、きっと送れなかった。
「電気屋から解雇されたというのは、経営難が理由だったのですか?」
「何故だ?」
「お話した感じですと、仕事は上手くこなされるような印象を受けましたので、解雇されたというのが少々不思議で」
「経営の悪化で解雇されたのは本当だ。ただ、あの会社は朝早く夜遅くまで働く人間を欲していたから、早く帰宅して妻との時間が欲しかった儂には向いていなかった。次の職場では有難いことに最終的には社長をさせてもらった」
店員は、そうだろうなと思った。
「貯金はあったし、老後は妻と二人でゆっくり過ごしたかった。社長の座は早くに次の者に譲った」
コーヒーカップを空にして、一杯分の料金をカウンターへ置く。
店員は置かれた金額を数えてレシートを渡した。
「最後に目標ができた。死ぬ前に、骨を海に棄てよう。コーヒー美味しかった」
「ありがとうございました」
ゆっくり杖をつきながら、店内を後にした。
その数日後、畑から骨を掘り起こし、海に棄てた。その翌日、患っていた病気が進行し、病院で息絶えた。
永遠の眠りにつく前に、良い人生だったと心の底から思えた。




