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園部広茂その二

 二十二歳の時、電気屋で働いていた。

 当時、それほど大きくなかった会社だが、妻二人で生活できていた。裕福ではなかった。

 儂と妻が二十歳の時に結婚した。二回顔合わせをして結婚をした。当時は珍しくもない、見合い結婚だった。

 二回しか会ったことのない人と結婚なんて、上手くいくのか心配だったが、妻の器が大きくそんな心配は半年経った頃には消えていた。

 妻は優しかった。稼ぎが多くなくとも文句を言わず食事を作り、畑に苗を植えましょうと笑顔で毎日畑の世話をしていた。強い女だった。


 ある日のこと、家に帰ると妻がいつものように出迎えてくれたのだが、どこか様子がおかしかった。どこが、と聞かれるとよく分からない。毎日一緒に居れば気づく、微妙な変化。無理には聞かなかった。妻は話をしなかったので、聞こうとは思わなかった。妻が話したい時に話してくれれば良い。そう思っていた。


 それから数日経ち、働いていた先の経営が悪化し、次々と解雇された。儂もその一人だった。朝家を出て働き、昼間には職を失っていた。途方に暮れる帰り道、偶然取引先の男に出会い、経緯を話すと「うちで働かないか」と提案された。

 ほっとした。昼間のうちに帰宅し、「職を失った」と妻に報告する想像をすると、胸が痛かったからだ。「職を失った。しかし次の職はある」そう言えるので心が軽くなった。


 昼間に帰宅するのは初めてだった。朝早く家を出て、夜に帰る。その繰り返しだった。

 敷地内に入ると、庭から声がした。女と男の声だった。

 縁側で妻が人と話しているのだろうか。そう思い、玄関へは入らず、様子を見に庭へ行った。もし近所の人であれば、挨拶をせねばならない。


「ごめんなさい、もうないんです」

「そんなはずないだろう。あいつは仕事のできる男で、会社から優遇されているんだからな!これっぽっちなはずがないだろう!」

「ごめんなさい、本当にうちにはお金がないんです」


 庭に近づくにつれ会話が聞こえてくる。雰囲気の良くない声色と内容で、その上男の声には聞き覚えがあった。嫌いな男の声だった。


「何をしているんだ」


 頭を下げる妻とふんぞり返っている自分の父親がそこにいた。

 妻は儂の存在に気付くと、見られたくないものを見られた顔をしていた。

 あぁ、もしかしてここ最近妙だったのはこの事だったのかと察した。

 あなたの父親に集られている。そんな事、優しい妻は言えるはずがなかった。


「何をしているんだ、親父」

「広茂か。いやな、ちょっとな」

「金か?梅子、今までいくら渡したんだ」

「そ、その…」

「いいじゃないか。お前には金があるだろう。ちょっと借金をしてしまってな、母さんに食わせる物もなくなってよ」


 父親の金遣いはよく知っていた。酒と女と賭け事に溺れる糞野郎だ。

 自分の妻に食わせるものがないから、と言っているが儂の母親はこの男のことをとうの昔に諦めていた。

 この父親は儂を裕福な女性と結婚させたかったようだが、そもそもこんなろくでもない男の息子に誰が嫁ぎたいだろうか。裕福であるならば教養もそれなりにあるだろう。


 梅子が優しかっただけだ。ただそれだけで儂と梅子は結婚できた。


「はぁ、今日クビになったんだ」

「なんだと、おい、どうしてなんだ」

「どうして?経営が悪化したんだ、クビにならない方がおかしい」

「お前は仕事ができるだろう、会社でも気に入られていただろう」

「何故勘違いをしているか分からないが、儂は普通に働いていただけだ。気に入られてもいないし、仕事もできるわけではない」

「そんなはずがない!だって、木村さんがお前はできるやつだと言っていたぞ!」

「鵜呑みにしたのか。気を遣ってくださったのだろう、そんなことも分からないのか」


 騙されやすく単純な男。借金を背負うだけならまだ良かったが、妻と息子夫婦に迷惑をかけ、これが自分の父親なのだと思うと情けない。

 いつかこいつのせいで優しい梅子に大きな負担がかかるのではないか。そうなる前に早々に縁を切ってしまいたい。


 蔑んだ視線で自分より小さな父親を見下ろしていると、早口で何かを言って帰って行った。

 また来るだろう。確信があった。


 家の中に入り、梅子が出した茶を飲みながら話を聞く。

 どうやら毎日のように父親は金を毟り取りに訪問していたようで、その度に少し金を渡していたという。


「本当にお金がないときは、渡さなかったのだけど、お義父さんが来るとどうしても渡してしまって」

「渡さなくていい。借金は自業自得だ」

「ごめんなさい。貴方が稼いでくれたお金だけど、貴方のお父さんだと思うと拒めなくて」


 梅子の言うことは理解できた。

 夫の父親を拒めないのは当然だ。

 うちは裕福ではないが、貧乏というほどでもない。職はあるし、茶碗一杯のご飯が夕飯になるときもあったが、それでも毎日食べ物はあった。


「先程も言ったが、職を失った。だが、取引先から、うちで働かないかと言われた。そこで働こうと思う」

「分かりました。迷惑かけてごめんなさい。次からは追い返します」

「あぁ、そうしてくれ。また拒めないようなら、儂に言えばいい」

「ありがとう」


 梅子は強い女だが、優しい女でもあった。


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