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黒岩由衣その三

 話し終えた後、由衣は後悔した。

 やはりこんな悩み、言うんじゃなかった。なんだか急に恥ずかしくなった。

 もう子どもではないのだから、こんな小さな悩みくらい自分でどうにかしろよと思われそうだ。


 耳を赤くして俯く由衣を眺め、店員は可愛らしい悩みだと内心笑っていた。


「結婚式に参加するというのは、新郎新婦の結婚を祝うからです。お客様はその式に参加し、麗奈さんを心からお祝いする気持ちはあるのですか?」

「それが、分からないんです。おめでとう、と思うのですが、式に参加するとなると三万円の出費になるし、その三万円を考えると、参加を躊躇ってしまうというか」


 祝う気持ちがないわけではない。結婚はめでたいと思うし、素直に言える。

 けれど、式となると三万円が頭から離れない。金額を思うと、なかなか踏み切れない。


 店員は由衣にコーヒーを差し出したので、良い香りのするそれを一口味わう。

 ほっとする味わいで、肩の力が抜けた。

 普段コーヒーを飲むことはないが、偶には良いかもしれない。


「つまり、麗奈さんの式のために三万円を払いたくないということでしょうか」


 直球で言われ、思わず咽る。


「い、いや、そういうわけでは。おめでとうという気持ちはありますし、ただちょっと、三万を思うと…」


 そこまで言って気づく。

 あれ、店員が言っていることは間違っていないのでは。

 もごもごと自分が悪者にならないよう言葉を選んでいただけで、遠まわしな言い方をやめるとつまり、麗奈のために三万円を払いたくない。そういうことではないのか。


「祝いの言葉はタダですからね。祝いを金に換えると途端に惜しくなる。麗奈さんに金銭を渡す程、彼女を祝う気持ちはないのでは?」

「そ、そうなんですかね」

「ふむ、例えば麗奈さんの式に参加するとして、いくらなら払えますか?」


 誤魔化さずに本音を言うと、麗奈の式に三万円は払いたくない。

 ならばいくらなら払えるか。

 例えば一万円。これも大きな出費だ。

 例えば五千円。五千円あれば他の友人にベビーグッズが買える。まだ出産祝いを渡せていない友人がいるから、その友人に使いたい。

 例えば千円。うーん、微妙だ。まあ、千円くらいなら払えないこともないけど。

 例えば五百円。うん、これくらいなら払える。


 そこまで考えて、自分でショックを受けた。

 麗奈に対し、こんなにも祝う気持ちがなかったのかと。

 五百円なら参加してもいいかな、なんて友人が思うものではない。


「いかがでしょう」

「私、酷いですかね。五百円なら参加できるなって」

「それがお客様にとっての麗奈さんの価値ですよ。それに、三万円を払って出席したとして、お客様が結婚式を挙げる際に返してくれるとは限りませんからね」


 店員に言われ、図星を突かれた気分だった。

 三万円を払いたくない理由は、お金がないから以外にも、店員が言ったとおり返ってくる保証がないというのもある。

 もし麗奈の式で三万円を出したとして、自分が式を挙げたら出席してくれるのだろうか。もし欠席したとして、後日改めて「欠席して渡せなかったから」と祝儀をくれるのか。

 高校卒業後から疎遠になっていた期間を考えれば、麗奈とまた疎遠になることも考えられる。疎遠になると連絡先が変わっていたりして、コンタクトがとれない可能性がある。


「なんかすごく卑しいですよね、私。欠席しようかなー、なんて思ってきました。後日祝儀を渡さないといけないのかー、とも思います。店員さんなら、どうしますか?」

「私なら式に参加せず、祝儀も渡しませんね」

「渡さないんですか?」

「そもそも、全く連絡とっていなかった人から数年ぶりに連絡がある、というのが怖いですね。何故連絡してきたのかと勘繰ってしまいます。あぁ、祝儀が欲しくて接触してきたのかと、私なら疑ってしまいます」


 目の前の店員が、急に探偵に見えてきた。

 由衣に「祝儀が欲しくて接触してきたのか」という発想はなかった。

 言われてみると、何故連絡をとってきたのか疑問に思う。


「お客様の立場で考えると、私なら式には参加しませんし祝儀も渡しません。五百円の価値しかない人間に三万円を渡す程、お人好しではありません。そして欠席を伝えてからは会うことも致しません」

「縁を切るということですか?」

「元に戻るだけです。友人の数と出費は比例しますからね。友人を選ぶことも必要かと思います」


 とてもしっくりきた。

 三万円、払わず欠席しよう。


「そうします、そうですよね。なんだかすごくスッキリしました」

「それは良かったです」

「御馳走様でした」


 自分の中で解決した途端、楽になった。

 帰って欠席の返事を出そう。


 空になったカップを確認し、一杯分の料金をカウンターに置いて店を出た。

 店の外には灰色の猫が待っており、思わず一歩後退る。

 その姿を瞳に映した猫は少しだけ開いている扉から店内へ入って行った。

 なんだったんだろうと首を傾げながら、来た道を戻る。


「おや、何時の間に外へ出ていたのですか」


 扉から入った猫に近寄り、抱き上げる。


「今日はもうお客様は来ないようですね。早いですが、閉店にしましょうか」


 午後三時半を過ぎている時計を見て、「閉店」と書かれた木の板を店の前に出す。

 自分用にコーヒーを淹れ、猫を膝にのせてカウンター席で一息つく。

 明日も一人、来店しそうだ。

 膝の上でうとうとしている猫を撫でながら、カップに口を付けた。


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