98、残念美人
キッチンには予想通り食材はたんまりとあった。
使う食材相応のお金を置いて、姫乃先輩が料理をする。
「肉!肉なのよー」
とリムは肉を所望する。
リムの気持ちはものすごくわかる。
僕も姫乃先輩も旅路はほとんど魚だったので、肉と野菜が食べたい。
姫乃先輩は肉中心の料理を数品作ってくれた。
パンもあったので、主食はパンだ。
作り終えた料理をテーブルに並べて、みんなで着席する。
久しぶりのまともな食事だ。
さて食べようかなと思った時、後ろから視線を感じた。
振り向くと酔っ払いの女性がこっちを見ている。
「あのぉー。何か?」
と聞くと、
「何でもあらへん」
と言ってそっぽを向いた。
気を取り直して、食べ始めようとすると、また視線を感じた。
振り向くと、また酔っ払いの女性がこっちを見ている。
今度は涎を垂らしていた。
せっかくの美人が台無しだ。
本当に残念美人だ。
「あのぉー」
「何でもないと言っとるやろ」
と言ってまたそっぽを向いた。
僕たちは小声で、
「絶対に食べたいんですよね」
「間違いないわね」
「食べさせてあげますか?」
「リムの食べ物を与えるのは嫌なのよ」
とリムは否定するが、
「でも一緒に食事をすれば何か教えてくれるかもしれないわ。リムちゃんの分は足らなくなったら、また作ってあげるから」
「それならいいのよ。約束なのよ」
という事で、僕たちの意見はまとまった。
「あのぁ」
と改めて声をかける。
「何や。お前らにかまっている暇はないんや」
と素っ気ない返事を返してくる。
「よければ一緒に食べますか?」
「えっ?いいのか?」
女性の顔が驚きから嬉しそうな顔に変わっていく。
しかし、すぐに女性の顔が引き締まり、
「いやいやいや。お前らの施しなどうけん」
と言って断ってきた。
「そうですか。無理にとは言いませんので」
と僕が話を終わりにしようとすると、
「まっ待て。そこまで言うんやったら仕方がない。一緒に食べてやらんでもない」
と言うと、瞬時に女性の姿が消えた。
かと思ったら、すでに空いていた椅子に着席している。
もちろん酒は元のテーブルから持ってきていた。
「いただきます」
と言って、ようやく食事の開始だ。
久しぶりの肉だ!と思って手を出そうとすると、酔っ払いの女性はすでにガツガツ食べている。
食べるスピードも早い速い。
このままでは僕たちの分が本当に無くなってしまう。
ガツガツ ガツガツ ゴクゴクゴク
そんな事はお構いなしに食べ続ける女性。
もちろん酒を飲むことも忘れてはいない。
ガツガツ ガツガツ ゴクゴクゴク
「うまいのぉ。この塩っ辛さが酒によく合う」
と姫乃先輩の濃い味付けに満足しているようだ。
ガツガツ ガツガツ ゴクゴクゴク
リムは涙を溜めて、青い顔をしながら、すでに戦意喪失している。
「わっ私は料理を作ってこようかな。。。」
と言って、姫乃先輩は席を立った。
姫乃先輩が3度目の調理をし終えた頃。
「ふう。食った食った。食後の酒は格別やなぁ」
ようやく空腹が満たされたようだ。
しかし、延々と酒を飲み続けている。
姫乃先輩が必死に料理をしてくれたおかげで、僕たちも空腹を満たすことができた。
落ち着いたところで話を聞いてみることにする。
「あなたこの村の人?他の人がどこに行ったのか知らないかな?」
「本来我は人間などと話をする気はないんやが、飯を食わせてもらったしな。しゃーない」
「我はこの村のものではない。来たばっかりや。誰もいないので、とりあえず久方ぶりの酒を堪能していたんや」
「そっか。じゃあこの村の人がどうなったのかは知らないか」
そんな気はしていた。村の人だったら他の人がいなくなったのにのんびり酒を飲んでいるわけがない。
まぁ他の人をいなくなった原因という可能性もあるが、それだと僕たちが来た時にもっと焦るはずだ。
「そうやな。だが予想はつくな。おそらく食われたんやろ」
「食われた!?誰に??」
想像もしていなかった話に僕は驚く。
村には争った形跡もない。血痕なども見当たらない。
青鰐だって、村を飲み込んだ時は村ごとだった。
普通は少なからず、そういった痕跡があるものではないのか。
それにこの村にも何百人かの人数がいたはずだ。
それを食い尽くすとなると、どれほど巨大なのだろうか。
「まぁ。こんなやり方をするような奴はセーメイやろうな」
「セーメイ?」
「そうや。セーメイも空腹やったろうから、無尽蔵に食ったんやろな。我の酒と同じように。カッカッカッ」
と恐ろしいことをサラッと言って笑った。
「セーメイって何者?」
「何者って。生意気なクソガキやな」
とそれ以上詳しい事は教えてくれそうになかった。
「それよりもその格好で寒くないの?」
僕はずっと気になっていた事を聞いた。
「おいガキんちょ。お前はこんなんで寒いんか?こんな寒さ大したことあらへんやん。昔住んでいた山とそう変わらんからな」
ガキんちょって僕のこと?
そんな呼び方を聞いたの久しぶりだな。
とか考えていると、
「そいじゃそろそろ我は行くで。飯を食わせてくれた礼に困ったことがあったら一度だけ力を貸してやるわ。感謝しーやー」
と言うと、フラフラした足取りで食堂を出ていった。
「なんだったんだ。。。」
「そうね。。。」
残された僕たちは嵐のような酔っ払い女性を呆然として見送った。
女性がいなくなってしばらくしてから、名前を聞いていない事に気がついた。。。
気を取り直して、今後の予定を確認する。
この村に村人がいないため、情報収集はできなかった。
しかし、本来目的はアシリア王都だ。
「このままこの村で休息をとって、アシリアに向かいましょうか」
「そうね。そうするのが1番いいよね」
「また雪の中を歩くのよ。嫌になるのよ」
とリムが愚痴をもらすが、
「リムは僕の方の上に乗っかってばかりで、ほとんど歩いていないだろう」
とツッコミを入れると、
「まぁそういう見方もあるのよ」
とそれ以上は言ってこなかった。
「じゃあまた旅の準備をして3日後に出発でいいですかね?」
「うん。そうしましょう」
と今後の予定はすぐに決まった。
「セーメイって何者ですかね?」
「わからないわ。でもこの先そのセーメイが障害となる可能性が高いと思うの。これだけの人を食べてしまった事が本当なら相当の力を持っていると考えておかないといけないよね。おそらく私たちでは歯が立たないと思う」
「そうですね。できれば避けて進みたいですよね」
「まぁ何とかなるのよ。考えることは大切だけど、考え過ぎも良くないのよ」
とリムは言った。
この日から3日間、前の村の時と同じように宿を借りて旅の準備を進めた。




