96、誰もいない村
僕が扉を開けると、そこには一面の銀世界が広がっていた。
どうやら森の中のようで、多数の木々の上に白い雪が乗っかっている。
ザク ザク ザク ザク
と雪の上を歩く。
僕はもともと雪国の生まれではないので、元の地球でここまで雪が積もった記憶はない。
吐く息は白く、吐いた息さえも凍りそうな寒さだ。
「さむいのよぉぉぉ」
とリムは言いながら震えている。
今の服装では、この寒さに対応する事はできない。
早く街を見つけて防寒具を購入しないとと思っていると、ボンと音を立ててリムが煙に包まれた。
煙が晴れると、リムの服装が変わっていた。
リムは厚手の黄色のコートにロシアの人が冬にかぶるようなふわふわの帽子をかぶっている。
両手には手袋、足にはモコモコのついた長靴を履いていた。
完璧な防寒だ。
「ふふふ。リムは服装も自由自在なのよ。これで寒さも少しはマシになったのよ」
と言っている。
「僕の分も出してくれよ」
と言うと
「ふん。リムの分しか出せないのよ。どこかのネコのロボットと一緒にしないのよ」
と言った。
「早く街を見つけないと凍えてしまいそうよね。急ぎましょう」
と姫乃先輩が言った。
街の方向はわからないが、洞窟から続く道があるので、そこを進む事にした。
僕たちは道に沿って歩きだした。
しかし、雪の上は歩きにくい。
ここで戦闘になったら、足を取られて戦いにくそうだ。
それに、道といっても雪に埋もれている。いつのまにか森の奥深くに入ってしまうことも考えられる。僕たちは注意しながら進んだ。
少し歩いたところで、道から少し外れたところに木で作った十字架があるのが見えた。
「何だろう」
と言って近くに行ってみる。
その十字架には名前が彫ってあった。
「快男児 野口 光雄?」
僕が読み上げると
「これはお墓じゃないかな」
と姫乃先輩が後ろから声をかけた。
「この名前だと日本人ですよね」
「おそらくね。この世界に飛ばされた人かもしれないね」
お墓には花が添えられていた。
添えられている花は、わりと新しい。このお墓に花を供えにきた人がいる。もしかしたら、同じ日本からの転移者かも知れない。
それに花を供えに来ることができるくらいの距離に人が住む場所がある可能性が高い。
僕と姫乃先輩はお墓に向かって手を合わせてからその場を後にした。
しばらく雪道を歩いていくと森を抜けた。
森を抜けるとすぐに村らしきものが見える。
「村がありそうです!一旦あそこに向かいましょう」
と僕が言うと、2人とも頷いた。
村に向かって歩いていく。
雪の上で歩きにくいこともあり、思った以上に時間がかかったが、村の入口までたどり着くことができた。
村の入口を見つけて中に入るが、出歩いている人はいない。
「寒いからみんな家の中にいるんですかね?」
と僕は言ってみたが、そういう感じではないことは何となく伝わってきていた。
「とりあえず家を訪ねてみましょう」
と姫乃先輩は言った。
村の中はいくつもの住居があり、さびれた様子はない。
また、住居には大きな破損なども無く、パッと見た感じでは普通の村であった。
ただ、人がいる気配が全く無いのだ。
人だけでは無い。普通であれば生活をしていく上で、家畜などを飼っているが、そういったものも全く見当たらなかった。
命あるものが全くいないような静けさの村だった。
トントントン
と僕は姫乃先輩と手分けをして、家の扉をノックした。
トントントン
トントントン
トントントン
と何軒当たっても返事はなかった。
トントントン
と扉をノックすると、扉がしっかりと閉まっていなかったため、ノックをした拍子にギーと扉が開いた。
申し訳ないと思いながらも中を見てみると、やはり誰もいない。
部屋の中が荒らされた様子も無かった。
「誰もいませんね」
「そうね。本当に誰もいないね」
しかし、このままでは寒さで動けなくなってしまうので、防寒具を調達しなくてはならない。
とりあえず僕たちは防寒具を売っているお店を探した。
お店はすぐに見つかったが、やはり誰もいない。
「お店は開いているのに誰もいないなんて不用心ですね」
と僕が言うと、
「そうね。でもこれだけ誰もいないなんて、おそらく何かあったのでしょうね」
「何かと言うと?」
「わからないわ。でも村の人が全員いなくなるなんて余程の事情でしょうね」
僕たちは誰もいないお店でそんな会話をしていたが、店主が帰ってくるまで待つ事はできないので、買いたいものを揃えてお代を机の上に置いておく事にした。
とりあえず防寒具とこの国の地図、塩・胡椒などの軽い調味料を購入した。
次は泊まる場所だ。
僕たちは宿を探した。
宿もすぐに見つけることができた。
入口を通って受付があるが、誰もいない。
この宿には4つの部屋があるようだ。
念の為に4つの部屋を確認してみるが、やはり誰もいない。
4つの部屋のうち、2つは綺麗に整った部屋だった。
残りの2つの部屋は、直前まで誰かが使用していたように見える。
僕たちは受付に2部屋分の宿代を置いて、部屋に入った。
今回は僕が1人で、姫乃先輩とリムが相部屋だ。
リムは僕と同じ部屋にすると言いはっていたが、姫乃先輩のプレッシャーに負けて、渋々と僕との相部屋を諦めていた。
何故かリムは姫乃先輩には頭が上がらない。
本人は
「本能のようなものなのよ」
と言っているがよくわからなかった。
夕食の時間になった。
僕たちは宿の食堂でテーブルを囲んでいる。
もちろん誰もいないので料理が出てくる事はない。
しかし、キッチンには食料が置かれており、鮮度は十分だった。
宿代を払っているということで、食料をいただいて姫乃先輩が簡単な食事を作ってくれた。
「あんまり自信ないけど、、、」
と言いながら、料理を出してくれた。
野菜をふんだんに使っていて、彩りは鮮やかだ。
「うわぁぁ。姫乃先輩の手料理だぁ」
などと感動しながら一口。
少し塩っ気が強いが美味しくいただいた。
食べた食器を片付け終えて、一息つきながら今後の予定を相談する。
テーブルの上には日中に購入?した地図を広げた。
「たぶん今いる村はここですね」
地図には洞窟の場所も書かれていたので、今いる村の場所がわかった。
「ここからだとこの村が近いわね」
「さすがに黒の組織が何を目指しているのかわからないですね」
「そうね。私たちはこの国のことを何も知らないものね。どこかで情報を得ないと。。。」
「だとすると人が多そうなところに向かった方がいいんじゃないですか?」
「そうなると、やっぱり王都のアシリアかな」
「ここからだと結構距離がありそうですね。」
「そうね。直接アシリアに向かうのは厳しそうだから、一旦このコミト村を目指して、そこからアシリアに行こうかな」
「それが良さそうですね」
と僕と姫乃先輩で今後の予定を立てていたが、その間リムは足をブラブラさせながら、つまらなそうにしていた。
「じゃあ少しこの村で休息を取って、3日後の出発にしよう」
ということで、今後の相談は終わりとなった。
僕は出発までの間はトレーニングや保存食の準備などをやりながら過ごして、空いた時間は姫乃先輩やリムとのんびりとした時間を過ごした。
3日ほどこの村に滞在したが、誰1人として村に戻ってくる人はいなかった。




