94、紳士の嗜み
「騒々しいのよ」
とどこからか声が聞こえた。
「リム??」
僕は涙を溜めた目を開いて、声がした方を見る。
すると、目の前に光の粒が集まり出した。
光の粒は一点に集まっていくと、リムの形を作り出していく。
徐々にリムが形成されていくのを僕も姫乃先輩も驚きながら見守った。
光の粒が消えると、元のリムが腰に手を当てながら立っていた。
「涙を拭くのよ。みっともないのよ」
といつもと変わらない口調でリムが言う。
「リムーーー」
僕は抑えきれず、名前を呼びながらリムに抱きついた。
「ななななな」
「リムーーー」
戸惑うリムに構わず、リムを持ち上げてクルクルと回る。
「あわわわわ。やめるのよぉーーー。目が回るのよぉーーー」
と悲鳴を上げるリムに構わず、僕は回り続ける。
心なしかもともと軽かったリムが更に軽くなった気がした。
姫乃先輩も僕の気持ちをわかっているからか止めはしなかった。
「あわわわわわーー」
依然回り続ける僕に
ゴチン!!
「いい加減にするのよ!」
とリムからのゲンコツが降ってきた。
「いてててて」
と頭を抑えながらも、僕の顔は笑顔だった。
「リムちゃん大丈夫だったの?」
ようやく落ち着いたところを見計らい、姫乃先輩がリムに聞いた。
「大丈夫じゃないのよ。実際危なかったのよ」
と言った後にリムは続ける
「精霊は基本的に精霊エネルギーの集合体なのよ。だから核が壊されなければ存在自体は消えないのよ。さっきの攻撃で幸いにも核は無事だったのよ。だからリムは無事だったのよ」
「よかったぁ」
僕はリムの言葉を聞いて、心からホッとした。
「でも、、、」
とリムの話には続きがあった。
「リムの精霊エネルギーが弾けたのは間違いないのよ。今もギリギリ体を保っている状態なのよ。魔法を使えば当然エネルギーは減るのよ。あまりエネルギーを酷使しすぎると、核にも影響がおよぶから、当分魔法は使えないのよ」
とリムは言った。
「当分ってどれくらい?」
「わからないのよ。体を維持するのにもエネルギーがいるから、当面は体の維持で精一杯なのよ。あまり無理すると本当に存在が消えちゃうのよ。まぁ何とかなるのよ」
とリムは言った。
僕のせいだと思った。
僕がウラヌスに動きを封じられなければ。。。
僕がもっと強ければ。。。
「リムごめん。。。僕はもっと強くなるよ。リムや姫乃先輩を守れるように。強くなるよ」
と僕はリムに誓った。
「むふふ」
リムの悪い事を考えている笑いがした。
「むふふふふふ。そうなのよ。勇は今言ったのよ。約束なのよ。世界を救える男になるのよ」
リムはしてやったりの顔をしている。
しかし、強くなると言っても、世界を救うほどとは言っていない。
2人を守れる程度の話だ。
僕に世界を救うほど強くなろうと思う気概はない。なれるはずもないのだから。
まぁ今日のところは否定はしないでおこう。
僕を守ってくれた事は間違いないのだから。
僕たちは、3人で小屋に向かった。
ウラヌスの言ったとおり、ミザリさんは気を失っていただけだったみたいで、既に気がついていた。
他の人たちも無事なようで、とりあえずはホッとした。
「すみません。研究内容の入った鞄は取り戻せませんでした」
と僕はミザリさんに謝った。
「いいえ。あなた方が責任を感じる事はありません。私たちを守ってくれてありがとうございました」
「ミザリさんたちはこれからどうするのですか?」
「私たちは盗まれた毒の解毒薬を作るわ。万が一使用された時に対処できるようにね。それに、今はこの毒薬の仕組みを利用して、回復薬の研究をしているのよ。必ずこの回復薬を完成させてみせるわ」
とミザリは答えた。
「お兄ちゃんたちアイナを助けてくれてありがとうございました」
アイナはお辞儀をしながらお礼を言った。
「アイナはこれから少しずつママの研究のお手伝いをしながら、いっぱい勉強するね。そして、いつかはお兄ちゃんたちのお手伝いができるようにがんばるね」
何とも可愛らしいアイナの言葉に僕はアイナの頭を撫でながら、
「うん。ありがとう。待っているよ」
と答えた。
こうしてミザリ親子と別れて、僕たちは北の国アシリアに向かうため、改めて街で情報を集めた。
街の人に聞いてみると、ベルンの冒険者ギルドで聞いた話と大きな食い違いはなかった。
街の近くにある鉱山の洞窟を抜ければアシリアに入れるそうだ。そして、そこには強い魔獣がいたのだが、先日魔獣は3人組の冒険者に倒されたとのこと。
僕たちはここで宿を取り、明日洞窟に向かうことにした。
宿は節約のため、3人で一緒の部屋にした。
「これからどれくらいの長い旅になるかわからないし、節約できるものは節約していきましょう」
と姫乃先輩から言い出してくれた。
僕は緊張している。
姫乃先輩と一緒の部屋になる事は初めてだ。
今までも一緒に野宿したことはあり、オフレコだが寝顔を見た事も何度もある。
しかし、ひとつの部屋で一緒に寝泊まりするという事は、また違った緊張感があり、期待感が出てきてしまう。
「自制心。自制心だ」
と僕が自分に暗示をかけていると、
「勇くん」
「はひっ」
と突然名前を呼ばれて、変な返事をしてしまった。
「はひ?」
と姫乃先輩は首を傾げるが、
「いえいえ。なんでもござんせん。何でござんしょう?」
と思わず変な言葉遣いになってしまった。
「悪いんだけれど、着替えたいので少しの間、廊下にいてもらってもいいかな?」
「あっ。了解です。すぐに出ます」
と言いながら慌てて出ていく僕を見て、姫乃先輩はクスクスと笑った。
僕は廊下に出て、姫乃先輩の着替えが終わるのを待つ。
僕は紳士だ。女性が着替えると言えば当然席をはずす。
当然だ。僕は紳士なのだから。
しかし、このまま待っていていいものなのか?
こういう時は誤ってドアを開けてしまって、「キャー」だの「エッチ」だのと罵られながら、何かを投げつけられるのが本当の紳士の嗜みではないのか?
異世界に飛ばされた主人公にはラッキースケベは付き物ではないのか。
ここは紳士として、「いやー忘れものを」とか言ってドアを開けるべきではないか?
そうだ。そうに違いない。なにせ僕は紳士なのだから。
「よしっ」
と心に紳士の火を灯して、僕はドアノブに手をかけようとした。
その時、
ガチャ
とドアが開き
「おまたせーー」
と姫乃先輩が顔を出した。
「ひゃうっ」
と言いながら、廊下の壁にへばりつく僕。
「何しているの?」
「トッ、トカゲの練習を。。。」
「そっ、そう。。。」
と姫乃先輩は顔を引き攣らせていた。。。
夜になって、就寝の時間になる。
部屋には3つのベッドが並んでいる。
「わーいなのよー」
とリムはベッドの上を飛び跳ねていた。
昼間のことについてリムは、それほど気にしていないように見えた。
明日も早いので、早めに就寝する。
リムが真ん中のベッドを先に取ったため、必然的に僕と姫乃先輩が両端となった。
緊張で眠れないかもしれない。
と思っていたのも束の間、旅の疲れと昼間の戦闘の疲れが重なり、ベッドに入るとすぐに眠りについた。
「勇くん。勇くん」
と声が聞こえて、目を開けると姫乃先輩が僕のお腹の上にまたがり、僕の顔を覗き込んでいた。
「姫乃先輩。。。」
「勇くん。寒くて眠れないの。。。」
そう言う姫乃先輩の頬は赤らみ、思わず抱きしめてしまいたくなる衝動にかられた。
その衝動を僕は必死に抑える。
そんな僕の努力はお構いなしに姫乃先輩は、
「勇くんに温めてほしいな」
と言って服をはだけさせた。
「ちょっ。姫乃先輩?」
僕は何が起こっているのか、頭がついていかない。
戸惑っている僕の首に、姫乃先輩は両腕を回した。
そして、
「勇くん」
と甘い声で僕の名前を呼びながら、姫乃先輩の整った顔が僕に近づいてくる。
「姫乃先輩。ダメっす!」
と言って、「心の準備が」と続けようとした時に、
ハッと目が覚めた。
外は朝になっていて、目の前に姫乃先輩はいなかった。
「勇くん。どうしたの?何がダメなの?」
とすでに起きていた姫乃先輩が自分のベッドから声をかけてくる。
「はひっ」
どうやら夢を見ていたようだ。
あんな夢を見た直後に本人から声をかけられて、僕は変な返事をしてしまう。
そして、夢の中であんな行動をさせてしまった、姫乃先輩への申し訳なさがあり、
「何でもないんです。何でもないんです。。。。でもなんかすみません」
と思わず謝った。
「???。何で謝るの?」
と姫乃先輩は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
朝のトラブル?はあったものの、これから僕たちは洞窟に向かう。
街をでて洞窟へ向かう道のりも、恥ずかしくて姫乃先輩の顔をまともに見ることができなかった。
姫乃先輩も少し様子がおかしい感じはしたが、僕の不審な態度が原因だろう。
ミザリに教えてもらった通りに進むと、山の麓にある洞窟の入り口が見えてきた。
「よしっ。この洞窟を抜ければアリシアだ」




