69、挑発
僕たちはベルンの街を出て、東に向かっている。
まずはラビルの街に向かうため、東の森に行ってから北上する予定だ。
僕たちは平原をしばらく歩いてから、途中にある湖で休憩を取った。
この世界に転移した直後にストロングウルフに襲われて命からがら逃げて辿り着いた湖だ。
僕たちは湖の近くに腰を下ろして談笑をしていると、
「おい」
と後ろから声をかけられた。
振り返るとコートを着た人が立っていた。
コートのフードを頭から被り顔が見えないが、声で男だとわかった。
「何ですか?」
と僕は答えるとコートの男は
「女連れで楽そうだな」
と言ってきた。
「関係無いじゃないですか」
と僕は答えると
「その綺麗な嬢ちゃんをお前じゃ守りきれまい。俺が預かってやるよ」
とコートの男は言ってきた。
「なっ」
僕は唖然とした。
「ほれ。嬢ちゃんこっちに来な」
とコートの男が言うと
「お断りします」
と姫乃先輩も即答して、僕の後ろに隠れた。
「姫乃先輩を渡す訳にはいきません」
と僕も答えると、
「じゃあ力ずくで奪うかな」
と僕たちの答えを予めわかっていたかのようにコートの男は言った。
コートの男は問答無用に攻撃を仕掛けてきそうだ。
僕も対抗せざるを得ず刀を抜いた。
「ほぅ。刀か」
とコートの男は刃物を前にしても一向に動揺する素振りは見せず、自分の腰に下げている剣を抜こうともしなかった。
「いいぜ。遠慮なく斬り掛かってこい」
と余裕の表情を浮かべる。
あまりにも余裕を見せるコートの男。
僕は相当な実力の持ち主かもしれないと思い警戒する。
「ほれ。どうした?来ないのか?」
とさらにコートの男は挑発してくる。
「勇くん。気をつけて」
相手の異常さを感じ取って、姫乃先輩も警戒をしているようだ。
まずは様子を見てみようと思い、僕は刀の峰を向けた。
「峰打ちか。舐められてるな。まぁいいか。ほれこいこい」
と言いながら人差し指をクイクイと動かした。
「ハッ」
と言う掛け声と共に僕はコートの男に向かっていく。
まずは横に刀を振り抜いたが、コートの男は少し後ろに下がっただけでかわした。
そのまま刀を振り上げてコートの男の肩を目掛けて振り下ろす。
しかし、これもコートの男は横に少しズレただけで易々とかわしてみせた。
しかし僕はそのまま刀を横に引いて再び横に振り抜いた。
今度は後ろに下がっても避けられない!と思ったが、コートの男は手で刀を下から弾いた。
僕はバランスを崩して後退する。
絶好の攻撃のチャンスだが、コートの男は攻撃をして来ずに、頭をポリポリと掻いている。
「あー。なんだ。言っちゃあ悪いがお前酷いな。刀の振り方もなってないし、弱すぎるぞお前」
とコートの男は言ってくる。
僕は頭に血が上り、コートの男に詰め寄り刀を振り抜いた。
しかし、これも空を斬る。
何度刀を振ってもコートの男には全く当たらなかった。
「脇を締めろ」
「重心の移動がなっていない」
などと言いながら易々と僕の攻撃をかわすコートの男に僕は苛立ち大きく刀を振り上げた。
ドカン!
大振りになった隙をついてコートの男が僕の顔面に拳を放った。
拳は見事に直撃して僕は後ろに吹っ飛んだ。
姫乃先輩は呆然としている。
「お前本当に弱いな。もっとやる気を出せよ」
とコートの男は言う。
「くそ。見てろよ」
と僕は言った。
何だかこの男に言われると妙に勘に触る。
僕はいつもよりも苛立っていた。
僕は重心を落として飛神の準備をする。
「おっ。何かするのか?」
とコートの男はいまだに余裕の表情だ。
後悔しても遅いぞ。
と思いながら足に力を溜める。
僕の足元から光が放たれる。
「行くぞ!」
「飛神!」
発声と共に足を踏み出して、足元のに溜めた力が解放される。
僕は一瞬にしてコートの男の数10mまで移動し刀を振り抜いた。
バシィィィン
刀を持った右手に衝撃が走り、手応えを感じる。
これでコートの男が吹っ飛んでいるはずだと後ろを振り返ると、コートの男は同じ場所に立っていた。
コートの男の代わりに自分の刀が回転をしながら宙を舞っている。
「なっ」
僕は状況を把握できなかったが、飛神をかわされた事だけはわかった。
「お前ねぇ。何をするかが見え見えなんだよ。それにわざわざ技を出す前に「行くぞ」とか言う奴があるかぁ?相手に避けるタイミングを教えているようなもんだぜ」
とコートの男は言った。
「なっ何をしたんだ?」
と僕は聞くと
「足に力を集めているのがわかったからな。足を使う技だと推測できた。刀使いが足で何かをするとしたらスピードだろ?ある程度予測できれば対応はできる。俺はタイミングを見て刀を弾いただけだぜ。それに似たような技も知っているしな」
とコートの男は答えた。さらに
「どれ。もうちょっと遊んでやるか」
と言うと地面に落ちている木の枝を拾った。
「何をする気だ!」
と僕が言うと
「お前如きはこの枝で充分なんでな。ほれこいよ相手してやる。真剣でいいぞ」
とコートの男は言った。
「舐めやがって」
確かに相手の方が力量は数段上だ。
しかし、木の枝で真剣を防げるはずがない。
僕は言われた通り刃がある方を男に向けた。
僕は突進して刀を振りかぶる。
「やぁぁぁ」
と言いながら振り下ろした。
コートの男は枝で刀をいなし軌道をずらす。
「それならこれはどうだ」
と言って下から斜めに斬り上げた。
するとコートの男は刀の平らな面に枝を当てて器用に軌道を変えた。
そしてガラ空きとなった僕の腹を枝で打つ。
ビシィィ
「グワァ」
細い枝とは思えない威力で撃ち込まれて僕は吹っ飛んだ。
「お前何でも大振りしすぎなんだよ。振りは小さく鋭くだ」
とコートの男は言う。
僕はすぐに起き上がって、再びコートの男に向かっていく。
何度刀を振ってもかわされ、いなされる。そして、
ビシィィ
と枝で打ち込まれた。真剣なら何度死んでいるのだろうか。
「全部必殺の一撃じゃ当たる訳ねぇだろ。細かい斬撃を積み上げて必殺の一撃に繋げるんだよ」
とコートの男は言う。
「くそっ」
さっきからコートの男の言葉は、心の奥に入り込んできて苛立ちが止まらない。
しかし、逆にすんなりと意味を理解することもできていた。
僕は自然とコートの男の言うとおりに、細かい斬撃を積み上げる。
「おっおっ」
と言いながらもコートの男は余裕でいなしてくるが、枝で打ち込まれる頻度は明らかに減ってきていた。
細かい斬撃を繰り返していくうちにコートの男が体勢を崩したように見えた。
今だ!と思い僕は刀を振る。
しかし、コートの男は軽々と刀をかわして、枝で打ち込んできた。
ビシィィ
「グワァァ」
再度僕は吹っ飛んだ。
 




