40、快男児
ドサッ
トリアイナに貫かれた野口は地面に落ちる。
桜は両手のひらで顔を覆いながら、
「あああ。なんで?なんで?なんで?なんで?もう少しもう少しだったのに。なんでぇぇぇーーー」と桜が絶叫する。
そして、桜はトリアイナを倒れている野口に向けた。
「なんで私の処女をお前が奪うんだ。なんでお前が私を犯すんだ。なんで私と翁くんの愛の邪魔をするんだ。なんで?なんで?」
と何度も野口の体にトリアイナを突き刺す。
「やっやめろー」と俺は叫ぶが桜は止まらない。
野口にトリアイナを何度も突き刺した後に桜は
「もう今日は翁くんに奪ってもらえない。一日一殺だから今日は奪ってもらえない」と放心状態になっている。
いつの間にか桜の側に来ていたピテルが桜を抱えて言った。
「今日はもう行くだべ」
とピテルは俺たちに見向きもせずに、桜を抱えて階段を登り始めた。始め桜はギャーギャーと騒ぎながらピテルの腕の中で暴れていたが、そのうちに諦めたのか、
「翁くん。必ず必ず奪われに行くから。それまで待っていてね。愛しているわ」と言いながら、ピテルと消えていった。
「ううう」野口が呻き声を上げる。
「野口!」
俺はボロボロになった体を引き摺りながら、野口の元に駆け寄る。
「野口くん」
四宮もピテルがいなくなり拘束が解けて、野口のところへ駆けつけてきた。
「澤口くん。四宮さん、、、」野口は弱々しく俺たちの名前を呼んだ。野口は顔面蒼白で、意識も朦朧としているようだ。そう長くは持たない。そう直感で感じた。
「野口。ごめん。俺がもっと強ければ。桜に勝てるくらい強ければ、、、」俺は涙を流しながら声を掛けたが、言葉は途中で野口に遮られた。
「澤口くん。謝らないで。僕は後悔していないから。澤口くんを助けることができて本当によかった」と野口は苦しそうにしながら続けた。
「僕はずっと後悔していたんだ。最初にオーガが襲ってきた時に僕だけ逃げてしまったことを。ずっと後悔していたんだ。だからバンダナを身につけてバンダナに誓ったんだ。もう逃げないと。でも澤口くんや四宮さんの足を引っ張ってばかりだった。澤口くんに仲間だと思ってもらいたかったんだ」野口は言う。
「お荷物でなんて思っちゃいない。野口は最高の仲間だ。今までもたくさん助けてもらったんだ。野口は俺よりも凄いやつだと思っていたんだ。野口を尊敬していたんだ」俺は言った。野口は
「ありがとう。最後にその言葉が聞けて本当に嬉しいよ。あぁそうか僕は君たちの仲間になれたのかぁ」
徐々に野口が弱々しくなって行く。生命が終わりを迎えようとしているのだ。
「澤口くん。最後にお願いがあるんだ」野口は言う。
「僕のバンダナを貰ってくれないか。キミに身につけて欲しいんだ。これからの旅に僕を一緒に連れていってくれないか」野口は頭からバンダナを外し俺に渡してきた。もう目が見えていないのか、バンダナを持った手を上げて俺を探している。俺はバンダナを受け取ってから、野口の手を力強く握りしめた。
「あぁ野口。ずっと一緒だ。一緒に旅を続けよう」と俺は言った。
「ありがとう。死ぬなよ。強く生き抜いてくれ。ヒーロー、、、」野口の体から命が抜けていった。最後の野口の顔は安らかな顔をしていた。精一杯生きて、やり遂げた男の顔をしていた。
「野口。ありがとう。ありがとう。」俺は涙が止まらない。
「野口くん。野口くん」四宮も泣きじゃくっている。
洞窟の中では、俺と四宮の泣き声だけが響き渡っていた。
俺たちは長い間泣いていた。ただ泣いていた。
こんな理不尽があるものなのか。
俺はこの世界をどこか甘く見ていたのではないだろうか。
そのせいで俺たちはかけがえのない大事なものを失ってしまった。
ポカンと心に穴が空いたようだった。
どれくらい時間が経ったのかもわからない。
俺は野口を抱き抱えて立ち上がった。左肩の痛みなど感じることもなかった。心の方がもっと痛かった。
俺は野口を抱えながら階段に向かって歩き出す。四宮は何も言わず俺の後をついてきた。
俺と四宮は野口と一緒に階段を登った。長い長い階段だった。
どのくらい登ったかもわからない。
3人は無言で階段を登り続けた。すると、階段を登った先に大きな扉が見えた。
俺たちは階段を上り切って扉の前に立つ。
扉は簡単には開ける事はできなさそうな大きな扉であったが、手で押して少し力を入れただけで開き出した。
扉を開けて久しぶりの外の世界が広がると、そこは雪が積もる森の中だった。俗に言う一面の銀世界というやつだが、そんな生優しいものでは無く、雪が風で横殴りに吹き付けていた。
俺と四宮は森の少し開けた場所まで歩いていった。
そこで穴を掘って、もう動かなくなってしまった野口を埋めた。
土を被せる時にまた涙が溢れてきた。
「うっうっうっ」四宮も嗚咽している。
土を被せた後は、木を切って十字架の形を作って土の上に立てた。
しばらくの間、俺たちは十字架を見つめている。降っている雪が体につもるが、俺たちは身動きせずに十字架を見つめていた。
十字架には「快男児 野口 光雄」と掘った。
しばらく経ってから
「そろそろ行こうか」と四宮が言った。
階段の部屋で野口を抱えて歩き出してから、俺たちの最初の言葉だった。
俺は野口から託されたバンダナを左腕に結んだ。
野口、俺たちはいつまでも一緒だ。と俺は心の中で言った。
そして、上を向いて
「行こう」
と俺は2人に言った。
吹雪はいつの間にか止んでいて、空には太陽が見えていた。
第四章に続く




