168、ズルい女③ ▪️▪️▪️ ▪️▪️
私たちは懸命に走った。
オオカミも私たちを追いかけ始める。
そう簡単には逃してくれなさそうだ。
オオカミと比べると当然だが、走るスピードに差がありすぎる。
あっという間に距離は詰められてしまった。
「このままだと追いつかれるよ」
と芽衣ちゃんが言った。
「はははー。俺はこっちに逃げるぜ!」
真壁くんはそういうと左に方向を変え、森の中に入って行ってしまった。
しかし、真壁くんに構っている余裕はない。
逃げ切る事が最優先だ。
「こないでっ!」
私は手に持っていた石を投げつける。
オオカミの顔に命中し、一瞬は怯むものの追いかけてくるのはやめない。
オオカミとの距離はほぼ無いに等しい。
「やばい。やばい。やばい。やばい。」
「こわい。こわい。こわい。こわい。」
と勇くんは叫びながら走っている。
確かにやばいしこわい。
いつまでも逃げ続ける事もできないだろう。
何とかしないといけない。
その時、前方を走る花巻さんが、何かにつまづきよろけて前のめりに倒れた。
「花巻先輩!」
と勇くんは走るのをやめて、花巻さんに声をかける。
私も芽衣さんも立ち止まって、花巻さんを見た。
その瞬間、オオカミは花巻さんの背中に飛び乗り、肩に噛み付いた。
「あ”あ”あ”ぁぁぁ」
花巻さんが痛みに耐えきれず、苦痛の声を漏らす。
「助けに行かないと!」
と私は言って走り出す。
勇くんも続いて走り出した。
オオカミは花巻さんの肩の肉を食いちぎる。
「ぎゃああああぁぁぁぁ」
「どいてっ」
私は花巻さんに覆い被さっているオオカミに体当たりをした。
オオカミは一瞬体勢を崩す。
すかさず勇くんが体当たりをして、オオカミは花巻さんの上から離れた。
「花巻さん!大丈夫!?」
私は声をかける。
すでに花巻さんの意識は朦朧としている。
「いたい。いたいよ。。。」
とボソボソと花巻さんは呟いている。
花巻さんの肩はオオカミに噛みちぎられていて、大量に出血をしている。
私が何とか花巻さんを連れて行くために持ち上げようとした時、花巻さんは事切れていた。
後ろではオオカミをこちらに近づけないように頑張ってくれていた勇くんが、腹を噛みちぎられたところだった。
勇くんが崩れ落ちて、オオカミが勇くんの首に噛み付く。
「いやーーーー!」
と私は声を上げた。
ハッと気がついた。
「あ”あ”あ”ぁぁぁ」
花巻さんが痛みに耐えきれず、苦痛の声を漏らす。
また繰り返した。。。?
でもスタート地点は変わっていた。
花巻さんがオオカミに噛みつかれている。
ハッと我に戻り、
「助けに行かないと!」
と私は言って走り出す。
勇くんも続いて走り出した。
さっきはダメだった。
体当たりじゃオオカミを退かすことはできない。
私は尖っている木の枝を拾った。
そのまま、花巻さんの上に乗っているオオカミに枝を突き刺した。
「キャイン」
と悲鳴をあげて、オオカミは退いた。
うまく行った。
早く逃げないとと思った。
「勇くん。花巻さんを担ぐの手伝って」
「はい」
「いたいよ。いたいよ」
と繰り返す花巻さん。
人ひとりを運ぶのは大変だ。二人がかりでもなかなか進まない。
ふと花巻さんの声が途絶えた。
花巻さんを見るとすでに事切れていた。
「何で、、、」
と私は絶望を感じた。
その時、いつの間にか向かってきていたオオカミが私の足に噛みついた。
痛みに耐えることはできずに私は倒れると、合わせて花巻さんと勇くんも倒れた。
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
勇くんはすぐに起き上がって、私に噛みついているオオカミを引き剥がそうとする。
しかし、オオカミは私の足を噛んだまま離さず、牙が足に深々と食い込んでいく。
あまりの痛みに声も出ない。
オオカミは私から引き剥がそうとする勇くんに足の爪を振るった。
鋭い爪は勇くんの首を切り裂いて、勇くんの首から大量の血が吹き出す。
「いやっ。いやーーーーー!」
降り注ぐ大量の勇くんの血を浴びて、真っ赤になりながら私は叫んだ。
ハッと気がついた。
「あ”あ”あ”ぁぁぁ」
花巻さんが痛みに耐えきれず、苦痛の声を漏らす。
また繰り返した。
今度は逃げ出さずにオオカミと戦う選択をした。
しかし、オオカミのスピードには誰もついていけず、私は腕を食いちぎられて、勇くんの首にオオカミの爪が突き刺さった。
「いやーーーー!」
ハッと気がついた。
「あ”あ”あ”ぁぁぁ」
花巻さんが痛みに耐えきれず、苦痛の声を漏らす。
また繰り返した。
今度は分散して逃げた。
オオカミは花巻さんを抱えて走る勇くんを追いかけた。
噛みつかれた勇くんが倒れ込む。
「いやーーーー!」
どうすればみんなで助かるのか、わからなかった。
私は何度も何度も繰り返した。
いや繰り返させられた。
しかし、何度繰り返しても始まる場面は変わらず、すでに花巻さんは致命傷だった。
花巻さんを助けて、更に逃げ出す方法を模索したが何一つうまく行かなかった。
花巻さんの近くに行って、出血を抑えても花巻さんは死んでしまった。止血中に勇くんはオオカミに噛み殺された。
花巻さんを何とか治療しようとした。
治療といっても応急処置程度。それも着ている服を破いてきつく縛る程度のことしかできない。それだけでも流れる血が少なくなればと思った。
そして、私が花巻さんを治療をしている間、勇くんがオオカミと戦った。
私も勇くんもオオカミに食い殺された。
オオカミを倒すために、芽衣ちゃんにも協力を依頼して、3人でオオカミと戦ったが、勇くんが私を庇って噛み殺された。
オオカミを倒すのは無理だと思った。
花巻さんを安静に運んで見た。
なるべく揺らさないようにしながら、運んだが途中で花巻さんは事切れてしまった。
オオカミを抑えていた勇くんも噛み殺された。
何度繰り返しても、みんなが助かる道は見えてこなかった。
そもそもそんなものはないのかもしれない。
何度も何度も繰り返す惨劇、その度に花巻さんは命を失い、勇くんも私も致命傷を負った。
何度繰り返してもリスタートの地点は変わらず、花巻さんは致命傷を負ってしまっていた。
私も何度も致命傷を負った。
腹を抉られ、足を飛ばされ、目を潰された。
今も地面に横たわる私の腹を前足で押さえつけながら、オオカミは私の腕を咀嚼していた。
意識が薄れていく中、食事の邪魔をした勇くんの首をオオカミが飛ばした。。。
私はズルい女。
ついに卑怯な選択をしてしまった。。。
「あ”あ”あ”ぁぁぁ」
花巻さんが痛みに耐えきれず、苦痛の声を漏らす。
「花巻先輩ー!」
勇くんが花巻先輩に駆け寄ろうとするが、私はそれを止めた。
「だめ。行っちゃだめ。もう間に合わない。。。」
勇くんの腰にしがみついて、懇願するように言った。
もう涙で視界もままならない。
「助けに行かないと」
と私の手を外そうとしてくる。
行かせるわけには行かない。
もうどうやっても間に合わないのだ。
私は必死に勇くんにしがみついた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
オオカミは花巻さんの左腕を引きちぎり、咀嚼をしていた。
花巻さんの悲鳴が聞こえる中、私は
「お願い行かないで。」
と懇願した。
「姫乃先輩。。。」
それでも勇くんは諦めない。
私の腕を剥がし、助けに向かおうとした時、芽衣さんが左腕を引っ張った。
「もう無理だよ。逃げよう」
と言って2人で勇くんを引っ張った。
「なんでだよ!まだ助かるかもしれないだろ!」
「頼むよ!手を離してくれ!」
涙を流しながら勇くんは叫んだが、私は手を離すことはなかった。
もうオオカミは追ってこなかった。
森を抜けてすぐに芽衣ちゃんが湖を見つけた。
3人は湖のほとりで座り込んでいる。
「ごめんね。ごめんね。」
私は勇くんに何度も謝った。
花巻さんを見捨てさせてしまってごめんね。
みんなを助ける事ができなくてごめんね。
何度も痛い思いをさせてしまってごめんね。
何度も死なせてしまってごめんね。
勇くんは黙ったまま、涙を流していた。
芽衣ちゃんは何も言わず近くに座っていた。
私はズルい女だ。
この繰り返しは私の感情が必要以上に触れた時、ようは絶望した時に発動している。
私が死にそうな時、勇くんが死んだ時、でも花巻さんの時には繰り返しは起きなかった。
私は花巻さんを大切に思えていなかったという事なのだろうか?
自分や自分の好きな人の時にだけ発動する能力。
ズルい自分にはぴったりな能力だと自分を皮肉った。




