166、この時を大切に
僕たちは街の長にランの悲報と緑竜の討伐を報告した。
街の長はランの死をとても悲しみ、盛大な葬儀でランを弔った。
幼い頃から巫女としての仕事を遂行してきたランの死に街中の人が悲しみに包まれた。
葬儀には街の大半の人が参列して、一晩中参列者の列が絶えなかった。
もちろん僕たちも参加させてもらった。
短い時間だったけど、生死を共にして何度も助けてもらった。
僕は涙を流し、ランに別れを告げた。
リンは葬儀の間も涙を流し続けた。
産まれた時から一緒だったランが何の前触れもなくいなくなってしまったのだ。
僕には想像できないほどに辛いことは間違いない。
立ち直るにはしばらく時間がかかるだろう。
僕たちが葬儀場から出る頃には夜になっていた。
まだ葬儀自体は続いていて、街中の人は少ない。
この後は宿に戻って戦いの疲れを取る予定だ。
解散となり、歩き出した時に
「ちょっと散歩しない?」
と姫乃先輩が声をかけてくれた。
僕と姫乃先輩は街外れを並んで歩いていた。
街から外れると、周りはひっそりと静まり返り、なにより星がとても綺麗だった。
元の地球にいた頃は、ほとんど星なんか見える事がなかったし、見ようとする事もなかったかもしれない。
おそらく姫乃先輩ともこんな風に並んで歩く事も無かっただろう。
このAEに転移してしまった事も悪い事ばかりじゃないなと思った。
「芽衣ちゃんと会えたみたいだね」
「はい。元気そうでしたし、緑竜との戦闘ではかなり助けてもらいました。そのまま何処かへ行ってしまいましたけど。。。」
「そっか。。。やっぱり芽衣ちゃんの別れ際の言葉は嘘じゃ無かったのかな」
「どうでしょうか。嘘ではないかも知れませんが、本心でも無い気がします。久しぶりに会った芽衣も以前と変わらない芽衣でした」
芽衣は僕を助けてくれた。
自分の身を犠牲にしてまで助けてくれたのだ。
芽衣が黒の組織にいる事は間違いないのだろう。
しかし、何か理由があるはずだ。
僕は芽衣を信じたい。そして、もう一度一緒に笑い合いたいと思っている。
そのためには、もう一度芽衣と話がしたい。
「そっか。もう一度会ってゆっくり話をしたいね」
姫乃先輩も僕の気持ちをわかってくれているようだ。
「そうですね」
と答えながら、遠い夜空を見た。
「雪は無くなったけど、夜はちょっと寒いね」
確かに雪国とは当然比較にならないものの、夜は冷え込む。
僕たちは薄着のまま出てきてしまったので、失敗したかなと思った。
そんなことを考えながら、
「そうですね」
答えると、姫乃先輩の手が僕の手を握った。
「ひっ姫乃先輩?」
「ふふっ。こうしていると暖かいね」
と少し顔を赤くしながら言う姫乃先輩はとても可愛らしかった。
「ランさんは本当に残念だった。悲しかった。。。」
「私ね。思ったの。人は何の予告もなくいなくなるんだなって。私たちはそういう世界にいるんだなって」
「姫乃先輩。。。」
「だから。。。今この時を大切にしなきゃって、そう思ったの」
姫乃先輩の綺麗な瞳が僕を見つめる。
瞳の中に星々が写り、輝いて見えた。
「姫乃先輩」
と僕は姫乃先輩の両手を握って名前を呼んだ。
僕と姫乃先輩の視線が重なる。
その時だった。
「本当に使えん竜じゃった」
どこからか声が聞こえた。
振り向くといつの間にか着物姿の女性が立っていた。
「おタマさん?」
姫乃先輩が言った。
緑竜との戦闘にも現れたがどういう事なのか。
緑竜と関係があるのだろうか?
しかし、ビナスとの戦いでは助けてくれたとも聞いている。
敵なのか味方なのかもわからない。
「緑竜と繋がりがあるの?」
僕は聞いてみた。
「あれは妾がお遊びで作ったものじゃ。その娘を殺すよう命じたのに全然使えなかったがの」
えっ?
どういうこと?
緑竜を作った?姫乃先輩を殺そうとした?
僕の頭では全く情報が整理できない。
「しかし、まだひよっこじゃが、少しずつ芽吹いてきておる。このまま放置しておくと、後々厄介になるやもしれん」
「何を言っているのですか?」
言っている意味がわからず僕は聞いた。
「まぁここら辺で憂いを無くしておこうという話じゃ。」
そう言うと、いつの間にか尻尾が2本になっていた。
その尻尾が伸びて、一瞬のうちに姫乃先輩の左胸を貫く。
「こふっ」
姫乃先輩が吐血する。
「えっ?」
あまりにも一瞬の出来事で、僕は全く反応ができなかった。
何が起きたのか理解が追いつかない。
「これで用は済んだ」
そう言うと、あっという間に消えてしまった。
バタッ
胸を貫かれた姫乃先輩が倒れた。
「姫乃先輩!」
僕は姫乃先輩を抱き抱える。
「こふっ」
姫乃先輩がまた吐血した。
「あぁ。やっぱり戻らない。やっぱり違うんだ」
意識が朦朧としているのか、訳のわからない事を言っている。
「いっ勇くん。。。前にもこういう事があったね。。。」
と姫乃先輩が弱々しい声で言った。
「姫乃先輩!」
僕は傷口を手で押さえて出血を止めようとするが、無情にも姫乃先輩の胸からは止めどなく血が流れる。
なんとかしなきゃ。なんとかしなきゃ。なんとかしなきゃ。
しかし、僕はどうすれば良いのかわからない。
姫乃先輩を見守る事しかできなかった。
そして姫乃先輩は目を薄く開けたまま、全身の力が抜けた。
六章に続く




