156、吹っ切れたぜ
「ぐぎゃああああぁぁぁ」
と遠くで声が聞こえた。
おそらく真壁って奴の声だ。
「姫乃は勝ったか」
と呟くと、
「他人の心配する暇はあんのかよ?」
とビナスは言った。
ビナスの言うとおり、他人の心配なんかする余裕はない。
ビナスの力は圧倒的で、一方的にやられている状況。
今もビナスは余裕をかまして、本気を出すどころか弄ばれている。
だが、そこにチャンスはある。
イグニッションの力を一点に集めた攻撃。
これが当たればビナスもただじゃ済まないはずだ。
しかし、当たればの話だ。
今のところそんな隙はなく、俺は徐々に削られていた。
「どうにかして隙をつくらねぇとな」
俺はビナスに向かって突進して、右の拳を繰り出したがビナスは軽々とかわした。
左、右と連続して拳を放つが、顔を左右に振ってビナスはよける。
俺は腹を目掛けて拳を放つと、ビナスは人差し指で止めた。
俺は軽くジャンプして右の回し蹴りを放つが、またしてもビナスは指一本でとめる。
返しの左の回し蹴りでビナスの顔を狙うが、ビナスは軽くスウェーでかわし、人差し指で俺を突いた。
人差し指だけでも俺は威力を殺しきれず、後方に飛ばされる。
「まだまだぁ」
後方で着地を決めた俺は、すぐさまビナスとの距離を詰めた。
左右の拳の連打。
ビナスは人差し指を使いながら、いなしていく。
俺はビナスの顎を目掛けて蹴り上げる。
それをビナスはスウェーでかわす。
俺はそのままの勢いでバク宙して、着地するとその反動を活かしてビナスの顔面目掛けて拳を突き出した。
その拳をビナスは指一本で受け止めた。
ひと呼吸おいて、拳を連打する。
ビナスは人差し指とスウェーでよける。
どれだけ拳を放っても一向に当たらない。
それほどに俺とビナスとでは力の差があるという事だ。
「クッソ」
俺は後ろに飛んで、一旦ビナスと距離を取った。
「どうした?もう終わりか?」
ビナスが余裕の笑みを見せながら聞いてくる。
「まだ諦めちゃいねぇよ」
と汗を拭いながら言った。
このままじゃ埒があかねぇ。
ひとつ閃いた方法があった。
しかしそれは良くて相打ち。
下手したら何もできずに負けを早めるだけだ。
このまま姫乃が戻るまで待って共闘したとしても、ビナスには太刀打ちできないだろう。
このまま戦いを長引かせてウィンが来るのを待つか?
「馬鹿か俺は!」
誰かが助けに来るまで待つ?
いつ来るかも、本当に来るかもわからねぇのにか?
いつから俺はこんな負け犬根性になったんだ。
ドゴン!!
俺は自分の頬を殴った。
痛みが全身に電気のように走る。
鼻からは鼻血がツーと流れた。
「何やってんだ?」
ビナスが不思議そうな目で見ている。
「気合いを入れなおしたんだよ」
と頬にある拳を下ろしながら言った。
「もう吹っ切れたぜ。覚悟しろよ」
「ほう」
と俺の言葉にビナスは不適な笑みを浮かべた。
俺はビナスに向かって突進する。
距離を詰めたあとは今までと変わらず拳の連打。
ビナスも今までと同じように人差し指一本で俺の攻撃をあしらう。
「何も変わってないぞ。それじゃあいつまで経っても俺には届かねぇ」
ビナスは俺の攻撃をいなしながらも、話す余裕さえある。
俺は心の中で「うるせぇ」と思いながらも攻撃を続けた。
拳の連打に蹴りを織り交ぜたり、とにかく攻める。
拳を出す。蹴りを出す。
攻める。攻める。攻める。
「つまらんな。終わりにするか」
と俺の拳を顔を横にずらす事により回避したビナスが言った。
そして、次の俺の拳をかわして、人差し指を俺の腹に向かって突き出した。
ここだ!!
俺は全身から放っているイグニッションのエネルギーをビナスが狙ってきている腹の部分を無くした。
イグニッションは防御力も高めている。
イグニッションが発動していない部分を攻撃されたらどうなるか。
「ぐふっ」
当然相手の攻撃力をまともに受ける事になる。
ビナスの人差し指は俺の腹に突き刺さった。
込み上げてくるものがあり、口から吐き出すとそれは真っ赤な血液だった。
「本当に何やってんだ?お前」
とビナスは不思議そうに言う。
「ここからだよ。。。」
と痛みに耐えながら、左手で俺の腹と繋がっているビナスの腕を握った。
捕まえてしまえば避けることはできないだろう。
俺は右拳にイグニッションのエネルギーを集める。
「なっ」
ビナスもようやく理解したようで、焦りの声をだした。
「肉を切らせてって奴だ」
俺はエネルギーを集約した右拳をビナスの顔面を目掛けて放った。
しかし、ビナスは自由な左手で俺の攻撃を受け止める。
俺とビナスを中心にして衝撃波が広がり、草木が揺れた。
止められた!
いやでもまだだ。
押し切れ!!
俺はビナスに右手を掴まれたまま押し込んだ。
「おおおおおおお!」
ビナスの左手を弾いて、顔面が露わになる。
そのまま俺は右拳を振り抜いた。
ビナスの血液が飛ぶ。
俺の振り抜いた拳をビナスは顔を横にずらして避けていた。
俺の拳はビナスの頬をかすめただけで、わずかにビナスの頬が切れている。
「今のはちょいと焦ったぜ」
「くっそっ」
ビナスは指が俺の腹に突き刺さっている方の腕を抜かずにそのまま上に上げた。
「ぐああぁぁぁ」
腹の中をほじくり回されるような痛みを受けながら、俺の体がもち上がっていく。
体がビナスの頭上まで上げられると、重力の影響でビナスの指は深々と俺の腹に食い込んでいった。
俺は痛みに耐え切れずにまた叫んだ。
そんな俺にはお構いなしにビナスは腕を振って俺を放り投げた。
俺の体は2回、3回と地面でバウンドして転がる。
「ぐががが」
腹の開いた穴からは、血液が流れている。
俺は起き上がることができない。
「さてと、いつまでも苦しめちゃわりぃからな」
ビナスがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
もうどうすることもできないのか。
ピキッ
その時、乾いた金属音がした。
「ん?」
とビナスが立ち止まる。
すると、ビナスの身につけている金色の鎧の肩当ての部分が音を立てて砕け散った。
おれの一撃はビナスの頬だけでなく、肩当てにも当たっていたようだ。
「ほぅ。俺の鎧を砕くとはな」
と言った後、俺に向かってまた歩き出した。
「お前。見込みあるぞ。もっと鍛えれば俺に本気を出させるくらいにはなれるかもな。だが、残念だったな。俺と出会ってしまったのが不運だ」
と言いながら近づいてくる。
「翁くん!」
その時、真壁と戦闘をしていた姫乃が戻ってきた。
なんとか顔を動かして、姫乃を見るとボロボロで足も引きずっている。
「姫乃。。。逃げろ」
姫乃ではビナスに太刀打ちできない。
逃げるしかない。
「おぅ。嬢ちゃんか。やっぱりアイツじゃダメだったか。使えねぇな」
とビナスは言ったあと、
「俺は基本的に女を殺る気は無いんだが、お前は別だ。お前は殺せと命じられているからなぁ。こいつの後に殺してやるから大人しく待っていろ」
と言って俺に向かってくる。
姫乃を殺させるわけにはいかない。
俺がなんとかしないと、、、
「ほぅ」
俺は気力を振り絞って立ち上がった。
何とか姫乃が逃げる隙を作る。
「姫乃。逃げろ」
「逃がさねぇよ。それにそんな足じゃ逃げることもできねぇだろ」
俺は姫乃を逃すために、ビナスと距離を詰める。
「ふん」
とビナスは何でも無いかのように、俺の顔に裏拳をぶち込んだ。
俺は数m吹っ飛んで転がり、うつ伏せで倒れる。
意識が飛びそうになるが、何とか繋ぎ止め顔だけ前を見る。
「姫乃。。。逃げろ」
「もう終わりだ」
とビナスは言いながら、姫乃を殺そうとする。
姫乃は一歩も動けない。
「姫乃ぉ、、、」
俺は這いつくばってでも姫乃の元に向かおうとするが、当然間に合う訳がない。
間に合わない。
そう思った時、
「なんでありんすか。大の大人が弱者を痛ぶって楽しいでありんすか?」
と空から声が聞こえた。




