146、情
サトルは僕の目の前まで、距離を詰めると右拳を突き出した。
僕は右手だけで持った月刀で防ぐが、当然のように弾かれた。
僕も弾かれることは当然に予想できたので、距離を取るために横に飛ぶ。
しかし、サトルは僕の移動先に先回りして左拳を放った。
僕は何とか横に転がってかわして、そのまま距離を取ろうとする。
もう見栄も外聞もない。
僕は逃げるように距離をとる。
サトルのスピードは鎧の力もあって、僕の動きよりも数段速い。
僕が必死に逃げようとしても、あっという間にサトルは距離を詰めて攻撃を放ってきた。
僕はそれをまた転がりながら避ける。
いつの間にか角に追い詰められていた。
もう逃げる事ができない。
サトルは右拳を放つ。
僕は右手に持った月刀で防いだが、勢いを抑えきれずに月刀は弾かれて僕の手を離れた。
おかげで拳の軌道がわずかにそれて直撃を避ける事ができたが、左肩を掠めて、激痛が走る。
「ぐわぁぁ」
僕は痛みに耐えれずに声を上げた。
「勇お兄ちゃん。終わりだね」
とサトルは言って、再度右拳を放った。
僕は死を覚悟した。。。
その時、僕は何かに押されて倒れ込んだ。
ドゴン
とサトルの拳が洞窟の壁に突き刺さった音が聞こえた。
かわしたのか。。。?
と思った時、顔に大量の液体がかかった。
何かと思って、顔を動く右手で拭うと、真っ赤な液体が手に付着していた。
「血?」
僕では無い。
ここまで大量の流血を伴う傷はないはずだ。
何が起きたのか分からずに上を向くと、サトルの拳で腹を貫かれたミトが立っていた。
「きゃぁぁぁぁぁ」
と悲鳴を上げるラン。
そんな状況でもミトは冷静に、
「勇さん。間に合ってよかったです」
と言った。
「ミト、、、どうして、、、」
「いっ、、、勇さん、、、前にも言いました通り、私はあなたに賭けたのです。わっ、、、私は営利優先の情報屋ですから、勇さんの命と私の命では、勇さんの命の方が有益だと考えたのですよ、、、」
「ミト、、、」
「そっ、、、それに、サトルさんに勇さんを殺させたくはなかったのです。短い間でしたが、私にもサトルさんへの情が芽生えてしまったみたいです」
ミトは冷や汗を流しながら、無理やり笑みを浮かべた。
「今までサトルさんは真っ当な生き方をしてくる事ができていなかっただけです。でも、ここで勇さんを殺してしまったら、もう後戻りできなくなってしまう。サトルさんにはここが生き方を変える最後のチャンスだと思いましたので、、、」
「ミトお兄ちゃん。。。」
サトルも思いもよらぬミトの横やりから、思いもよらぬミトの言葉に戸惑っている。
「何で僕なんかのために、、、」
と言うとサトルの全身から力が抜けた。
そして、ミトの腹からもサトルの拳が抜ける。
すると空いた穴から血液が噴き出して、ミトは倒れた。
僕は慌てて、着ている服を脱いでミトの傷口を抑えた。
そんな中でもミトは言った。
「サっサトルさん、、、あなたには未来がある。まっまだまだやり直す事ができます。お間違えないよう、、、」
「ミッ、、、ミトお兄ちゃん」
サトルの目から涙が溢れ出ていた。
「おかしいよ。なんだか変な気持ちだよ。僕はこれから竜と戦わなくちゃ行けないのに力が入らないよ」
と言うと、サトルを覆っていた鎧が体から離れ、上空に空いた穴に吸い込まれていった。
「ミト!ミト!しっかりしろ!」
と僕は声をかける。
ランとリンも近づいてきて、一緒に傷口を抑えるが焼石に水だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
その時、今までで一番大きな地震が起きた。
洞窟の天井も崩れ落ちてきている。
「いよいよ竜の封印が解けるのよ」
とディオネが言う。
すると奥の方にあった祠から強烈な光が発せられた。
光は天井に向かって伸びていき、洞窟の天井に大きな穴を開けた。
揺れは益々激しくなり、この洞窟もいつまで持つか分からない。
天井まで伸びる光が一層強い光を放つと共に、祠が飛び散ってた。
飛び散った祠の後から、強大なエネルギーが上空に放たれる。
僕はミトの傷口を抑えながら、開いた天井の穴を見ると、上空に大きな緑色の竜が浮かび上がっていた。
「サトル様。竜が現れたの」
とテティスがサトルに言う。
しかし、サトルは頭を抱えてぶつぶつと何か独り言を言っている。
とても戦える状況とは思えなかった。
「今のままではサトル様はまともに戦えないのよ。一旦引くしかないのよ」
とディオネが言うと、
「仕方がないの」
と言ってテティスはサトルを抱えた。
このまま洞窟から出ていくのかと思いきや、ディオネが僕たちに近づいてくる。
ディオネは倒れているミトに向かって右手を掲げると、
「ヒーリング」
と魔法を唱えた。
ミトの体が黄緑の光に包まれる。
僕はディオネを見上げると、
「サトル様に人を殺させたく無いのは私たちも同じなのよ。でも回復魔法は得意じゃないのよ。だから、早くまともな治療を受けないと本当に死んでしまうのよ」
と言うだけ言って、サトルを抱えたテティスと一緒に消えていった。
僕たちも脱出しないと、洞窟がいつまでもつか分からない。
僕は意識のないミトを背負って、動く右手で何とか抱えた。
「急ぐのよ」
と言うリムを先頭に洞窟の出口に向かう。
ゴゴゴゴゴゴゴ
と大きな地震が起きる。
「きゃああ」
僕の目の前を歩く、ランたちの前に天井から岩が落下してきた。
危うく岩の下敷きなってしまうところだったが間一髪助かった。
その後も大きな地震が立て続けに起きて、その度に天井が崩れていった。
僕たちは何とか洞窟の外に出た。
僕たちが洞窟を出て間も無く、洞窟の入口が崩壊した。
もう少し遅れていたら、生き埋めになっていたかもしれない。
竜はかなり離れた所に移動しているが、ここからでもはっきりと見える大きさだ。
ただ、竜は何かと戦っているみたいだった。
「おそらく姫乃たちなのよ」
と同じことを感じたリムが言う。
本当に姫乃先輩が戦っているのであれば助けに行きたい。
しかし、まずはミトを街に送り届けて治療を受けさせなければならなかった。
それにこの左腕では。。。
と思った時に背中のミトが吐血した。
顔は真っ青で血の気がなく、息遣いも荒い。
街まで持たないかもしれない。。。
街まではどんなに急いでも数時間はかかる。
ミトを担いでいながらでは尚更時間がかかってしまうだろう。
ミトが苦しそうにしているので、一度地面に寝かせた。
僕は何かいい方法はないか考えた。
そうだ。
ウィンの魔法ならばミトを治す事ができる。
ただどうやってウィンを探して、ウィンのところまで行けばいいのか。。。
・・・・・
「リム。頼みがある」
「任されたのよ」
「えっ!?まだ何も言っていないよ」
「言わなくてもわかるのよ。ムーンエスケープでみんなを街まで送り届けてほしいってことなのよ。街までの距離とこの人数を考えると少ししんどいのよ。でもリムは頑張るのよ」
リムの精霊の力が戻っているわけではない。
前に安倍晴明から逃げる時に僕と姫乃先輩とリムの3人をムーンエスケープで逃してくれた。
その影響でリムは消えかかったのだ。
今回は4人。距離も前回よりも遠い。
とすれば本当にリムが消えてしまう可能性があった。
リムはそのリスクを分かった上で言っている。
「リムありがとう。でもそうじゃないんだ。僕一人を飛ばしてくれればいいんだ」
「どういう事なのよ?」
「たぶん病院に連れて行って治療をするよりもウィンの魔法の方が早いし確実だ。だからウィンのところまで飛ばしてくれればいいんだ」
「なるほどなのよ。でもウィンがどこにいるのわからないんじゃないのよ?」
「おそらくあそこにいる」
と言って僕は遠くで戦っていると思われる緑竜を指差した。




