136、ヒーロー
僕たちは豚を運びながら、街の近くに戻ってきた。
ここまで運んでこれたのは翁くんのおかげだ。
街の近くでは姫乃先輩が準備を進めてくれていた。
みんな揃っていて、ミトも戻ってきている。
「お肉も届いたし、準備を進めましょう」
まずは豚を絞めてから血抜きだ。
血抜きには時間がかかるかと思ったが、
「吸血」
とウィンが魔法を唱えると、あっという間に血抜きが完了した。
次に豚のお腹を開いて、内臓を取り出して洗浄した。
ここでもウィンが魔法で水を出して、すぐに完了した。
リムとサトルが目をキラキラさせながら見ている。
内臓は後で使うので一口サイズに切る。
四宮さんが切っていると、
「これにつけると臭みがなくなりますよ」
とミトが言いながら、ミルクの入った器を出した。
四宮さんが切った内臓をミトがミルクで洗う。
姫乃先輩は糸を固めて焼き台を作っていた。
某有名ゲームのモン○スターハンターで肉を焼くものだ。
僕と翁くんは綺麗になった豚の腹の中に米やら野菜やらを入れていく。
ミトが洗い終えた内臓も入れていく。
その後は、姫乃先輩が街で購入してきたハーブを入れた。
「ふむ」
とミトが頷いた後に、
「こういう料理でしたらこれとこれも入れましょう」
と言って、自分の袋の中から違う種類のハーブを取り出して、豚の腹の中に入れた。
食材を入れ終えると、豚の腹を姫乃先輩の糸で閉じる。
そして、翁くんが姫乃先輩の糸で作った棒を豚の口から入れて、肛門から出した。
豚の口と肛門を姫乃先輩の糸で縛って下準備は完了だ。
豚を台に乗せて火をつけた。
ゆっくりと回しながら豚に火を入れていく。
「ほぉぉぉぉなのよ」
「うわぁ。早く食べたいなぁ」
とリムとサトルのコンビが目を輝かせる。
しばらく経つと、豚の表面が焼けて香ばしい匂いが漂ってくる。
ぐるるるる
と僕のお腹が鳴り、照れ隠しで周りを見渡すと、リムとサトルがだらしなく口を開けて、呆けていた。
今にもよだれが垂れてきそうな勢いだ。
「まだかなぁ」
とサトルが聞いてくる。
これで何度目だろうか。
「まだだよ。待っていてね」
と姫乃先輩はサトルを諭す。
日も落ちてきて、薄暗くなってきた。
豚の口から湯気が漏れ出てきた。
中にも火が通ってきたようだ。
「まだかなぁ」
とサトルが聞いてくる。
「もうちょっと我慢してね」
と姫乃先輩は答えた。
サトルの隣では、リムが依然口を開けたまま呆けている。
涎が口元から垂れて、地面に届きそうだ。
可愛らしい顔が台無しだ。
豚の口から出てくる湯気が多くなり、そろそろ出来上がりだ。
「じゃあ豚を下ろしましょう」
と姫乃先輩が言うと、僕と翁くんで豚を台から下ろした。
2匹の豚をウィンに魔法で作ってもらった大きなお皿に並べた。
姫乃先輩が豚の腹をナイフで少し開けると、中に溜まっていた湯気が一気に噴き出てきた。
「わぁ〜なのよ」
「わぁ〜」
とリムとサトルが感嘆の声をあげた。
2人の息はピッタリで新たなコンビの誕生の瞬間だ。
他の人たちも期待に胸を膨らませているだろう。
姫乃先輩が豚の腹の中に入っている具材をお皿に盛り付けて、ひとりひとりに渡していく。
全員に行き渡ったところで、
「それではいただきましょう」
というと、
「「「いただきます!」」」
と全員が声を揃えて言った。
「ほぉ〜〜おいしいのよぉ〜〜」
とリムがとろけそうな声をあげた。
「ほんとに美味しい!!」
とサトルも満足してくれている。
「おぉ。こりゃあ確かにうまいな。なぁ四宮」
「うん。お野菜にもお肉の味が染みていて、すっごく美味しい」
と翁くんと四宮さんも喜んでくれている。
「ウィンちゃん。お肉も美味しいよ」
と言って姫乃先輩は豚の腹の内側の肉を削いでウィンに渡した。
「本当だ!こんなに美味しいお肉は食べたことがないや」
とウィンも喜んでいる。
ミトはというと、
「ふむふむ」
「これは」
「なるほど」
「だとすると」
などと呟きながら確かめるように食べている。
新しい料理のレシピでも考えているのだろうか。
もちろん僕も料理を堪能している。
美味しすぎて食べる手が止まらない。
僕たちはわいわいと騒ぎながら、楽しい食事の時間を過ごした。
「ねぇねぇ。翁お兄ちゃんたちは元の地球に帰るために旅をしているの?」
お腹もひと段落した頃にサトルが聞いた。
「そうだな。サトルは帰りたくはないのか?」
「うん」
サトルの表情が少し暗くなった。
「僕ね。元の地球では学校でいじめられていたんだ」
「僕は昔からヒーロー戦隊が好きで、最初はいじめられている子がいたから、ヒーローになりたくて助けに入ったんだ」
「そうしたら今度はいじめのターゲットが僕になった。最初は仲間外れにされたりするくらいだったけど、そのうちに水をかけられたり、上履きを捨てられたりとどんどん酷くなっていったんだ」
「最初にいじめられていた子は見て見ぬふりをしていたんだけど、そのうちにいじめに加わるようになってきた。先生も知らないふりをして助けてくれなかった」
サトルの目に涙が浮かんだ。
「元の地球には本当のヒーローはいなかった。。。」
「でもこの世界ではお姉ちゃんもお兄ちゃんも優しくしてくれるんだ」
「そして、この世界ならヒーローになれる」
サトルは拳を固めて、涙をこぼさないように上を向きながら言った。
「そうか。。。」
翁くんは少し考えてから言った。
「俺は施設で育ったんだが、サトルと同じようにいじめられた時期があった。サトルの辛さはわかるよ」
「でも、いじめに屈しちゃだめだ。喧嘩で勝てって言ってるんじゃないぜ。気持ちで負けるなって事だな。このAEで生きていくのもいい。だけど気持ちだけは強く持って生きて行こうぜ」
と言って、拳を出した。
「うん」
と言ってサトルは出された拳に自分の拳を合わせた。
「さてさて、料理が冷めてしまうのでどんどん食べましょう」
とミトが言った。
「うん。おかわり!」
と言ってサトルは、空のお皿をミトに出した。
サトルはリムと戯れながら料理を楽しんでいる。
翁くんとサトルの会話は僕にも聞こえてきていた。
サトルは明るくていい子だ。
だけど、ひょんな事からいじめを受ける側に回ってしまった。
僕も友達は少ない方だった。
一歩間違えば僕もいじめられていたかもしれない。
そうならなかったのは、少ないにしても信頼できる友達がいたからだ。
僕は元の地球での生活を思い出して、淳や芽衣に感謝をした。
僕たちは料理を堪能した後に、食べきれなかったお肉を保存食に加工した。
この作業についてもサトルは積極的に手伝ってくれた。
サトルは持ち前の人懐っこさと明るさで、みんなに可愛がられていた。
ミトも例に漏れず、保存食への加工のやり方を丁寧に教えてあげていた。
ちなみにウィンとリムは食べ過ぎて倒れていた。。。




