123、5分間
僕と翁くんは赤虎に向かって走る。
「何だお前たち。防御は捨てたのか?」
と冷静さを取り戻した赤虎が言う。
「その纏っていたものが無ければ、吾輩の攻撃で一瞬のうちに消炭になるぞ」
と言いながら赤虎は前足や尻尾を使って、攻撃を仕掛けてくる。
僕と翁くんは必死に避ける。
赤虎の言うとおり水の羽衣を纏っていない僕たちは、触れただけでもアウトだ。
それに高熱の炎は直接触れなくても、火傷を負わされる。
大きく避けても皮膚が焼けてしまうが、ある程度の負傷は仕方がない。
それよりもいつもより大きく避けなくてはいけないため、どうしても次の動作が遅れた。
次第に回避が間に合わなくなる。
その時は四宮さんがグラビティで、一瞬の動きを止めることによって回避を間に合わせた。
そんなギリギリのところで戦っているが、距離を取るわけにもいかない。
姫乃先輩やウィンを狙わせるわけにはいかないからだ。
できる限り距離を詰めて、敵を引きつけなくてはいけない。
僕と翁くんの火傷の箇所がどんどん増えていく。
まだ1分も経っていないだろう。
赤虎の尻尾の攻撃がくる。
僕はジャンプで避けた。
しかし、尻尾が軌道を変えて空中の僕を狙ってきた。
僕は空中で身動きが取れない。
やばい!
と思った時、体が引っ張られた。
後方に強制的に移動させられて、尻尾を避けることができた。
姫乃先輩だ。
姫乃先輩は僕と翁くんと四宮さんの体に糸を巻き付けている。
危険な時は糸を引っ張り緊急回避をする。
そのために姫乃先輩は後方の高台の上で、戦局を見ているのだ。
僕は着地すると、姫乃先輩を見た。
姫乃先輩は頷いた。
姫乃先輩が見ていてくれる。
それだけで、僕は安心して戦えたし、力も湧いてきた。
僕はすぐに前進して、最前線に戻った。
短い時間ではあるが、翁くんは一人で赤虎を相手していた。
翁くんの疲労も溜まってきているはずだ。
赤虎は火球を2つ吐き出した。
翁くんと僕に向かって、1つずつ飛んでくる。
「月刀・緑」
僕は月刀に力を流し込んで、火球を両断した。
翁くんは姫乃先輩の糸で後方に飛ぶ。
地面に火球が着弾して、爆炎をあげた。
赤虎は前足の爪を立てて、振るってくる。
僕はバックステップでかわす。
立て続けに尻尾で薙ぎ払いをしてくるのをジャンプでかわした。
赤虎はまた尻尾の軌道を変えて、僕を狙ってきた。
しかし、それは一度見ている。
僕は月刀を迫り来る尻尾に当てて、尻尾の勢いを使って後方に飛んだ。
「痛ぅ」
上手くかわしたつもりだが、炎に近づきすぎたため手の甲が焼け爛れている。
これ以上手を酷使してしまうと、最後の攻撃の時に月刀が握れなくなってしまう。
そう考えていると、赤虎はすでに追撃をするために僕に迫っている。
これ以上は下がれないと思い、横に走った。
赤虎はリーチの長い尻尾で僕を狙ってきた。
また月刀で防ぐしかない。
そう思った時に僕の体が何かの力に押された。
四宮さんのグラビティだ。
そのおかげで、手に負担をかけずに攻撃をかわせた。
その間に翁くんも戻ってきた。
赤虎は翁くんに攻撃を仕掛ける。
翁くんはイグニッションの力で何とかかわしていた。
ウィンはまだか。
横目でウィンを見るが、まだ動きはない。
「ちょろちょろと小賢しいやつらめ」
赤虎が痺れを切らしたのか、大きく息を吸い込んだ。
炎がくる。
「月刀・緑」
僕は月刀に力を流した。
月刀が薄緑の光を纏う。
そのまま月刀を引いて、体内のエネルギーを腕に回した。
自分の残っている力はある程度はわかる。
あと一発なら大丈夫なはず。
赤虎が炎を吐き出す。
僕は大きく一歩踏み込んで、思い切り月刀を振り抜いた。
「一閃」
月刀から放たれた薄緑の斬撃は赤虎の吐き出した炎を切り裂いた。
そして、赤虎の纏っている炎をも切り裂いて、赤虎の左目に直撃する。
「グォォォォォォォォォォォ」
赤虎の左目が潰れて、大きな雄叫びを上げた。
「おのれ。おのれぇ」
左目が潰れて怯むかと思いきや、赤虎は怒りに任せて暴れ出す。
前足や尻尾の攻撃がひっきりなしに襲いかかってきた。
狙いも定かではない無茶苦茶な攻撃だが、逆に読みにくく避けるのに苦労する。
それにこっちも体力が尽きる寸前だ。
倒れ込みたい衝動を蹴って、何とかかわしていく。
もう自分の力だけでかわすことも困難になってきた。
横に逃げようとしても距離が足らず、四宮さんのグラビティに助けられる。
火球を切り裂くこともできずに、姫乃先輩に引っ張られた。
火球が爆炎を上げる中、何も考えられずにまた前線にもどる。
今どれくらいの時間が経ったのか、もうわからない。
5分を超えたのか、それともまだ2分も経っていないのか。
頭では考えられずに、来た攻撃を必死にかわすだけだった。
そんな時に赤虎が再び大きく息を吸い込んだ。
もう僕に一閃を放つ力は残っていなかった。
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限界が近い。
勇が赤虎の左目を潰した。
これでかわすのが楽になるかと思いきや、赤虎はめちゃくちゃな攻撃を仕掛けてきた。
「手数が逆に増えやがった」
俺はイグニッションを使い、身体能力を上げながら回避をしている。
イグニッションは防御強化もされるが、あの炎の前では紙同然だろう。
一発でも喰らったらアウトというのが、精神的にもきつかった。
「でも勇も頑張っているからな」
と勇に負けたくない気持ちだけで、踏ん張れている。
勇は炎を塞いだり、左目を潰したりと活躍している。
俺は?
と思った。
あの炎を攻略する能力は俺にはない。
炎が消えた時、その時の一撃が俺の存在意義だ。
最後の攻撃分の余力は残しておかないといけない。
流石に勇も限界が近い。
ウィン早くしろ!
と怒鳴りたいくらいだった。
そう考えながら、赤虎の攻撃を交わしていると、赤虎が再び大きく息を吸い込んだ。
炎がくる!
俺は勇を見た。
勇は呆然と立ちすくんでいる。
もう勇には一閃を放つ力は残っていないのかもしれない。
ここで炎を吐かれたら全滅だ。
俺の体が自然に動いた。
「イグニッション」
イグニッションを全力で発動して、赤虎の正面に行く。
そして、俺は赤虎の顔の前までジャンプした。
水の羽衣がない中でこれだけ接近するだけで、皮膚が焼かれていく。
イグニッションを全力で発動して緩和してもこの状況だ。
俺は剣を上段に構えて、赤虎の口を目掛けて振り下ろした。
手が熱で爛れる。
服が燃える。
もう火傷していないところなんてないんじゃないかとさえ思えた。
王威の剣は赤虎の鼻の頭に命中して、強制的に口を閉じさせた。
炎を吐き出そうとした瞬間の出来事に赤虎は止めることができず口の中で暴発した。
俺はその爆風に飲まれそうになり、死ぬ事も覚悟した。
しかし、爆風に飲まれる直前に体が後ろに引っ張られた。
姫乃の糸だ。
俺は命拾いをして、後方に着地する。
赤虎はまだ暴発の影響で動けない。
俺は自分の状態を確認した。
身体中が痛い。
でもまだ動けないことはない。
しかし、今イグニッションを全力で使ってしまった。
最後の攻撃のための力を残しておきたい。
俺はイグニッションを止めた。
残りの時間はイグニッション無しだ。
勇だってできている。
俺にもできるはずだ。




