105、意地
蝶を撃破した僕はそのまま地面に叩きつけられた。
全身に激痛が走る。
このまま目を瞑りたい。
そんな衝動に駆られたが、必死に体を起こして姫乃先輩を見る。
姫乃先輩は地面に倒れていた。
僕はまだ完全に痺れが解消されていない体で立ち上がり、姫乃先輩の元に向かった。
姫乃先輩は体のあちらこちらに傷を負っていたが、致命傷になるような傷は無さそうだった。
しかし、骨折などしているかもしれない。
「姫乃先輩」
僕は姫乃先輩に声をかけた。
「勇くん。。。」
姫乃先輩は弱々しく返事をした。意識はあるようだ。
「大丈夫ですか?」
「何とか大丈夫かな。身体中が痛いけど。。。」
僕は姫乃先輩を仰向けに寝かせたまま、傷薬を塗ってあげた。
どれだけ効果があるのかわからないけれど、無いよりはましだと思った。
「姫乃先輩。どうしてあそこまで、、、」
「意地、、、かな。ズルい女の意地」
僕には姫乃先輩の言っている意味がわからなかった。
「勇くん。ありがとう」
少し落ち着いてきて、姫乃先輩はお礼を言った。
体の傷は多いが、なんとか大丈夫そうだ。
「今回は勇くんにいっぱい助けてもらったね」
「いえ。僕は姫乃先輩を守ると決めましたから。まだ、実力不足ですが。。。」
「そんなことはないよ。すっごく頼もしかったよ」
と姫乃先輩はとびっきりの笑顔で言った。
「こっ、これからもっ、がっ、がんばります」
僕は顔を真っ赤にして言った。
少し休憩をした後に、精霊石のところに行った。
姫乃先輩は右足を引きずっている。斬撃を受けたところが痛むのだろう。
精霊石は壁に埋め込まれていた。
「外しますね」
「うん」
僕は精霊石を掴み壁から取り出した。
固定されている訳ではなかったので、簡単に外す事ができた。
「これが精霊石」
僕は精霊石を手に取って見つめた。
透き通るような不思議な輝きを放つ宝石だった。
「戻りましょうか」
「うん」
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ
洞窟が揺れた。
「何が起きたんだ」
まさか精霊石を外したから?
揺れは治まるどころかどんどん大きくなる。
そして、僕たちが立っている地面が崩れた。
「わぁぁぁ」
僕と姫乃先輩は崩れた地面の瓦礫と一緒に落下した。
姫乃先輩が糸を出してクッションを作ってくれたので、地面に叩きつけられることは無かったが、10mくらいは落ちたであろうか。
洞窟の揺れは治っている。
暗くてよくわからないが、見渡すとかなり広そうな空間が広がっていた。
「ライトボール」
姫乃先輩が光を放ち、周りが見えるようになる。
「なっ。。。」
僕たちの周りを魔獣が取り囲んでいた。
魔獣の巣なのだろうか、魔獣の数はかなりのものだ。
100体以上は間違いなくいるだろう。
魔獣たちもいきなり現れた僕たちに戸惑っているようだが、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。
ただでさえ姫乃先輩も僕もまともに戦える状態ではない。
「勇くん。逃げて。勇くんが逃げ切るまでは、私が抑えるから」
と姫乃先輩は言って、右足を引き摺りながら前に出た。
自分が走れないから、足手まといになってしまうから。
そう思っての事だろう。
タッ
僕は姫乃先輩の前にでた。
「勇くん、、、」
「姫乃先輩。僕は1人では逃げません。あなたを守るって決めたのですから」
「でもこのままじゃ2人とも、、、」
「方法はわかりません。でも諦めません。方法は戦いながら考えましょう」
「勇くん、、、なんで、、、」
「意地ですよ」
と僕は笑みを作って答えた。
姫乃先輩の顔つきが変わった。
「勇くんの言うとおり最後まで諦めるべきじゃないね」
と言って姫乃先輩は僕の横に立った。
「あとひと踏ん張り頑張ろう」
「はい!」
僕は月刀に力を流し込み、月刀は青白い光を纏う。
姫乃先輩は足の怪我があるので動き回れない。
姫乃先輩の周りを僕が動き回りながら守るしかない。
魔獣が一斉に動き出した。
近づいてきた魔獣を次々に僕は斬り倒す。
姫乃先輩は糸を放ち、複数体を一度に串刺しにした。
魔獣の返り血を浴びて、僕は真っ赤に染まっていくが、そんな事は気にしていられない。
疲労の溜まった体に鞭を打ちながら、次々と魔獣を切り倒していく。
魔獣の数が多く休む暇はない。
姫乃先輩も休む暇は無く、糸を放ち続けている。
20体、30体、どれだけの魔獣を斬り倒しただろうか。
それでも押し寄せてくる魔獣の数は減らない。
また10体、20体と魔獣を斬り倒す。
魔獣はひっきりなしに襲ってくる。
僕は無我夢中で魔獣を斬り倒していった。
流れる汗が冷たくなってきたように感じる。
歯を食いしばりすぎて、口から流れた血も固まり出している。
月刀を振るう腕が上がらなくなってきた。
月刀を握る手の感覚はすでに無く、自分が月刀を握っているかどうかもわからない。
それでも休むことはできない。
僕は魔獣を突き殺す。
月刀を振ることはできなくても、突くことはまだできる。
これだけの魔獣を斬った後でも、月刀の切れ味は全く落ちなかった。
魔獣の爪が肩を掠めた。
肩に痛みが走るが、構わずに魔獣を突き殺す。
すぐに魔獣から月刀を引き抜いて、近づいてきた魔獣に突き刺した。
もう何体倒したのかわからない。
姫乃先輩も糸の数が減ってきている。
このままでは押し切られる。
しかし、打開策は思いつかない。
僕が魔獣の血で足を滑らせて尻餅をついた。
その隙に魔獣が飛び掛かってくる。
僕は左手を出した。
左手を捨てて魔獣が左手を噛み砕いている隙に、突き殺そうとしたのだ。
その時、飛び掛かってきた魔獣を糸が突き刺して、魔獣は生き絶えた。
姫乃先輩が助けてくれたのかと思い、後ろを振り向こうとした時、
ドンッ
と背中に衝撃があった。
僕を助けたその隙に魔獣が姫乃先輩を突き飛ばして、姫乃先輩が僕の背中にぶつかったのだ。
2人ともすぐに立ち上がるが、気がつくと魔獣が取り囲んでいた。
気持ちが折れそうになった。
もう月刀を持ち上げる気力も底をついた。
ここまでなのか。。。
そう思った時だった。
「諦めたらそこで試合終了だよ」




