100、薄緑の光
「絶対に逃げるのよ」
リムは鬼気迫る表情で、逃げる事の念を押した。
「おやおや嫌われたものですねえ。でもご安心ください。そう簡単には逃しませんよ」
と安倍晴明が笑みを浮かべながら言うと、再び僕の目の前に黒い穴ができて僕を飲み込もうとした。
僕は咄嗟にバックステップを取って飲み込まれるのを回避した。
いきなり何の予兆もなく現れる穴だが、意識を集中していればかわすことはできる。
「勇くん!リムちゃんの言うとおり逃げよう」
と姫乃先輩は言うと、
「走るよ!」
と言って廊下へ出る扉へ走りだした。
「ンフフフ」
と安倍晴明は余裕の笑みを浮かべている。
廊下に出る扉を通ろうとした時、いきなり目の前に穴ができた。
このまま突っ込めば穴の餌食だし、扉を通らないと部屋から出られない。
しかし、
「それは何となく予想していた!」
と僕は言って月刀に力を流した。
「月刀!」
月刀が青白い光を纏う。
僕は月刀で壁を切り、廊下に出るスペースを作る。
そのまま3人は廊下に飛びだして、今度は城の出口を目指す。
「ンフフフ」
と後ろから安倍晴明の笑い声が聞こえる。
僕たちは廊下を全力で走る。
穴が急に現れて、僕たちを飲み込もうとするが、何とか回避には成功している。
だが、一度でも間違えば致命的な状況だ。
この状況を維持していくのは長くは持たない。
何とか打開策を考えなくてはいけない。
ようやく城を出て、街に入った。
相変わらず穴が僕たちを飲み込もうとする状況は続いている。
安倍晴明の姿は確認できていないが、僕たちをどこかで見ている事は間違いない。
「街の外を目指そう」
と姫乃先輩は街の外に出るべく走り出す。
僕も息が切れてきているものの、姫乃先輩に続いていく。
リムはもう走る事ができなくなっていて、僕に抱えられている。
「くっそぉ。もっと体力をつけておけばよかったー」
「勇。リムの命がかかっているのよ。頑張るのよー」
と抱えられているリムから激励が飛ぶ。
街の出口が見えてきたところで、目の前に穴が現れた。
僕は左に飛んで穴をかわす。
そのまま走り出そうとした時に、
「ンフフフ。頑張りますなぁ」
と声が聞こえた。
気がつくと街を出る門の前に安倍晴明が立っていた。
「いつの間に。。。」
安倍晴明は余裕の笑みを浮かべて、僕たちを弄んでいるように見える。
おそらくちょっと本気を出せば、僕たちを殺すことなんて訳ないのだろう。
このままではいつかはやられてしまう。
早く逃げる方法を探さないと。
僕は周りを見渡す。
街の出口の真ん中には安倍晴明が立っているが、門の上から街の外に出る方法もある。
幸いな事に門の上に上がる階段は見えていた。
姫乃先輩も階段は確認していて、僕と目が合った。
アイコンタクトで、階段を目指すことを確認する。
最初に僕は安倍晴明に向かって走り出す。
すると目の前に穴が現れて僕を飲み込もうとした。
僕は90度方向を変えて階段を目指した。
その隙に姫乃先輩はすでに階段近くまで走っている。
このまま階段を一気に駆け上って外に飛びすつもりだ。
姫乃先輩はすでに階段を半分以上登っている。
安倍晴明は僕たちの行動に思考がついてきていないのか、門の真ん中にたったままだ。
姫乃先輩が階段を登り切った。
このまま外に!と思った時、姫乃先輩は階段を登り切ったところで立ち止まった。
「姫乃先輩!」
僕は立ち止まっている姫乃先輩に声を掛ける。
「勇くん。だめだよ。ここからは逃げられない」
僕も階段を登り切って門の外を見る。
門の外は一面真っ暗な壁で覆われていて、それより先に行く隙間は無かった。
「ンフフフフフフ」
安倍晴明の上機嫌な笑いが聞こえる。
「簡単には逃しませんよと言ったでしょう。この空間は某の結界で隔離させていただきました。ここを出るには結界を破るか、某を倒すしかないですよ。ンフフフ」
安倍晴明は余裕の笑みを浮かべながら言う。
戦うか、逃げ道を切り開くかの2択か。。。安倍晴明との力の差は歴然だ。しかし、結界を破る事もかなり難しそうだ。
「リム。月刀で結界を破ることはできるか?」
「月刀の力を持ってすれば可能なのよ。でも、、、今の勇ではそこまで月刀の力を引き出す事は難しいのよ」
ぐぐぐ。
月刀を握る手に力が入る。
どれだけ、、、どれだけ自分の力の足りなさを痛感すればいいのだろう。
いつもそうだ。
自分の力がもっとあれば乗り越えられた局面ばかりだ。
僕は月刀に力を流した。
加減はせずに全力だ。月刀に力が伝わり、月刀がほのかに青白い光を纏う。
もっと、、、もっとだ。
全力で力を流すが、月刀の光はわずかに強くなるだけだった。
「勇。それじゃあ無理なのよ」
「クソッ」
僕はヤケクソで結界に向かって月刀を振るった。
月刀を振る直前、月刀が纏う青白い光が薄い緑色に変わった気がした。
ジャギッ
と音がして今までに無いほどに重い手応えを感じた。
切った先を見ると結界がわずかに切り裂かれていた。
ふと月刀を見ると、光は薄い緑色になっていた。
薄緑の光を纏う月刀からは、今まで以上の力を感じる。
それと引き換えに僕のエネルギーの消費量も多くなっているように感じた。
ただ、結界の傷は本当にわずかで、これでは結界を切り裂くために何度切りつければいいかわからない。
しかし、
「なっ」
「なっなのよ」
と安倍晴明とリムは一瞬驚いた様子を見せた。
わずかに切り裂かれた結界はすぐさま修復された。
これでは切り開く前に修復されてしまう。
「勇!これで無理なのがわかったのよ。すぐに戻ってくるのよ」
とリムが慌てたそぶりで言う。
「ンフフフ。某の結界に傷を付けるとは、良い刀をお持ちですね」
と言うと、急に安倍晴明の雰囲気が変わった。
「いずれは厄介な存在に成長するかもしれませんので、その刀諸共、消えてもらいましょうか」
と右の掌を上に向ける。
すると掌からドス黒い魔力が放出された。
「某の闇の力で息絶えてください」
「まずいのよ。勇!姫乃!すぐにリムの体を掴むのよ」
とリムが言った。
僕と姫乃先輩は慌てて、リムの腕を掴む。
「闇の波動」
と発声と共に安倍晴明は掌をこちらに向けた。
掌に溜まっていたドス黒い魔力が一気に解き放たれる。
それは真っ黒な光を放ち一直線に僕たちを飲み込もうとする。
「月魔法 ムーンエスケープ!」
とリムが魔法を唱えた。
リムを中心に僕と姫乃先輩が光に包まれる。
黒い光の柱に飲み込まれる寸前に、3人の姿が消えた。
黒い光は3人を飲み込む事はなく、先にある結界に直撃した。
「ンフフフ。逃げられてしまいましたか」
「まぁいいでしょう。某はこのまま腹休めといたしましょうか」




