最終話…小さな幸せ
勝敗は決した。
いかに魔界最強の魔王といえど隻腕で勇者に勝てるはずもない。
勇者は油断なく聖剣を魔王に突き付け、聖女は左腕を折られた戦士に駆け寄り応急手当てをする。
魔王は切り落とされた左腕を無表情に見た。
そして傷口を固く縛り止血すると再び戦いの構えを取った。
「お前に勝ち目は無い、降伏しろ魔王!!」
勇者の降伏勧告。
魔王とて分かっているだろう。
自分の敗北を理解していただろう。
それでも魔王が止まる事は無い。
ゆっくり、だが確実に歩を進め勇者に迫る。
「何故だ魔王?!
魔族に、魔界に、人間界に侵攻する理由など無かったはずだ!!
2つの世界は!2つの種族は!共存できたはずだ!!」
勇者の問いかけに魔王はドス黒い怒りを込めた声で答えた。
「我が妻を!我が子を!奪った貴様ら人間が何故と問うかっ!!!!」
「何っ?」
魔王の怒りと憎しみ。
その理由を魔王は語る。
「今から二十年前、貴様ら人間は魔界から、我が妻と娘を拐った!
何故と問うたな勇者!
ならば答えよ!
何故、我が妻と娘を拐った?!
何故、我が愛する家族を奪った?!
お前たち人間が行った蛮行の理由はなんだっ?!」
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二十年前。
魔界に人間の商人を名乗る者が訪れた。
魔界には無い様々な物を商う商人は、やがて魔王城にも出入りするようになった。
魔王も魔王妃も人間の商人が悪意を持って近づいた事に気づかなかった。
気づいた時には全てが遅かった。
魔王妃と産まれて間もない魔王女は拐われ人間界に連れ去られた。
そして、魔王の必死の捜索にも関わらず2人を見つける事は出来なかった。
家族を、愛する者を奪われた。
その怒りと憎しみこそが魔王の人間界侵攻の原動力であった。
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魔王は歩を進める。
勝てぬと分かっていながら、失った家族のために、愛する者のために歩を進める。
その脚が何かに触れた。
無意識に足元を見た魔王の顔が驚愕に歪む。
それは小さなロケットペンダント。
魔王の拳圧で鎖が千切れ、蓋が壊れ開いた戦士プギアのロケットペンダント。
その中には肖像画が納められていた。
それは、晴れ着姿の戦士プギアと…
「バカな…」
魔王の小さな呟き。
魔王は震える手でロケットペンダントを拾う。
魔王の眼に映るのは、青い肌の少女。
羊に似た角を持つ少女。
その少女の顔には確かに面影があった。
魔王が愛した妻の面影があった。
そして、彼女の髪飾りは魔王が妻に贈った物に間違いなかった。
「返せ、それは俺の家族の…」
左腕の激痛に耐え戦士プギアは声を上げる。
「この娘は…お前の妻か?」
「そうだ!俺の妻と娘だ!」
強壮なる魔王の眼から涙が零れた。
「こんな事があるのか…
生きていてくれたのか…」
魔王の言葉を三人は静かに聞いていた。
何故、魔王がこのような話を始めたのかを疑問に思いながら聞いていた。
「間違いない…この娘は…我が娘だ…」
ロケットペンダントに写る少女リラを見つめ魔王は断言する。
その言葉に…
「「ええーっ?!!!」」
戦士プギアと勇者ルキウスは驚愕の声を上げた。
「いやいやいや!待て待て待て!それじゃ俺の妻が魔族で娘が半魔族だって言うのか?」
「青い肌の人間とか角が生えた人間とか居ないでしょ」
「妻は同じ村で育った幼なじみだぞ!」
「村の近くで行き倒れていた女性の子供って言ってたでしょ。
つまり村の外から来たんでしょ」
「俺の妻が魔族とか有り得ないだろうが!
出鱈目を言うな魔王ーっ!!」
魔王は肖像画の少女の髪飾りを示す。
「この髪飾りは我が魔王妃に贈った物で間違いない。
この髪飾りを何処で手に入れた?」
「それは妻の母親の形見…」
「だから貴方の奥さんは魔族で魔王の娘なんでしょ」
「さっきから五月蝿いぞ聖女ーっ!!」
「現実を直視しなさいよ」
「黙れ聖女ーっ!ラーメン屋に一人で入れなくて悩んでたくせにー!」
「それ今は関係ないでしょー!」
言い争う戦士と聖女。
魔王は話を続ける。
「我が首を差し出して構わん。
宝物を望むならば、我が私財の全てを差し出そう」
魔王は涙に濡れた眼で肖像画の少女と赤ん坊を見つめる。
二十年もの間、探し続けてきた家族の肖像画。
「それと引き換えに…
一目でいい!娘と孫に会わせてくれ!!」
魔王の必死の懇願。
自らの命も財宝も全て差し出し一目だけでも愛する家族に会いたいという魔王の慟哭。
その魔王の姿を戦士プギアは冷ややか眼で見た。
そして叫んだ!!
「それが人に物を頼む態度か魔王ーっ!!」
「何っ?!」
そして戦士プギアは床を指差した。
「娘と孫に会いたいのだろう?
だったら!俺に土下座して『お願いします』と言ってもらおうか!!」
「何だと…」
魔王の顔が驚愕に歪む。
そして聖女が魔王の気持ちを慮り叫んだ。
「戦士プギア!貴方には人の心という物が無いのーっ!」
「黙れ聖女ーっ!男の娘のくせにー!」
「それ今は関係ないでしょー!」
聖女(?)の絶叫が魔王城に響いた。
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《エピローグ》
勇者により魔王は討伐され人間界に平和がもたらされた。
勇者は魔王を倒した証として魔王の左腕と角を持ち帰り国王に献上。
勇者と共に魔王討伐を成し遂げた聖女(?)は、魔王城で得た魔王の私財の全てを人間界の復興のために差し出し。
その財宝は魔族との戦いで傷ついた多くの人々を救う事になった。
しかし、世界は、まだまだ脅威に満ちている。
「魔王の家族を拐った組織が分かったのか?」
戦士プギアの問いに聖女(?)エメリは報告書を見せる。
「邪神教団『尻尾持つ者たちの教団』なんだコリャ?」
「冥府の底に封印された邪悪な女神を復活させるのを目的とする邪教よ」
「はあ?そんな邪神が実在するのか?」
「さあ?少なくとも国教神殿の教典には、そんな邪神の記述は無いわ」
「そんな連中が何で魔王の家族を?」
「この邪神教団は世界が滅ぶと女神が復活するとか信じてるみたいなのよ。
魔族と人間を戦わせて世界を滅ぼすとか、そんな理由で魔王の家族を拐ったらしいわ」
「全く理解出来ないな、世界が滅んだら自分たちも死ぬだろうが」
「私に聞かないでよ。
そもそも、この手の狂信者を理解しようとするのが間違いなのよ。
理解しようとすれば、こっちの頭がおかしくなるわ」
「まったく…何なんだよ」
報告書には邪神教団の本拠地と目される地下神殿は、勇者率いる騎士団と神官戦士団によって壊滅したとある。
世界は、また少しだけ平和に近づいたらしい。
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「ぷぎゃぁ~ぷぎゃぁ~」
赤ん坊の泣き声が部屋に響いた。
台所で火を使って料理中だった赤ん坊の母親は、自分の父に声をかける。
「私は手を離せないの、お父さんリリスをお願い」
「ああ」
隻腕の祖父は残った右腕で孫娘を抱いてあやす。
「よしよしリリス」
「ぷぎゃぷぎゃ」
祖父の腕の中で笑顔になった孫。
世界は、まだまだ多くの悲しみに彩られている。
それでも、ここに小さな家族の小さな幸せがあった。
かつて魔王と呼ばれた漢は、孫娘の笑顔に目を細めて微笑んだ。
『完』
これにて完結となります。
読んでいただきまして感謝いたします。