第3話…二人
雨が降ってきた。
青い肌と羊に似た角を持つ少女リラは干していた洗濯物を取り込む。
さっきまで晴れていた空は、一瞬で暗く黒い雲に覆われ激しい雨が地面を濡らす。
リラは、ふと思い出す。
彼女が育った村の大人たちから聞いた話を。
こんな激しい雨の日にリラは行き倒れた母親に抱かれて村外れの道端で泣いていたのだと。
外界と隔離された陸の孤島と呼べそうな辺鄙な村。
村の人々は、自分たちと肌の色が違い、角の生えたリラを受け入れ育ててくれた。
村の人々の大半は村の外に出た事は無く、ただ情報として村の外に住む人には肌や髪の色が村人とは違う人種が居るとだけ知っており、外の人たちは角が生えてるのも珍しくないと思っていた。
そんな認識であったそうだ。
リラは村で普通に育てられ、普通に成長し、普通に恋をした。
そして、今は普通に想い人と結婚して、普通に子供を授かった。
リラは宝石が散りばめられた髪飾りに触れる。
リラの母親が残した形見の髪飾り。
村の誰も高価そうな髪飾りを売って金にしようとか、自分の物にしようなど考えもせずに大きくなったリラに母親の形見として渡してくれた物。
リラは見た事の無い母親に想いをはせる。
自分を最後まで抱き締め守って逝った母親。
自分も同じように子供を…家族を守れる母親になれるだろうか?
リラは暗い空を見上げ、遠くで世界を…そして家族を守るために戦っているだろう夫に想いをはせた。
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「竜急行運輸で~す!聖女エメリさんですね~?お荷物受け取りのサインをお願いしま~す!」
銀色の髪に狐耳と六本の狐尻尾を持つ獣人の美少女が羽根ペンと羊皮紙を差し出す。
彼女の足元には大きな袋。
聖女エメリは、その袋が毒に犯された女忍者アキカゼを運ぶために使った袋だと気づく。
袋の中身は一体何なのか?
「またのご利用お待ちしていま~す!」
狐系獣人の少女は一礼して立ち去り、魔王の拳を受けた勇者が聖女の側まで吹き飛ばされた。
勇者の鎧が伝説の聖なる鎧でなければ即死しても不思議ない一撃。
倒れた勇者ルキウスは聖女と彼女の足元の袋を見た。
勇者の視線の先、人でも入りそうは大きな袋が内側から弾けるように開き何かが跳び出てくる。
「久しぶりだなーっ!!勇者ーっ!!」
「戦士プギア?!何故、君がっ?!」
「貴様に復讐しに来たに決まっているだろう勇者ーっ!!」
「バカなっ!!君の復讐は終わったんじゃなかったのか?」
「俺の怒りがぁ!!あの程度で治まると思うな勇者ーっ!!
俺が貴様から魔王討伐の手柄を奪ってやるーっ!!」
「な…なんだと…」
「ふははは!勇者ーっ!
貴様は今まで魔王討伐のためと言って王侯貴族から大商人、民衆にいたるまで協力を仰いできたなーっ!!
皆が貴様に協力したのは魔王を討伐できるのが貴様だけだと思っていたからだ!
だが!!
貴様ではなく俺が魔王を討伐したならどうなると思うーっ!?」
「それは…」
「貴様は魔王討伐を口実に皆を騙した最低な奴として皆から蔑まれる事になるだろうさーっ!!」
苦渋の表情の勇者。
嘲笑する戦士。
聖女は勇者を庇い、声を上げた。
「戦士プギア!本当の貴方を思い出して!貴方は本当は正義感に溢れた人のはずよ!!」
その聖女の言葉に戦士プギアは怒声を上げる。
「黙れ聖女ーっ!!ピーマンが食べられないくせにー!!」
「それ今は関係ないでしょー!!」
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人から人へと荷物を運ぶ竜急行運輸。
その規約で武器の運搬は出来ない。
それ故に戦士プギアは武器を持たず鎧も身につけていない。
いきなり現れた戦士プギアを警戒したのか?
それとも勇者ルキウスと戦士プギアの言い争いに面食らったのか?
一瞬、動きを止めていた魔王が拳を握り締め突進してくる。
「聖女ーっ!お前の武器を貸せーっ!!」
「はっ…はい!!」
聖女の鎚矛と小盾を奪うように受け取り戦士プギアは構える。
しかし鎧はどうにもならない。
戦士プギアの服装は厚手の布で作られた丈夫な服ではあるが防御力など皆無。
魔王の拳をマトモに喰らえば肉は爆ぜ骨は砕けるだろう。
そんな事は百も承知だっただろう。
武器や盾は借りれても鎧はどうにもならない事など最初から解っていただろう。
安全な王都で妻と子供と暮らす事を選択する方が賢いなど解っていただろう。
それでも戦士は来た。
彼が来た理由など簡単であった。
「全ては貴様への復讐のためだ勇者ーっ!!」
「そんなに僕が憎いのかーっ!!」
「当然だーっ!!」
迫りくる魔王。
身長2メートルの鍛え上げられた肉体と無双の技を持つ偉丈夫。
その迫力に聖女は自分の股間が濡れている事を自覚した。
しかし…
聖女の前に立つ二人は違っていた。
解っているはずだ。
勇者は解っているはずだ。
魔王は自分より強いと、聖女の魔法による支援が尽きた今、勝ち目など無いと。
戦士は解っているはずだ。
本来の武器も防具も無く、借り物の武装では実力を発揮出来ないと。
それでも…
二人は不敵な笑みを浮かべた。
故郷の村を出てから共に戦ってきた。
コイツとなら、どんな強敵にも勝てるという絶対の確信。
それが二人に笑みを浮かべさせる。
二人の漢は、同時に走り出した。
言葉も視線を送る事すら必要ない。
今、隣に居る漢が、どう動くかなど解りきっているのだから!!
「腕は鈍ってないだろうなプギアーッ!」
「お前こそ脚が震えているぞルキウスーッ!!」
二人は同時に咆哮した!!
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魔王は勇者より強い。
それは間違いない事実だった。
1対1で戦うならば勇者に勝ち目など無かった。
戦士の技量は、魔王の足元にも及ばない。
神に選ばれなかった非才の身が、どれだけの研鑽を重ねても遥か高みには至れない。
戦士が1対1で魔王と戦えば、まさに鎧袖一触で地に沈むだろう。
もしも、勇者と戦士の戦闘力を数字として表せるならば、その数値は魔王の戦闘力の数値に及ばないだろう。
だが…
「ぬ…ぬう…」
魔王の声に焦りが滲む。
勇者と戦士、協力して戦う二人の力は単純な足し算では無い。
単独ならば魔王に届かずとも二人ならば、その力は魔王にも届くのだ!!
「煩わしい!!」
戦士の牽制するだけの弱い打撃。
しかし、マトモに受ければ魔王の動きは瞬間なれど確実に精細を欠く事になる。
その瞬間を逃さず迫るのは魔王の鍛えぬいた肉体すら切り裂く聖剣の一撃。
戦士の攻撃に対処すれば、その一瞬の隙に勇者の聖剣は振られる。
逆に魔王が勇者に集中しようとすれば、防御を捨てた戦士の強打が襲ってくる。
まるで1人の人間が左右の腕を振るうような完璧な連携が魔王を追い詰めていく。
それでも…
それでも魔王は、魔界最強の漢だった。
そして、その心には決して揺るがぬ怒りがあった。
致命となる傷は無くとも魔王の全身には無数の斬撃と打撃の傷痕が刻まれる。
それでも…
それでも魔王が止まる事は無い。
その脳裏に浮かぶのは人間によって奪われたモノ。
その怒りが魔王が止まる事を許さない。
「強すぎます…」
魔力は尽き、武器も無く、見ている事しか出来ない聖女の呟き。
勇者も戦士も無限に体力があるわけでは無い。
魔王という圧倒的強者との戦いは二人の体力を容赦なく削る。
特に戦士の疲労は大きかっただろう。
考えてみれば当たり前の話だ。
強力無比の魔王の拳を前に、鎧すら無く身を晒すなど、肉体的にも精神的にも極限状態の集中を維持しなければ一撃で即死しかねないのだから。
疲労で肩で息をする戦士。
もはや全力で戦える時間は少ないと戦士は自覚していた。
だから彼は叫んだ。
「勇者ーっ!!」
それ以上の言葉は必要ない。
それで全ては伝わった。
そして、戦士は走り出す。
戦士を迎撃するのは、無双の拳。
その身に受ければ即死する打撃。
避けるべきだ。
大きく身を躱すべきだ。
戦士の本能が、そう叫ぶ。
死の恐怖が戦士の脳裏を掠める。
それを無視して戦士は左手の小盾を突き出した。
魔王の右拳は一撃で、盾を砕いた。
いや盾だけでは無い。
盾を握っていた戦士の左腕の骨、それが折れ、折れた骨の肉を貫き外に飛び出す。
激しい血飛沫を上げる左腕。
激痛が戦士の身体を硬直させ、振り上げた鎚矛も止まる。
その瞬間に魔王の左拳が戦士の身体目掛けて下から打ち上げられる。
直撃すれば即死するだろう左拳。
濃密な死の気配。
死神が背中に張り付くような感覚。
それでも戦士は微笑んだ。
魔王の左拳が拳圧だけで戦士の服を切り裂き…
戦士が首からかけていたロケットペンダントの鎖を引きちぎり…
拳は戦士の顎に迫る。
微笑む戦士に、それは見えていない。
それでも戦士は確信していた。
「これで終わりだっ!!魔王ーっ!!」
戦士は、魔王が自分の左腕を砕いた一瞬の隙を勇者が決して逃さないと確信していた!!
まさに戦士の顎に魔王の拳が触れる瞬間に、勇者の聖剣は魔王の左腕を斬り落としていた!!