第1話…追放された戦士は勇者を絶対許さない
「戦士プギア!君をパーティーから追放する!」
他に客がいない時間帯の酒場に勇者ルキウスの声が響き渡った。
「俺を追放だと?!何故だ勇者ーっ!!」
追放される覚えが無いと思っている戦士プギアは怒りの声を上げる。
そんな戦士プギアより眼を反らし勇者ルキウスは酒場の入り口から不安そうに中を覗き見る少女を見た。
新しい命が宿った大きなお腹を抱えた少女。
ルキウスの視線に気づいたプギアも酒場の入り口に眼を向け苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
彼女は戦士プギアの幼なじみで恋人の少女リラ。
若い二人が肉体関係を持ち、結果リラの身体に新しい命が宿ったのは自然な事だっただろう。
「勇者ーっ!!故郷の村を出てから一緒に戦ってきた俺を本気で追放するつもりかっ?」
そう叫びテーブルを叩く戦士プギアの前に勇者ルキウスは無表情で大きな袋と一枚の羊皮紙を置いた。
袋の口を縛る紐が緩かったのか、袋は開き三年は遊んで暮らせそうな量の金貨がこぼれる。
そして羊皮紙に書かれている内容は王都で最大規模の商人ギルド『マシロン商会』の護衛隊への紹介状だった。
勇者の隣に座る聖女エメリがウェヒヒヒと慈悲深い笑みを浮かべ戦士プギアに優しく声をかける。
「貴方が守るべきは恋人とお腹の子供でしょう。
危険な魔王討伐の旅からは足を洗って、彼女と新しい人生を歩むべきよ」
「黙れ聖女ーっ!!クマさんプリントのパンツを履いてるくせにーっ!!」
「それ今は関係ないでしょー!!」
戦士プギアが何を言おうと勇者ルキウスの決定が覆る事は無かった。
聖女エメリを始め、他の仲間たちにも戦士プギアを擁護する者は一人も居なかったのだった。
どうあっても自分の追放が覆らないと知った戦士プギアは憎しみに満ちた眼を勇者ルキウスに向けた。
そして金貨の袋と紹介状を乱暴に掴み叫んだ。
「この屈辱は絶対に忘れんぞ勇者ーっ!!
必ず!必ず貴様に復讐してやるーっ!!」
そして戦士プギアは酒場の入り口から泣きそうな顔で成り行きを見守っていた青い肌の美少女リラの羊の物に似た大きな角が生えた頭を優しくポンポンと叩き、その肩を抱いて立ち去っていった。
その胸に勇者へのドス黒い怒りを煮えたぎらせながら…
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「んほぉぉぉーっ!!」
勇者ルキウスのパーティーメンバーの一人、剣と魔法を自在に操る魔法戦士・森妖精の姫騎士シルヴァンの悲鳴が響いた。
敵は魔王軍大幹部・猪鬼王。
魔王軍大幹部の銘に恥じない、その剛棒の一撃の前に森妖精の姫騎士は倒れた。
しかし…
「これで終わりだーっ!!」
姫騎士シルヴァンへの攻撃により産まれた一瞬の隙に勇者ルキウスの聖剣が猪鬼王の首を撥ね飛ばした。
「シルヴァンはっ?」
仲間の身を案じる勇者ルキウスに治癒魔法の使い手である聖女エメリは首を横に振る。
森妖精の姫騎士は、一命は取り留めた。
しかし、もはや魔王討伐の旅を続けるのは不可能だろう深手であった。
共に戦ってきた仲間の脱落に勇者パーティーの表情は曇る。
だが悪い事ばかりでも無かった。
猪鬼王の居室の中を調べていた女忍者アキカゼが数枚の羊皮紙を見つけてきたからだ。
「勇者、これを見て」
「これは?」
勇者は長年探してきた物の位置を知った。
「魔界の入り口はトナン大陸にあるだと?!」
魔王の住むという魔界への道は大海は挟んだ先にあると勇者は知った。
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王都は神々の加護が最も強い地に造られた。
それ故に魔王が世界中に放った魔物たちも王都近郊に近寄る物は少ない。
比較的安全な王都には各地から避難してきた人々が集まり、それらの人々のための集合住宅が多数建築されていた。
そんな集合住宅の中でも王都有数の規模を持つ商人ギルド『マシロン商会』の従業員用の物は居住スペースも広く外観も綺麗な物だった。
その集合住宅の一室で青い肌と側頭部に羊に似た角を持つ少女リラは産まれ間もない娘をあやしていた。
娘の肌の色は父親のプギアに似た色だが側頭部にはリラの物と似た小さな角が生えている。
王都に来てから直ぐにリラと結婚した夫のプギアは、勇者から渡された紹介状で商人ギルド『マシロン商会』の護衛隊に就職。
勇者と共に魔王討伐の最前線で戦い続けた圧倒的技量でギルドの幹部たちからの信頼を勝ち得ているようだ。
プギアは良い夫である良い父であると言えた。
しかし、その心には常にドス黒い怒りと憎しみがある事にリラは気づいていた。
勇者ルキウスと戦士プギアは同じ村で産まれ育った。
陸の孤島とでも呼べそうな外界との交流が少ない辺鄙な村。
子供の頃から競いあって剣技を磨いていた二人。
しかし、その才能には圧倒的開きがあった。
神に選ばれた者と選ばれ無かった者。
結局は、その差なのだろう。
血の滲むような努力を繰り返しても戦士プギアの技量は勇者ルキウスの足元にも及ばない。
それでも諦めずに勇者ルキウスの背を追い続けた戦士プギアは、魔王討伐の旅にも同行し戦い続けた。
そして…その結末は勇者パーティーからの追放だったのだ。
勇者ルキウスへの怒りと憎しみを抱えた夫は、王都の貴族や有力商人の屋敷に出向き何か企んでいるようだった。
今日も王都に訪れた鉱妖精の族王と面会に行くと言って出掛けていった。
夫の事を心配するリラ。
その思考は扉を叩く音で遮られた。
「身体の調子はどうだい?」
リラたち家族の部屋に訪れたのは、集合住宅の住人たちから女将さんの愛称で呼ばれる半妖精の中年女性。
『マシロン商会』の護衛隊の百人隊長の奥さんで本人も昔は冒険者として活躍していたという女将さんは、人間からも森妖精からも差別される半妖精として若い頃に苦労したとかで、特徴的な外見のリラが他の住人たちから嫌がらせされたりしないかと何かと気遣ってくれていた。
リラは彼女の仲介で他の住人の女性たちと交流が持てていた。
勇者ルキウスと戦士プギアの故郷である辺鄙な村。
その村の近くで行き倒れた母親に抱かれていた赤ん坊だったというリラは本当の母親を知らない。
そんなリラは、目の前の半妖精を見て、母親とは、こんな風なのだろうかと考えた。
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戦士プギアをパーティーより追放してから一年余り、勇者一行は港街ハイキヨを訪れていた。
ここより船で大海を渡り魔界の入り口があるというトナン大陸を向かわなくてはならない。
だが…
港街には活気はなく大通りにすら人影は疎らだった。
王国でも最大の港街でトナン大陸との交易で栄える街との事前情報とは真逆の様子。
勇者ルキウス一行はトナン大陸に向かう船を得るために商船を扱う商会を訪ねたのだが。
「船が無い?この街はトナン大陸との交易が盛んという話では無いのですか?」
商会の商人は港に勇者たちを案内しつつ街の状況を説明した。
「実は街の近海に恐ろしい魔物が住み着き、街から出る船も街へと訪れる船も全て沈められてしまうのです」
案内された港には大陸間航行が出来る大型船は一隻も無く、魔物により大きな被害を受けていた。
「僕たちは何としてもトナン大陸に行かなくてならないんです。
新しい船を造る事は出来ませんか?」
そう問う勇者に商人は悲しく首を横に振る。
「大陸間を行き来できる大型船を建造するには莫大な費用がかかりますし、なにより不眠不休で建造しても最低一年はかかります」
「一年…」
魔王の人間界への侵攻は各地に大きな被害を及ぼしていた。
今から、さらに一年の時を無駄に過ごせば、被害は拡大するだろう。
それに勇者と言っても大型船の建造費用を簡単に出せるわけではない。
国王や貴族、大商人たちを説得し出資して貰わなければならない。
その説得にも時間はかかる。
頭を悩ませる勇者に、さらに商人は絶望的な事実を告げる。
「仮に船を用意出来たとしても、今の御時世では大陸間航行が出来る程の熟練した船乗りを集めるのは難しいですし、何より近海の魔物を倒さなくては出港すら出来ません」
港街近海に魔物が住み着き出入りする船を襲っているのは、トナン大陸へと勇者を渡らせないための魔王の陰謀であろう。
そう考えるなら他の港街も同じような状況に陥っているはずだ。
商人から聞き出した海の魔物は巨大な亀に似た怪物で、硬い甲羅は大型弩や投石機の攻撃でも傷1つ付かないとか。
そんな魔物に襲われては各地の港の被害は大きいだろう。
「船以外で大海を渡る方法は…」
そんな事を考えても妙案など浮かぶはずもなかった。
その時だった。
出入りする船もなく、形骸でしかなかった港の見張り台から声が響いた。
「大変だー!大型船が港に向かってきているぞー!」
その声に勇者一行は水平線に眼を凝らす。
確かに遠くに大型帆船のマストが見えた。
「このままでは、あの船も魔物の餌食に!!」
商人が慌てた声を上げる。
見張り台の上から大型帆船に向かって引き返すように指示する旗が振られるが、全ては遅かった。
「危ない!!」
勇者の叫びも届かない遥か遠くの海上。
海中より巨大な亀に似た魔物が浮かび上がり大型帆船へと襲いかかった。
その大きさは大型帆船の全長にも匹敵し、見るからに分厚い甲羅には矢も投石も効果は無い。
魔物の存在を知らなかったのだろう大型帆船は海の藻屑となるしか無かった。
そのはずだった。
「火薬砲全門装填!射てーっ!!」
港まで聞こえる程の轟音。
鉱妖精の砲術士の命令一下、火薬の爆発力で火と煙と共に打ち出された4発の巨大な鉄球は無敵の防御力を持つ魔物の甲羅を文字通り粉砕した。
まさに規格外の破壊力であった。
港を悩ませ封鎖し続けてきた海の魔物を軽々と倒し大型帆船は進む。
その船体は真新しく新造船である事が見てとれた。
左右の船舷に装備されたのは鉱妖精の技術者たちが完成させたばかりの8門の火薬砲。
最新最強の大型帆船。
その大型帆船が入港し桟橋に接舷する。
海の魔物を倒してくれた大型帆船を港街の人々は歓声を上げて迎え、トナン大陸まで乗せて貰えないかと交渉しようと大型帆船に駆け寄った勇者一行に船より降りてきた男の大声が響いた。
「久しぶりだなぁ勇者ぁーっ!!」
「お前は戦士プギア!?」
「そうだ俺だ!勇者ーっ!!」
思わぬ再会に戸惑いながらも勇者ルキウスは戦士プギアに頼み込んだ。
「この船でトナン大陸まで僕たちを連れて行ってくれ。
トナン大陸に魔界への入り口があると分かったんだ」
だが、その言葉を戦士プギアは鼻で笑った。
「それが人に物を頼む態度か勇者ーっ!!」
「何っ?!」
「俺が貴様との再会を喜ぶとでも思っていたか勇者ーっ!!
何故、俺が此処に来たか解るか勇者ーっ!!
全ては貴様への復讐のためだーっ!!」
「何だと!?」
「ふははは!永かったぞ勇者!!
俺は貴様に復讐する事だけを夢見て王都の各商会に頼み込み大型帆船の建造費を出資して貰い、各地から凄腕の船乗りを集め、さらに鉱妖精の族王を説得して完成したばかりの火薬砲と砲術士を提供してもらった。
何故、俺がここまでしたか分かるか?
全ては貴様に復讐するためだーっ!!」
「お前は、そこまで僕を怨んでいたのかっ?!」
「当然だろう勇者ーっ!!」
そして戦士プギアは地面を指差した。
「トナン大陸まで行きたいのだろう?
だったら!俺に土下座して『お願いします』と言ってもらおうか!!」
戦士プギアの言葉に苦渋の表情を浮かべる勇者ルキウス。
そんな勇者ルキウスの姿を戦士プギアは嘲笑する。
「どうした勇者ーっ?
普段は、力なき民衆のために我が身を捨てる覚悟とか綺麗事を言っていた貴様が、土下座1つ出来ないのかーっ?!
さあ!船が欲しいのだろう?
お前が普段言っていた綺麗事のように民衆のためにプライドくらい捨ててみせたらどうだーっ?!
俺に土下座して『お願いします』と言ってみろ勇者ーっ!!」
勇者ルキウスの顔が紅潮し全身が震えた。
そんな勇者ルキウスを庇い聖女エメリが声を上げた。
「戦士プギア!貴方は、そこまで歪んでしまったの?
昔の貴方は純粋で正義感に溢れていたはずよ!」
「黙れ聖女ーっ!!胸にパッドを入れてるくせにー!!」
「それ今は関係ないでしょー!」
言い争う聖女を勇者が止める。
そして苦悶の表情で覚悟を決め震える両手を地面つき頭を下げた。
「お願いします…戦士プギア…その船で僕たちをトナン大陸におくってくれ…」
その勇者ルキウスの姿を見て戦士プギアは哄笑した。
「いい様だな勇者ーっ!!
貴様のその姿を見たかったよー!!
今どんな気持ちだ?俺に土下座して、どんな気持ちだ?ねえねえ、どんな気持ちだ?」
さんざん勇者を馬鹿にした戦士プギアは大型帆船の所有権を譲渡する旨を記した羊皮紙を道端の野良犬に餌を投げ与えるように勇者の目の前に投げ捨てる。
屈辱に全身を震わせる勇者ルキウスを侮蔑の眼で見下し戦士プギアは…
「ざまぁ!!」
と、叫び立ち去った。
立ち去った…と、思われたのだが…
「ちょっと待ちなさいよ。
彼女と赤ちゃんはどうしたのよ?」
その聖女エメリの質問に戦士プギアは胸元からロケットペンダントを取り出し開けて見せた。
ロケットペンダントの中には魔法で複写した晴れ着姿の戦士プギアと高価そうな髪飾りを着けたドレス姿の妻のリラ、そして側頭部に小さな角が生えた赤ん坊の絵。
「ふーん、子供は母親似ね」
「いや目元は俺にそっくりだろ」
絵の赤ん坊にデレデレの緩んだ笑顔の戦士プギアは、まだ土下座している勇者を鼻で笑い、今度こそ立ち去ったのだった。
こうして長年の友をパーティーから追放した勇者は、『復讐ざまぁ』された。
だが、魔王との戦いは、まだまだこれからであったのだ。