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096 二人の距離は縮まらない

前半、ミュエル視点

後半、エリゼ視点



 ご主人様がお風呂を済ませた後、私も素早く体を洗い浴場を後にした。


 ご主人様の背中を目に焼き付けた訳だが、最悪な私は自分が入浴する際は一人にしてもらった。


 まだ、彼女に全てを晒け出すのは少し恥ずかしい。


 脱衣所へ戻ると、ご主人様は化粧台前に置かれた椅子で待ってくれていた。


 濡れた体と髪の毛を乾かしている私の方をじっと見つめている。


 ……いや、え、ちょっ、ちょっと恥ずかしいんだけど。

 浴場から出て行ってもらってた意味がなくなってる気がするような……。


 とりあえず、一瞬で服を着た。


 ご主人様は少しだけ残念そうな顔したように見えた。

 嬉しいような恥ずかしいような。



「今日は久しぶりにみゅんみゅんと一緒に寝たいな」


「ああ、歓迎する。半月ぶりぐらいか?」


「そうだね……今度は……わたしが甘える番かな」



 甘える、なんて言っておきながら私達はまだそういう仲ではないんだけどな。


 ……ここまで順調に歩んできたのに、二人の距離は縮まらなくなってしまった。


 体を寄せ合っても、手を繋いでも、背中を洗っても、メイドと主人という関係はそれ以上深くならない。


 私が一歩踏み出すべきだろうか。

 そんな考えもあるにはあるが、実行に移せずにいる。


 髪を乾かし終えた私達は、会話を交わしながら広い屋敷の中を歩く。


 二階へ続く階段を手を繋ぎ登っていく。


 月明かりに照らされるバルコニーを横切り廊下を渡る。


 そうして、私の部屋の前に到着した。


 部屋の扉に手を掛けたところで、ご主人様は何かを思い出したように言う。



「あ、ちょっと『えるにゃ』の様子だけ見てくるね。先にベッド入ってて」



 えるにゃ……? 

 そう言葉を発する前に、ご主人様は自分の部屋へと入っていった。


 『えるにゃ』それが何を指す言葉なのかは分からない。


 この屋敷に猫はいないし、ペットも飼っていないはずだけど。


 もしかして、ご主人様は自分の部屋で何かを飼っているんだろうか。


 それなら……私にも見せてくれれば良いのに。


 私はその部屋に一度も足を踏み入れたことがない。

 だから、本当に心当たりが無かった。


 多分、ご主人様が私を招き入れてくれることはないんじゃないかな。

 そう思えるほどに厳重に保護されている部屋だから。


 ご主人様は単にドアノブを捻っているように見えるけど、その一瞬の間に何か暗号を呟いている。


 それが、部屋へ入る鍵だった。

 言葉を発することで解除される結界だろうな。


 正直、その部屋の内側に何があるのか興味がない訳じゃない。

 だけど、無理に侵入しようとも思わない。


 ……。


 私は言われた通りに自室へ入り、就寝前のストレッチなどを済ませてベッドに入る。


 窓から見える星空はこんな日でも綺麗だった。



「そんなに綺麗なら、ちょっとぐらい闇を晴らしてくれれば良いのに」



 果てしなく遠い天体に愚痴ると、カーテンを閉めて外界からの光を閉ざした。


 うぅ……寝そう。


 風呂場での緊張が解けてから、ずっと意識がふわふわしている。


 睡魔に襲われ始めてから数分後、ベッドの中に何かが入ってきた。


 訳も分からずに、反射でそれを抱きしめる。



「うっ、みゅんみゅんっ……窒息しそう」



 意識はすぐに覚醒した。


 閉じかけていた瞼を全開にさせて布団の中を見る。


 声の主は私の胸に押しつぶされて息が絶える寸前だった。



「わああああああっ!? す、すまない!!」


「あやうく死因がメイドの胸になるとこだった」


「うぅ、ごめんなさい……」


「ふふっ、全然気にしてないよ」



 少女は優しく笑う。


 いつも通りのご主人様に見える。


 でも、きっと明るく振る舞っているだけだろう。


 何ヶ月も一緒に生活していれば、彼女が他人に心配をさせたくない人間だなんて嫌でも理解してしまう。


 私は、それに対してどう対応すればいいのか未だに解を出せていない。


 叱ればいいのか、受け入れればいいのか。


 どちらがご主人様のためになるのか分からない私は、後者を選びがちだった。

 彼女の意思を尊重するなら、それが良いと思ったから。


 ご主人様は私の顔を見上げながら寝ている。


 可愛いというよりは、どこかかっこいい顔立ちに感じられる。

 可愛いことに違いはないけど。



「えるにゃっていうのは?」


「えっと、ぬいぐるみの名前だよ。猫のぬいぐるみ。

 とっても可愛いから今度見せてあげるね」



 ぬいぐるみの名前だったか。

 一つ疑問が晴れたな。


 わざわざ様子を見に部屋に戻る程に大事に扱っているのは、とても素敵なことだ。



「ああ、頼む。そういう可愛いの……好きだから」


「ふふっ、知ってる。きっと気にいるよ、すっごく可愛くてわたしのお宝なんだ」


「それは楽しみだ。

 そう言えば、私も昔猫のぬいぐるみを持っていたな。

 大切にしてたけど騎士になる時に捨てられちゃったんだ。

 ……なんとかして守り抜けばよかった」



 まだ幼い頃の記憶。


 すごく大事にしていた白い猫のぬいぐるみ。


 騎士を目指す過程で、らしくないからと私の意思を無視して捨てられたんだっけ。


 ……。


 ……眠い。


 ご主人様より先に眠ってしまうのだけは……避けないと……。



「ごめんね。悲しいこと思い出させちゃった」


「少しだけ……悲しいけど……今は……ご主人様がいるから…………」


「……あ、あれ? みゅんみゅん寝ちゃうの?」


「……ん……寝て……ない……」



 ……今度は、守り抜くから。





 ☆





 エリゼ視点



 みゅんみゅんは寝てしまったみたいだ。


 意識が朦朧としてきているから、わたしも直に眠りにつくと思う。


 思考がまとまらなくなっている。


 今日、わたしは苦手な人達と出会ってしまった。


 この街に居座っている時点で気付くべきだったんだ。


 記憶に蓋をしていないで向き合っていればよかった。


 地獄との再会を覚悟していればよかった。


 そうすれば、みゅんみゅんを巻き込まなくて済んだのに。


 意識が虚へと落ちていく。


 ……そして。


 あの日々を思い出し始めている。


 記憶の底で封をしていた箱に手を掛けた。


 エリゼ・グランデが歩まなくてもよかった時間を、もう一度辿り始める。


 ……。



 わたし……リューカちゃん同じツーサイドアップにしてて、前髪はもっと短かったんだ。


 確か、眉毛が見えるぐらいに短くてよく笑われてた気がする。


 自分では良い感じだと思ってたんだけどなぁ。


 カトレアちゃん曰く、気が強そうな外見とお人好しな中身との差が激しすぎて、面白かったらしい。


 ……今のわたしは首の後ろ辺りで二つに結んでて、前髪も目に掛かるぐらい長い。

 自分でも驚くぐらいに変わってしまった。



『エリゼ……お前……服は……?』


『てへ、ずぶ濡れのシスターちゃんにあげてきちゃった』


『このど変態女。とりあえず風呂入ってこい』



 ……これ、シャウラちゃんとの記憶だ。


 んー、遡りすぎたかも。


 もっと手前。


 シャウラちゃんとカトレアちゃんから逃げた後。


 そして、アヤイロちゃんに誘われた辺り。


 って……別に思い出さなくても良いのに、何意識してんだろ。


 思い出さなくてもいい最低な記憶なのに、わたしの脳みそは勝手に上映を開始してしまう。



 夢を見るようにそれを追ってしまった。



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ありがとうございます!


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