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093 二つ目に組んだパーティ

ミュエル視点


 アヤイロと名乗った女は依然としてご主人様の隣を陣取っている。


 そして、テーブルの周りには水色髪の褐色女とオレンジ髪の女が取り囲む様に立っていた。


 二人はアヤイロと並んで入店してきた彼女の仲間だと思われる。



「久しぶりだなぁエリゼ。てかお前まだ生きてたのかよっ!

 ははっ! すっげぇしぶといのな!」



 褐色の女は大声で物を言った。

 ご主人様の死を願っていたかの様に。



「てか、前髪伸ばしすぎじゃね? 誰か分かんなかったわ。

 その陰気な髪型、とっても似合ってんじゃん、あっははははは!!」



 オレンジ髪の女は大きく笑った。

 ご主人様を心の底から貶している様に。



「……」



 ご主人様はテーブルの上に落ちたジョッキの中身を見つめ、俯いている。


 その姿は、一分前まで私と会話を交わしていた少女とは思えない程に暗い。


 こんな低俗な人間がご主人様の知り合いだとは思えない。


 何の関係もない赤の他人であって欲しいと願ってしまう。


 初対面の私ですら理解できる。

 連中は、人のことを思える優しい人が絶対に関わってはいけない人種だ。


 善良な人の純粋さを弄び、傀儡として利用する悪党の臭いがする。



「おいおい、何か喋ってくれよエリゼ。久しぶりの再会なんだからよ」


「ぅあ……えと……久しぶり、だね……メートゥナちゃん……ネイハちゃん……あはは」


「もっと喜びなよ、せっかくウチらと会えたんだから」



 注文した肉料理を食べ終えていた私は、使い道のなくなったナイフを強く握りしめていた。


 だけど、それを使って惨劇を起こす度胸はない。


 騎士としての私は遠に死んでいて、殺生をひどく恐れている。


 だから、私は手っ取り早く暴力で解決するという選択を取れなかった。


 簡単に人を殺めることができてしまうこの肉体が怖い。


 もう何も殺したくない私は、例え憎い相手であっても有り余る力を振るえない。


 死ぬという現象が、限りなく残酷で理不尽なものだと知ってしまったから。


 夏が訪れる前に襲われた窃盗集団の事件が蘇る。


 凌辱されたあの日の感情が鮮明に湧いてくる。


 恐怖。


 力を抑えれば抑える程に、私は悪意ある者の言いなりになることしかできない。


 この三人からはむせ返るほどの悪意が漂っている、あの日と同じだ。


 私の脆い精神を硬直させるにはそれで十分だった。


 守らなきゃいけないのに、体が震えて何もできない。


 また……私は……何も……。



「あー、喉乾いたしこれ貰うわ。いいよなぁエリゼ?」



 褐色女は未だ半分以上中身が残っているジョッキを手に取った。



「あ……うん……どうぞ……」



 痛い。


 胸も、目の奥も、噛み締め続けた奥歯も、握りしめすぎて爪が手のひらに食い込んでいる拳も。


 どうにかなりそうだった。


 ……実際、私はこの光景を見てどうにかなっていた。


 想像でしかないけど、こいつらはこんな風にご主人様を弄んできたんだ。


 許せない。


 それ以上、彼女に近づくな。



「それはご主人様のものだ。手を離せ」



 その言葉に対して、ご主人様は不安そうな上目遣いで私を見つめていた。


 それは、期待の眼差しなのか、余計なことをするなと言うことなのか。


 結局どういう意味の視線なのかは分からなかったけど、もはやそれが私の感情に影響することはない。


 胸の内は憎悪に支配されていた。



「ははっ、怖い女がいるなぁおい!!」


「何このコスプレ女? キモいんだけど」


「エリゼちゃんのメイドらしいよ」



 喋り口調も、態度も、滲み出る内面の醜悪さも、その全てが悪意で満ちている。


 どうすれば他人の気分を害することができるか、それを熟知している低俗な者共。


 人の心の壊し方を知ってる下衆。

 目の前に存在する人間はそういう類の生き物だった。


 オレンジ髪の女は閃いたように笑うと、勢いよくご主人様の肩を叩く。



「ほらほら、コスプレ女に教えてあげなよ。うちらとエリゼの関係をさぁ」



 ご主人様は怯えながら、震えながら、力なく語る。



「……ぁ……あの、三人とは……昔パーティを組んでたんだよ。

 テンペストに入る前……一緒に……。

 だから、知ってる人だから……心配しないで……」



 いくらご主人様の言葉と言えど、それだけは従えなかった。


 嘘が下手なあなたが紡いだそれは、あまりにも不恰好な嘘で痛々しい胸中を物語っている。


 もう心配なんて言っている頃合いではない。

 今すぐにでも、彼女を救い上げないと……。



「テンペストぉ!? お前そんな良いとこ入ってたのかよ!

 あー、ムカついてきた。おい、後で面貸せよ。

 久しぶりに遊んでやるから」


「ひっ……あ……ご、ごめんなさい……!」



 アヤイロは、ご主人様の顔を人差し指でなぞりながら耳元へ口を近づける。


 艶かしく触れるその手は、私の心に傷を付ける。


 触るな。


 汚い手で、彼女に触れるな。



「あーあ、怯えちゃって可愛い。

 ねぇねぇ、聞いてよエリゼちゃん。

 エリゼちゃんが消えてから散々だったんだよ?

 ギルドからは追い出されるし、怪我はするしでもう何から何まで不幸三昧。

 やっぱりエリゼちゃんは『疫病神』なんだよ」


「あ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


「やっぱまだ壊れてんじゃねぇか、こいつ」



 ご主人様は、壊れたおもちゃの様にただ謝り続ける。


 弱々しく項垂れるその姿には、かつてテンペストのリーダーを完封していた面影など微塵も存在していなかった。



「エリゼちゃんは関わった女の子を全員不幸にさせちゃうんだから、ずっと一人でいなきゃいけないんだよ?

 ほら、だからメイドさんも早く捨てた方がいいよ、この子のこと。

 エリゼちゃん、きっとメイドさんのことも不幸にするつもりだから」


「私はそれでも構わない」



 ご主人様となら、地獄にだって落ちれる。



「ふーん、あっそ。どうでもいいかな」



 面白くなさそうにアヤイロと呼ばれるは呟く。


 そして彼女は、再びご主人様の手を取り胸の前まで引き寄せ甘える様な声で言った。



「ねぇエリゼちゃん、この後一緒に遊ばない?

 昔みたいに楽しいことしたげるからさ、ほら……あの甘い『お菓子』もあげるから」


「い、いやだ……今日は……お祭りだから……みんなとは、いられない」


「ん? 何だって? 聞こえなかったかも」


「ひっ……あ、あぁ……………………うん……」


「そっか! じゃあ決まりだね。

 わたしらがご飯食べ終わったら速攻で部屋に連れてくから楽しみにしててよ」



 アヤイロは捲し立てるとご主人様を抱擁した。


 包み込む両腕は優しく、だけどその心は黒く。


 分からない。

 どうしてご主人様がこんな女に怯えているのか。


 でも、それなら、私が手を差し伸べるしかないじゃないか。



「今日は二人で祭りを楽しむ予定なんだ。貴様らにご主人様をくれてやる暇は無い」



 アヤイロは露骨に不機嫌を見せる。


 私を睨みつけ、大きな舌打ちをした。



「あの、さっきからウザイんだけど?

 あー、そうだ。先に一人で帰りなよ。

 エリゼちゃんはわたしがしっかり面倒見てあげるからさ。

 メートゥナもネイハも久しぶりにエリゼちゃんと遊びたいよね?」


「おー、いいなそれ。最近暇してたしちょうど遊び相手が欲しかったんだよ」


「ウチも賛成。目障りだからコスプレメイドは帰っていいよ」



 三人の結束力は強固らしく、群れでしか生きられない彼女達は思う存分に吠えていた。


 でも、余裕を見せているのは私だけだ。


 ご主人様は……。



「……あ……やだ……もう……許して……お願いだから……。

 もう、ここには来ないし……街にも出てこない、から」



 取り乱していた。


 冷や汗が溢れ出て、顔の色は青白く変色している。


 震えている。



「いやいや、そういうのどうでもいいから。

 お前はアタシらの遊び相手になってればそれで良いんだよ。

 こんなふうにさぁ!!」



 褐色女は中身が半分以上残っているジョッキを高く上げると、勢いよく傾けた。


 液体は重力に従って容器の中を移動する。


 そのまま溢れ落ちれば、ご主人様に落ちてしまうだろう。



「やめろ……これ以上は冗談じゃすまないぞ」


「はぁ? こんなのただのお遊びでしょ? 何言ってんの、この痛い女。

 ほらメートゥナ、さっさとやっちゃいなよ」


「ははっ! 再会を祝してくっせぇ牛乳シャワーキメようぜ!! エリゼ!!」



 フルーツが混ぜられた牛乳はびちゃびちゃと音を立てながら俯いた少女の脳天を打つ。


 淡い色の液体が髪を伝い、顔を流れ、テーブルへ落ちる。


 ご主人様は反応しない。


 怒りもしなければ、呆れもしない。


 ただ、時間が経過するのを待ち続けている。


 大事な服が汚れているのに、化粧が崩れているのに、セットした髪が濡れてるのに。


 一切の挙動を起こさなかった。


 貶され痛めつけられるのに慣れているようで……胸が痛い。


 苦しい。


 何もできない、何もしてあげられない。


 抜け殻、そんな言葉が浮かぶ。


 今あの体には何も宿っていない、そんな気さえしてしまう。


 褐色女は下品に笑う。


 大声で、酒場全体に響き渡る様に。



「あっはははははは!! ひっさしぶりに超良い気分だわ!

 マジでエリゼ最高すぎ!! 出会った頃の元気っ子はどこ行ったんだっての!!」



 それをオレンジ髪の女が手を叩きながら喜んで眺めていた。


 ……。


 ……。


 ……大丈夫、脅すだけ。


 寸止めでいい。


 当たらなければ殺せない。


 絶対に殺さない。


 落ち着け、焦るな。


 手元が少しでも狂えば、この女は即死。


 だから、集中しろ。


 そう、そうやって手を伸ばせ。


 ナイフの先を当てない様に、進めろ。


 速く……速く……認識できない速度で。


 大丈夫。


 そう、そこで腕を停止させればいい。



「は?」



 褐色の女は状況を理解できていないらしい。


 女の眼球。

 その僅か数ミリの距離までナイフの刃を突き進めた。


 少しでも手を動かせば、彼女の瞳を破壊することができる。


 いつの間にかテーブルに乗り上げていた私は、ただ褐色の女を見つめている。


 握る刃は、相手の運命を掌握していた。


 一言でいい。



「……殺すぞ」



 思ってもいないことを口にする。


 殺せるはずもないのに、威勢を張る。


 ナイフを構えた手が震えているのも、呼吸が乱れているのも、三人を恐れているのも全部隠して殺意の仮面を被る。


 そんな空っぽの言葉でも少しは効果があったらしく、褐色女はたじろいで後ろへ転倒した。



「は……? なんだよ、こいつ」



 乗り上げたテーブルから降りて私はそのまま立ち上がる。


 転んでいる女はもうどうでもいい。


 握りしめたナイフを皿に置き、ご主人様の隣を陣取るアヤイロに近づく。


 ううん、その隣で座っている大事な少女に近づいていた。


 こんな最低な場所から連れ出さないと。



「ねぇメイドさん、殺意の込め方……教えてあげようか?」



 アヤイロ・エレジーショート。

 その女だけは私の心を見抜いていた。


 言葉に殺意も乗せていなければ、敵意も乗せていない。


 含んでいたのは、不甲斐ない私に対する自己嫌悪だけ。



「必要無い」



 本当は、もっともっと言いたいことがある。


 だけど今は鬱憤を晴らしている場合じゃない。


 優先されるべきは、ご主人様の安全だ。



「何すましてんの、メイドさん。

 ほら、殺意っていうのはこうやって込めるんだよっ!!」



 叫び気味でそう言ったアヤイロは、私がテーブルに置いたナイフを手に取った。


 そして、その刃が突き立てられる寸前で声が響いた。


 それはあのおちゃらけた店員のものだった。



「あ、あの!! これ以上危険な真似をするのはやめてください!!

 騎士団呼びますよっ!!」



「は? 何言ってんのお前?」



 オレンジ髪の女が抗議の声を挙げたが、アヤイロは彼女の前に手を伸ばして阻止する。



「はぁ……ちょっと人目につきすぎたかも。

 ちょっと調子に乗りすぎたかもね、わたし達。

 死んだと思ってた女に会ったからか、テンションが狂ってたんだ。

 時間はたっぷりある。だからじっくり堕としていこうよ。

 エリゼちゃんも、このメイドさんも」



 そう言って、アヤイロは舌を唇の間へ這わせた。

 獲物を捕らえた動物を想起させる動き。


 不愉快だ。



「ったく、アヤイロが言うならいいけど。

 んで、これからどうすんの? こいつら連れてく感じ?」



 もう会話の余地も残っていない。


 ここから離れないと。


 感情を失った少女の手を引き上げて、抱え込む。



「帰ろう」



 ご主人様を抱えて、私は歩き出した。


 後ろにいる誰かから罵倒を浴びせられているが、もうどうでもいい。


 一刻も早くご主人様に安寧を与えなければ。



「あ、あの! す、すみません……ご飯を台無しにしてしまって……」


「あなたも、この酒場も何も悪くないから謝らないでくれ。

 謝るのは私の方だ。騒がしくしてしまって申し訳ない。

 料理はとてもおいしかった、ごちそうさま」



 不安そうにしている店員に代金を無理矢理渡して店を出た。


 抱えているご主人様は緊張によって全身が硬くなっている。


 想像以上に精神をすり減らしていたらしい。


 そのまま路地裏まで移動し、建物の側面を駆け上がる。


 通りに並ぶ建物の屋根を駆けていけば、目的地の屋敷まで一直線だ。

 その最短距離を私は走った。


 風で服や髪の毛が煽られる。


 沸騰しそうだった血液が冷える。


 ああ、もっと早くこうするべきだった。


 連中に目をつけられた時点で逃げていれば、ご主人様にこんな辛い思いをさせなくて済んだのに。



「……」



 ご主人様は何も言わない。


 この星の空は無慈悲にも清々しい程青くて、ご主人様の心情を察する器量なんて持ち合わせていないようだった。


 下に見える通りは、時間が経つに連れ賑わいを増している。


 屋台を巡って食べ歩きをしているカップルや姉妹、そんな幸せそうな人々が大勢いる。


 ……喜んでくれると思って提案したお出掛けだったけど、その選択は間違いだった、


 こんなことになるなら、外に出るべきじゃなかった。


 やっぱり、私はまだご主人様を幸せにすることはできないんだ。


 私はまた、ご主人様を守ってあげられなかった。




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