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088 夏の終わりに見たデジャヴ

エリゼ視点


 女神ニーアの生誕祭からはや一ヶ月。


 目まぐるしかったあの日々の余韻は抜けきり、通常運転の生活に戻っていた。


 だけど、刺激の少ない毎日はわたしの感情をすぐに不安で埋めてしまう。


 何に対する焦燥なのかはあまり考えないようにしている。


 漠然とした不安のままで保っておかなくちゃ、潰れてしまうから。


 何かに夢中になっていないと、何かに縋っていないとわたしは……。


 だから数日に一回は外へ出るようにしている。


 普遍的で慣れてしまった日常から抜け出すために、みゅんみゅんを退屈させないように。


 わたしのお気に入り洋服ブランド『アゲハアガペー』。


 その商品を取り揃えた専門のブティックが、大通りに隣接している筋に建っている。


 都心部の中でも一番栄えている通りのすぐ側にも関わらず、その通りは落ち着いた雰囲気で人を寄せ付けない道。


 その最奥に構えられたお店に、わたしとみゅんみゅんはやって来ていた。


 日差しが入りすぎない設計の店内。


 だけど、暗すぎず湿度を感じさせず、心地よかった。


 懐かしいな。


 ここに来ると、少しだけ安心できる気がする。


 そう思うのは何故だろう。


 いつからか、通うようになっていたこのお店。


 いつだったかな……どうして、わたしはここに通い始めたんだろう。


 そんな思考の海を遮るように馬鹿でかい大声が耳を(つんざ)いた



「夏物はセール中ですよ! いざ買い時! 今こそ買わねば!!

 さあっ! さあっ! さあっ!!」



 目を煌めかせた店員がセール品の並べられたコーナーを指しながら迫って来る。


 綺麗な黒髪と綺麗な一重、左耳にはいくつものピアス。


 以前来た時と同じ前下がりボブの髪型。


 黒ずくめで露出が少ない浮世離れした女店員。


 彼女は満面の造り笑顔で接客を仕掛けてきた。



「ここって、セールとかやるんだ」


「うちはハイブランドではないですからね〜。

 シーズンが変わる頃には他店同様値下げして、倉庫行きを減らしてるんですよ。

 ほら、これとかどうです? うーん、華やかで可愛くて素敵です!!」



 話ながらわたしの体に被せてきたそれは、どこからどう見ても水着だった。


 いわゆる、ビキニなやつ。



「水着じゃん!? さすがにいらないかな……これは。わたし、こういうの着ないから」


「ええー? メイドのお方もエリゼさんの水着姿見たいですよね?

 ほら、想像してください。

 色白の四肢。程よく鍛えられた腹筋とかわいいおへそ。

 そして……ふとももとか足首とか、ええと、足裏とか。

 とにかくそんな感じのエリゼさんを想像してください。

 素敵じゃないですか?」



 その饒舌さはどこかの占い師を思い出させてくれる。


 商売魂が激っている人間ってみんなこうなのかな。


 というか、三つ目辺りのプレゼンから適当になりすぎでしょ。


 わたしの体ってそんなにアピールポイント少ないかなぁ。


 それにずるいよ、みゅんみゅんを使うなんて。



「ご主人様に公の場で露出はして欲しくない……かな。

 二人きりならまだしも、誰かに見られるのは嫌だ」


「良いですね、それ。メイドのお方だけに見せる水着とか最高ですよ。

 ほらエリゼさんどうですか? 買っちゃいませんか? パレオも付いてますよ?」



 もはや隠す気のない商売魂女は、手にしていた水着をわたしに押し付けた。


 押し売りの罪とかで取り締まられてもしらないよ、この店。


 仕方がないので、無理矢理持たされたそれを観察する。


 黒色の上下セット。


 黄色で縁取られていて、分厚いフリルがついている。


 下は可愛らしいスカートの様な飾りが施されてる。


 それに隠れていて気づかなかったけど……これ、際どすぎるローライズ……。



「この水着……浅すぎ……」



 砂浜でこんな水着を身に着ける勇気はわたしに存在しない。


 少しでもズレれば死ぬ。


 ま、まぁ、正直……デザインは好みかもしれないけど……。



「ですねー……だからこそ、部屋着にするには打って付けの商品となってます。

 多分デザイナーもルームウェアとして作ったに違いないです。

 家の中なら素っ裸になっても構わないですし」



 服屋が服を否定している。


 在庫を捌くためなら信念すら捨ててしまえるのか、この女店員は。


 みゅんみゅんに見せるだけなら、まぁ……良いのかも。


 ミュエルさんに見せるのなら、買ってみてもいい。



「でももう秋だよ? こんなの着て寝たら風邪引いちゃうし。

 ……いや、いやいやいや、これがルームウェアなわけないでしょ!」



 危うく乗せられかけた。


 何故かは分からないけど、わたしはこの店員に弱い。


 疑いをかけられない。


 彼女にとっては最高のカモだね。


 てへっ、と拳を頭に当てた店員は誤魔化す様にはにかんだ。



「さて、押し売り戦術はここまでですね。

 ささ、どうぞ店内を隈なくお楽しみください。

 お二人に似合いそうな秋の品がたくさん入荷してるので」



 調子の良い人だな、ほんと。


 それからわたし達は店の中を巡った。


 そっか、もう秋なんだ。


 なんて思いながら、わたしはみゅんみゅん用の服を選ぶ。


 騎士時代のあなたを想像して服を選んでしまうのは、もう仕方ないか。


 どうしてもかっこいい系統の物を手に取ってしまう。


 みゅんみゅん自身は可愛い服の方が好みだというのに。


 とりあえず、わたしのメイドに似合いそうな服を何着か手に取って会計へ向かった。


 レジ前には二人ほどの列ができていて、一人しかいない店員が捌ききるには少しだけ時間が掛かりそうだった。


 改めて店内を見渡す。


 すると、レジの向こう側に階段が見えた。


 あの先はどこへ繋がってるのかな。


 普段は何も思わないのに、なんだか気になる。


 会計の順番が回って来た時に、つい問いかけてしまった。



「その階段の先って……?」


「ん? ああ、そこですか。階段の上は普通に私の家ですよ」


「え、お店と合体してるんだ。ちょっとかっこいいかも」


「そういう造りの店は多いですよ、特にこの辺りは。

 大通りに並ぶ店も自宅と店舗が繋がってたりしますし」



 なんだか、わたしはその階段の先を知っている気がする。


 例えば、階段を登ればいくつかのミシンを乗せたテーブルが置いてあったり。



「……もしかして、店員さんの家にミシンってあったりする?」


「そりゃありますよ。服屋なんですから。

 裁縫道具は一通り持ってますね。むしろ持っていない服屋なんていません。

 そんな奴がいれば私が服飾の全てを一から脳髄に叩き込み刻み込み焼き付かせてあげます!!」


「あはは、そりゃそっか」



 質問の仕方を間違えたかも。


 ううん、そもそもこんな気味の悪いことは口にしないほうがいい。


 自分の家の構造を知っているなんて他人がいれば、それはもう恐ろしくてたまらない。


 言葉を交わしながら、女店員は会計を済ませてくれた。



「はい、ではお受け取りください」



 渡されたのは、商品が詰められたおしゃれなショッパー。



「ほんとはいつもみたく出口まで運んであげたかったんですけど、先のお客様に悪いので本日はノーサービスということで。

 その代わりにおまけを入れておきましたので、後で確認してください」


「え、全然良かったのに。でも、楽しみにしとくね」



 並んでいた前の二人を見送っていないのに、わたしだけサービスされるのもあれだしね。


 この人、ちゃんとお客さんのこと考えてるんだ。


 印象を塗り替えながら店の出口まで歩く。



「ご来店ありがとうございました。寂しいのでまた明日来てくださーい」



 強引な客引きに対して、わたしとみゅんみゅんは苦笑いを返して店をでた。


 近頃、わたしは何かを思い出しかけている。


 何もしていない空き時間。


 そんな空白が増えたせいか、考えることが多くなった。


 思い出せない日々のことを。


 でも、思い出せない記憶っていうのは、考えたくもない過去のことだから忘却されているんだ。


 そんな記憶は、思い出さないほうがいい。


 もしかすると、このブティックも何か関係あったりするのかな……。


 だめだだめだ、暗いことを考える癖はやめにしないと。


 おまけとして入れてもらった物でも確認して気分を高めよう。


 肩にかけたショッパーに手を入れて中身を確認すると、薄い布のような何かが手に当たった。


 それを引き上げて、目の前に持ってくる。



 わたしの手には、水着のパレオが握られていた。



「え……水着買ってないのに……なんで?」



 やばい……これを口実に、次来た時あの売れ残り水着を押し付けられそう。


 やっぱりこの店は何か悪い組織に違いない。



ブクマや評価を入れてくれたり、いいねをくれる方々のおかげで物語を書き続けられています。

ありがとうございます!

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