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081 恋なんてわたしも分からないよ

エリゼ視点



「僕はセレナ・アレイアユースに恋してるんだ!

 好きな女の子をアプローチして何が悪いんだよ!!

 大好きな女の子と結ばれたいだけなのに、なんで邪魔するんだよっ!!」



 アラン・アラモードの表情は、先ほどまでの余裕あるそれとは打って変わって焦燥を帯びていた。


 眼差しには身が燃えるような熱を乗せて。


 彼女はしっかりと口にした。


 セレナちゃんに恋しているって。


 その言葉に嘘偽りは感じられなかった。


 だから……だからこそ言わなくちゃいけない。


 あなたは間違ってるって。



「誰かを好きになるって、とっても素敵なことだよ!!

 けど、やり方が一から千まで間違ってる……。

 手の引き方も、デートの誘い方も、何もかも!!

 全部間違ってるよ!!」


「っ……!! 僕より経験の少ないエリゼに恋の何が分かるっていうんだよ!!」


「分かんないよ!! 恋なんて何も分かんない!

 わたしだって、大好きな人と喜ばせるにはどうすればいいか、それをずっとずっと考えて生きてるし!!

 でも……みんなそうでしょ?

 アランだって、恋なんて訳の分からないもののこと少ししか知らないよね?」



 睨みつけられた。


 鋭い目つき、噛み締められた口元、引っ張り合う眉間、表情を隠す様に垂れる前髪。


 恋人達には絶対に見せないであろうその顔。


 憎悪とか敵意とか、そういうドス黒いものが向けられている。



「君の目は腐りきってしまっているのかな?

 僕は幾千の恋愛を経験している訳なんだけど、そんな美少女が恋を熟知していないと?

 笑わせてくれるなぁ、君は。

 ……この世で最も恋に詳しいのがこの僕だ」



 全てを虜にして来た美少女は自慢げに高らかに宣言する。


 自分は恋そのものであると。


 聞いているこっちが恥ずかしくなりそうな口ぶりだけど、彼女の容姿と気配が言葉の裏付けをしていた。


 あなたが言うのなら、誰でも納得してしまうんだろうな。


 でも。


 その勘違いが、この最低で最悪な状況を生んでいるんだよ。


 だって、恋愛に経験は活かせないから。




「ねぇ、アラン。恋は人の数だけあるんだよ。

 人によって恋の形は変わる。望んでいるものも変わる。

 相手がどういう人なのかを理解することで二人は結ばれるんじゃないかな。

 だから、好きな女の子に詳しくはなれても、恋に詳しくなるなんてことはないんだよ」



 ほんとは誰も知らないんだよ、恋なんて。



「そうだね……その上で言わせてもらおうか。

 僕は確実に相手を堕とす魅力と技がある。

 それを存分に注いだ子は僕を求めて離れることができなくなるんだよ。

 そして、彼女達はやがて僕の恋人になる。

 過程がどれだけ不誠実でも、最後は結ばれる。

 これも恋愛と呼べるだろう?」



 それこそあなたが言っていた依存なんじゃないかな。


 でも、そんな繋がり方でも信頼が築けるなら全然良いと思う。


 だけどさ……だけど、セレナちゃんは違うでしょ。



「セレナちゃんにそれは通用しないんだよ」



 快楽による関係

 それもまた、恋が成就される一つの形なんだと思うよ。


 それをアランが求めているのなら何も言わない。

 相手もそれを望んでいるのなら、何も言わなかった。


 セレナちゃんはそれを望んでいない。



「試してもいないのに大層な口を利けるもんだね。

 僕は、セレナを堕とす自信がある。

 彼女を悦ばすことができるはずだ。

 それで、セレナも僕の恋人になるはずなんだ。

 だからそこをどけよエリゼ・グランデ。

 立ちはだかるなよ!! 聖女の騎士を気取るなよ!!」



 夢物語を妄想する美形は走り出す。


 その右手に構えられているのは紅の剣。


 数々の魔獣を葬ってきた斬撃が向かってくる。


 わたしは、自分の恋で精一杯なんだよ。


 アランが何を信じて、どういう未来を描いているかは分からない。

 他人の恋愛事情を考えてあげる余裕なんて無いんだ。


 でも、これだけは言える。



「結果だけを求めて急ぎ足になってるあなたに……。

 ────この恋は実らない」



 距離を縮め終え斬撃を放つ寸前のアランに告げた。


 振り下ろされた『斬帝』を軽く躱す。


 胸の前を空かしたその刃の上に、重量を誇るシュガーテールを叩き込む。


 鈍い金属音が鳴り響く。


 そして、紅の剣は主の手を離れて地面に埋め込まれた。


 徒手空拳になったアランはもがくように握り拳をわたしへ撃つ。



「じゃあ、僕はどうすれば良かったんだよ。

 セレナを手に入れるために、何をすれば良かったんだよ!!」


「どうすれば良かったかなんて分かんないよ!!

 けど、セレナちゃんが喜ぶことはなんとなく分かる。

 きっとアランも知っているはずだよ、何をすればあの子が喜ぶか。

 困っている人を助ければよかった。落とし物を届ければよかった。

 信念を抱いて夢に突き進む女の子がいれば、背中を押してあげればよかったんだよ!!

 そういうところから、彼女と仲を深めていくべきだったんだよ!!

 こんな強引な手は使うべきじゃなかったんだよ!!」



 お疲れ様、シュガーテール。

 もう休んでいいよ。


 ここからはわたしも拳で応えてあげる。


 アランが撃つ拳を左腕で払う。


 一発で決めてあげる。


 大勢を崩した美少女の顎に向かって右手の拳を力強く振り上げる。


 ゴンッ、と骨が響く音と共にアランは仰反った。


 普通の人間ならそのまま意識を眠らせる技だったんだけど、タフなアランは根性で耐えてしまう。



「っ……!!

 だって、もうこうするしか無かったんだよ!!

 セレナが君に取られそうだったから!!

 セレナは、僕に向けたことのない笑顔をエリゼに贈っていた!!

 それが苦しくて、居ても立っても居られなくて、だから聖女の特性を利用することにしたんだ。

 救済が趣味な彼女へ、僕の一緒にいて欲しいというお願いを試みた。

 それなら、セレナも喜んで僕の側にいてくれると思ったから」



 蓄積していた感情をアランはぶち撒けた。


 セレナちゃんをモノにするために必死に騙していたその心は綺麗に裏返る。

 多分アランは、聖女の悪人識別センサーすら潜り抜けてしまうために本心すら騙していたんだと思う。


 そして、その美少女は涙を堪えながら懺悔する。



「でも……いざ教会へ足を運んでセレナを連れ出しても、彼女はとても悲しそうで、苦しそうで、酷く困らせてしまって。

 そんな顔させたかった訳じゃないのに、悲しませたくはなかったのに……。

 それでもいつかは恋人になれるって信じてた。

 ……そう思い込んでいた。

 分かってたよ、これが意味の無い行動だって。

 関係が悪化するだけの最低な行為だって。

 でも、そうでもしないとセレナはエリゼの元に行ってしまうから。

 好きになった女の子が誰かに取られるなんて、耐えられないから。

 だから僕は、止まれなかった……」



 省みながら、悔いながら、涙を流しながらアランは吐露した。


 月明かりが彼女を照らす。

 いつの間にか、星空を遮る雲は晴れていた。


 堪えきれない涙が光を反射させている。


 ねぇ、アラン。


 一つだけ大きな勘違いをしているよ、あなたは。


 セレナちゃんがわたしと恋仲になることは無いんだよ。


 だって、ね。



「セレナちゃんはっ、生涯純潔って言ってるでしょうがぁ!!」



 目の前で被害者ぶっている女に向かってそう叫ぶ。


 そして、アランの額にわたしのおでこを勢いよく打ちつけた。



「あがぁっ!?」



 アランは、そんな可愛くない悲鳴を漏らしていた。


 剣の打ち合いとは違い、頭突きの反動はわたしの頭蓋に直接戻ってくる。



「いったああああああああいっ!!」



 おでこが痛みでどうにかなりそうだ。

 調子に乗って頭突きなんてするんじゃなかった。


 そして、美形のあなたは背中を打ち付けるように倒れ込んだ。


 とにかくこれで終わりだよ、アラン。


 倒れた彼女のお腹へ馬乗りになって、衣服の胸元を掴む。



「わたしの勝ちでいいよね、アラン」



 半ば上目遣いのようにわたしを見上げるあなたは、腑抜けた声で呟く。



「……僕の負けだよ。

 うぅ、なんで、なんで僕は君に勝てないの……。

 一回も、ひぐっ、傷付けられなかった、なんでなの、なんでぇ」


「誰かを守っていないアランなんて相手にならないよ。

 だって、あなたは後ろに愛する女がいてやっと本領が発揮できるんだもん」



 アラン・アラモードという女は、一人じゃ強くなれない。


 彼女は恋人を護ってこそ光り輝く剣士。


 背中を照らす月光によって、わたしの影がアランの全身を包み込んでいた。


 泣き顔を晒すのが恥ずかしいのか、そっぽを向いている


 ずるいな、こんな顔も絵になるなんて。


 胸元を掴んでいた手を離すと、アランはゆっくり地面へ後頭部を着地させた。



「アラン、わたしの役目はここで終わりだから。

 これから何をするのがセレナちゃんのためになるのか、そしてあなたのためになるのか。

 それぐらいは理解してるって信じてるからね」


「ああ……もちろん。

 僕は美少女だからその程度のことは理解しているよ。

 初めから……分かっていたんだ」


「……やっぱりちょっとだけ気が済んでないから、ほっぺ引っ叩くね」



 わたしに跨られている美少女は一瞬驚きの表情を見せると、力無く笑った。



「手厳しいな、エリゼは。優しく頼むよ」



 これから引っ叩く彼女の頬をゆっくり撫でおろす。



「あっ……ん……ちょっ、な、なにしてるの」



 吐息と艶かしい声が漏れて肩を跳ねさせている。


 ほんと、妬ましいほど綺麗な顔だ。


 右手を上げて、素早く振り下ろした。



 バシン!! と肌が触れ合う音が夜に響く。



「精々悔い改めなよ、美少女」



 アラン、あなたは今からこんな平手打ちとは比べ物にならないほどの痛みを受けると思う。




 恋を失くしちゃうのって世界で一番強い痛みだから。




 庭園に集う足音が聞こえる。


 メイドと魔術師、弓兵と武闘家と三つ編み人が駆けることで奏でられている靴の音だ。


 遅れて、純白修道服を纏う聖女が現れた。


 銀色の髪の毛は月光を浴びて神々しく煌めいている。


 セレナ・アレイアユースは、夜風に揺られながらこちらへ歩いてくる。


ブクマや評価を入れてくれたり、毎回いいねをくれる方々のおかげで更新を続けられています。

ありがとうございます!

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