071 みんなと一緒にいると、時計が早く進んじゃうな
エリゼ視点
セレナちゃんの部屋でお泊まりをした翌日。
わたし達は昨日と同じく聖堂内の準備をしていた。
と言っても、どうやら残っている作業は少ないらしく若干暇を持て余し気味ではあるんだけど。
昨日組み立てていたライブ用のステージはわたし達が起きた頃には完成していたし、装飾や掃除も軒並み完了されている次第。
数え切れないほどの修道女が効率よく働いてくれたおかげだろうか。
どうやら、わたしが思っている以上に女神の信徒が大勢いるみたいだね。
そして人の数こそが正義ということも証明された。
「ねぇセレナちゃん。何か手伝えることないかな?」
「んー、無いですね……。
なんだか皆さん、恐ろしいほど効率よく働いてらっしゃるようで。
準備は明日でも終わってしまいそうです。
例年は祭典の直前まで掛かっていたんですけどね」
「ええー、どうしてだろ。
二週間も巻いちゃうと、どこか抜けてないか心配になっちゃうよ」
そんなこと、あり得るんだろうか。
どうしても裏を考えちゃうな。
きっとどこか見落としている箇所があるんじゃないか、ライブを行うステージのネジが抜けているんじゃないか、なんて。
すると、首から下げている飲料水が入った水筒を口にしていたリューカちゃんがみゅんみゅんを指差した。
「そこのメイドのおかげらしいわよ」
「え、ミュエルさん?」
みゅんみゅんは究極の不器用メイド。
だから、基本的には道具箱の管理や脚立の受け渡しといった間接的な仕事しか任していないはず。
そんな彼女のおかげとは一体。
「ミュエルが現場に来たことで修道女の士気が高まったのよ。
ほんと単純よね、誰かに憧れてる連中ってのは」
「え、でも、ミュエルさんが来たのは昨日だよ?
たった一日で二週間分の仕事を……こなす……なんて」
出来てしまう。
みゅんみゅんの追っかけをしていたわたしは理解してしまった。
彼女のファンなら、メイド姿のみゅんみゅんを目にするだけで限界のその先へ到達してしまうだろう。
わたしだってそうだ。
修道女の立場ならきっと一時間で仕事を完了させてしまっているに違いない。
そういえば、そんな兆しはあった気がする。
昨日、みゅんみゅんは常に誰かと交流していた。
めくるめく修道女達が殺到して道具を借りては返す、という光景が何度も繰り返されていた。
あれはみゅんみゅんと触れ合うための行動だったんだ。
道具を借りる時に会話をし、爆速で仕事を終わらせ道具を返しに行き会話をする。
それを往復することでみゅんみゅんとのコミュニケーションを図っていたんだね。
結果として、それは準備を早めたということなんだろう。
「みゅんみゅん、やるじゃん!」
「私じゃない。頑張ったのはここにいる皆だ」
わたしのメイドは、とても柔らかな表情でそう答えた。
良かった、またそういう可憐な顔を見ることができて。
これならもう心配はいらないかもね。
そして、みゅんみゅんのその発言を耳にした修道女達は手を動かす速度をさらに上げていた。
「あはは……この調子なら来年の分まで終わっちゃいますね」
異様な光景を目にしたセレナちゃんは苦笑いを見せながらそう呟いた。
☆
お昼時、作業をしていた修道女達は食堂へと移動し聖堂内はすっからかんになってしまった。
この時期は礼拝客の立ち入りも制限しているため、屋内に滞在しているのはわたし達四人だけだ。
珍しいその光景と雰囲気が幻想的で、わたし達はただただ魅せられていた。
ステンドグラスを貫くカラフルな日差し、女神ニーアの像、生誕祭のために彩られた様々な装飾。
そして、会衆席に並んで座っているわたし達。
その全てが美しい世界を創り上げている要因だと言えるんじゃないかな。
「お昼、どしましょうか」
実は大食いキャラなセレナちゃんは昼食の心配をしていた。
「みんなが帰ってきてから食堂に行けば良いのよ。
その方が席空いてるしうるさくもないし」
「賑やかな場所は苦手ですか?」
「……気にしたことない」
「ふふっ、正直な人ですね」
リューカちゃんとセレナちゃんが会話をしている。
二人の距離はわたしが知っている頃よりも近くて、親しくて、楽しそうだ。
声が堂内に反響している。
それが心地よくて聞き入ってしまう。
ああ、なんだろ、この感じ。
ノスタルジックて言うのかな。
まるで夢の中にいるみたい。
「なんか……たった二日しか経ってないのに、とっても濃い時間を過ごせた気がするよ。
こういうの、なんて言うんだっけ。
ほら、せい、清純?」
わたしのその問いに答えてくれたのはセレナちゃんだった。
「ふふ、あははは、青春じゃないですか?」
「それだ! って、セレナちゃんがめちゃくちゃ笑ってる!」
とってもチープで使い古されたその言葉。
それでも、それだけ人の心を動かしてしまう二文字がそれだった。
……みんなはそれを感じているんだろうか。
感情があんまり動かないわたしにはよく分からないんだけど、そうであって欲しいな。
リューカちゃんも、セレナちゃんも、みゅんみゅんも。
みんなこの時間を楽しんでくれていたらいいな。
……。
……。
……誰だ。
この、不快な視線を向けているのは……誰だ。
「誰かに見られている」
まず初めに、みゅんみゅんがそれに気付いていた。
それと同時にわたしは視線の在処を探り当てる。
覗き見をしている者は、大聖堂の入り口。
大きな扉の向こう側に元凶が立っている。
明確に鮮明に理解することができる。
その視線に含まれた感情を。
憎悪。
大聖堂の入り口にいるであろう何者かは、わたし達に……あるいはこの中の誰かに感情をぶつけてきた。
以前街中で盗賊達が見せたそれとはまた別の視線。
人を愚弄し物のように扱う悪意じゃない。
恨み、憎しみ、妬み、その類のドロドロとした想い。
……これは、多分だけど色恋沙汰の感情。
「誰もいないわよ? 気のせいじゃないかしら?」
どうやらリューカちゃんは視線に気付いていないらしい。
同様に、セレナちゃんも不思議そうに首を傾げている。
「あ、あ~……ミュエルさん? 多分気のせいだよ」
二人を怖がらせてはいけない。
不安は平和を殺す。
「……気のせいだった」
「もう、驚かせないでよね」
以心伝心。
わたしの考えがみゅんみゅんに伝わっているみたいだね。
視線の主は姿を表さない。
開放されている扉からは、一歩も踏み出してこない。
それどころか、そいつは大聖堂から離れていったらしく。
突如として見られている感覚は消え失せた。
……。
……。
……なんだったんだ。
みゅんみゅんとわたしは顔を見合わせて安堵する。
何かは分からなかったけど、事件は起こされずに済んだらしい。
すると、今度はブーツの底が地面を叩く音が聞こえてきた。
コツコツと響かせて大聖堂内に入ってきたのは一人の修道女だった。
彼女はわたし達を発見するや否や、早足で寄ってくる。
そして、セレナちゃんの側へやってきた。
「セレナ様、訪ねて来たお方とは会えましたか?」
「え、私に客人がいらしたのですか?」
「はい、セレナ様にお会いしたいという方がいらしたんですけど、そのご様子だとまだみたいですね。
凄くお綺麗な方でしたよ」
「残念ながらそのような方とは会えていませんね。
教会領の中で迷っているのでしょうか……。
それなら探しに行かないと」
「いえ、それが、その方は大聖堂の正面にいらしたので、迷うことは無いかと」
「となると、急用ができたと言ったところでしょうか。
再び足を運んでいただけると助かるのですが……」
……もしかすると、その客人が視線の主なのかもしれない。
一体誰で、何のためにやってきたんだろう。
ぐぅぅ……。
思い詰めそうになった時、セレナちゃんのお腹が鳴った。
報せを伝えてくれた修道女は「まぁ」と驚きつつも少しだけ嬉しそうな顔をしている。
「さて、そろそろ食堂が空いてきそうですね」
済ました顔でそう言うと、セレナちゃんは席を立ち歩き始めた。
「あいつ、なんで全然恥ずかしがらないのよ……?」
リューカちゃんはここに居る者の心を代弁してくれた。
その真相を確かめるために、わたし達は聖女様の後ろを追って食堂へと向かった。
☆
また一日が経過した。
そして、その日。
わたし達が手伝いに来て三日目にして、生誕祭まで後二週間ほど残っているにも関わらず全ての準備が終わってしまった。
恐るべしみゅんみゅんパワー。
一つの仕事場に一人ずつみゅんみゅんが欲しいぐらいだ。
仕事が無くなってしまったわたし達は、大聖堂の前の木陰で駄弁っていた。
「ミュエル、あんた来年も呼ばれそうね」
「喜んで受けよう。ご主人様が同行するのなら」
「もちろん! また来年ここに来ようね」
これだけみゅんみゅんが修道女達の力になってくれたんだ。
主人としてはメイドの活躍に涙を隠せない。
「リューカ、今回は誘ってくれてありがとう。
おかげで元気が湧いてきた」
ついにみゅんみゅんの口から直接的な言葉が紡がれた。
元気が湧いてきた、と。
流石にうれしいな。
「ふーん、あんた元気無かったのね。知らなかったわ。
ま、感謝は受け取ってやるわ」
リューカちゃんは白々しくそう言った。
照れ隠しをしつつも、しっかり感謝に向き合っているのがなんとも可愛らしい。
……うん、わたしもリューカちゃんを恐れなくなってきているみたいだ。
良かった。
「お二人とも、お手伝いありがとうございました。
教会に属する者を代表して感謝します。
とても助かりました」
「こちらこそだよ! 凄く良い思い出もできちゃったし」
「それなら良かったです。
さて、私は別件に向かいますね。さよならです!」
セレナちゃん、偉いなぁ。
生誕祭の仕事が終わったばかりなのに、また次の仕事へ向かうんだ。
「じゃああたしも一旦部屋に戻ろうかな。
ちょっと眠いし……じゃあね」
リューカちゃんはあくびを見せびらかしながら歩き出した。
あれ、昨日はわたしの隣でぐっすり眠っていた気がするんだけどな。
「あ、セレナちゃん、リューカちゃん!
くれぐれも祭典までに怪我とかしないように気を付けてね」
彼女らを不安にさせないためにも、この程度の注意喚起が限界かな。
あの視線の主からは殺意や悪意は感じ取れなかった。
それでも、用心するに越したことはないから。
「はい! エリゼさんもミュエルさんもお気を付けて!」
「はーい!」
「あんたら、生誕祭にはちゃんと来なさいよ。
絶対楽しませてあげるから」
「うん! 楽しみにしてるよ、リューカちゃんの演奏」
そして、二人はその場を離れていった
なんだか、少しだけ寂しいな。
友達と過ごした後のこの気持ち。
毎回苦しくなるんだよね。
すると、みゅんみゅんがわたしの手を握ってきた。
寂しそうにしたの、ばれちゃってたかな。
この二日間、みゅんみゅんの体の上で寝るという奇怪な行為をしたにも関わらず、そのオーソドックスなスキンシップでわたしの心臓は跳ねていた。
きっとこの症状はいつまでたっても慣れないんだろうな。
「じゃあ、帰ろっか。わたし達のお家へ」
「ああ、今夜は久しぶりに二人で寝られるな」
「久しぶりっていうか、二日ぶりだよ。
それに……ずっと添い寝より密接な状態だった気がするんだけど」
じゃあまたね、リューカちゃん、セレナちゃん。
今度会うのは二週間後の生誕祭だね。
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