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065 手相じゃ心は占えない

エリゼ視点


 大通りを回ること二時間。

 残すところ巡る店舗は一つだけとなった。


 それにしても、生誕祭の当日には多種多様の屋台がでるみたい。


 パンや唐揚げに飴を売るオーソドックスな屋台もあれば、特製の網で稚魚をすくう競技性の含む店もあるし、終いには大きな箱の中にいる何者かと握手ができるみたいな奇店までが立ち並ぶらしい。


 リューカちゃんに渡された鞄の中には、それらの店に関するサンプル品がぎちぎちに詰まっている。

 一部サンプルを提出できそうにない店もあったけど。


 そして最後の一店舗っていうのは、言葉の流星群が耳に押し寄せて頭痛を起こしてしまいそうになるお噂の占い屋のことだ。


 そこで働く女はどこか胡散臭くて、とても占い師とは思えないマシンガントークで……やっぱ詐欺師だよあの人。


 みゅんみゅんの手をしっかりと握りながら大通りを横断し、その店の前まで歩くと入り口扉の前から声が聞こえて来た。



「占いやってるよ〜安いよ〜。

 今なら三匹購入でもう一匹占い付けちゃうよ〜」



 気持ちの悪い誘い文句を唄っているのは、白髪を黒のインナーカラーで染めている女性。

 占い師シトラス。


 彼女は木製の椅子に座りながらだらしない姿勢で客寄せをしていた。


 この食欲爆発な時間帯にどうせ客は来ないのだからと、適当に仕事をこなすふりをしている様に見れる。


 そういうところは、少しだけ親近感が湧いちゃうな。



「こんにちは、シトラスさん」



 そう声を掛けると、占い師は椅子に全体重を預けながらゆったりとわたしを見上げた。



「やあやあエリゼさんにミュエルさんじゃないか。

 えー……でもお二人共お客さんでは無いみたいだね。

 冷やかしに来たわけでもなさそう」


「凄っ! よく分かったね」


「占い師ですから。で、一体何のようかな」


「占い師なら分かるんじゃないのかな。わたし達が来た理由を」


「ひえ、何その取立てに来た借金取りみたいな台詞。

 えーっと、じゃあ早速当てちゃおうかなぁ。

 んー、ずばり教会のお手伝いだね。多分女神の生誕祭絡み。

 ってなると、出店の参加確認かな?」


「せ、正解! シトラスさんって本当に凄い人なんだ」



 凄い。

 本当に全部当てられてしまった。


 もしかすると、この人は占い師なのかもしれない。



「ご主人様、その紙」



 側に立っているみゅんみゅんは、わたしが抱えている紙束を指差していた。

 それはリューカちゃんから預かった物で、紙面には出店内容確認用紙と記されている。


 ……なるほど、そういうことか。


 わたしの全身を瞬時に観察して推理をこなしたんだ。

 巧妙な手口は称賛に値するけど、はっきり言ってタネを見破られる程度ならまだまだだね。


 タネを見破ったのはみゅんみゅんだけど。


 わたしは猜疑の目でシトラスを見つめた。



「あー! 無粋だなぁこのメイド!

 ていうか、ミュエルさんあなた占い師に向いてますよ!

 まさか私と同じ観察眼を持っている人間が存在しているとは。

 商売敵になられるのはもったいないので、是非この店で働きませんか?

 メイド占い師なんてきっと話題沸騰少女集客。

 一緒に占い業界のてっぺん目指しましょう!」


「駄目だよ?」


「一週間に一度の出勤だけでも!」


「駄目だよ?」


「……メロンの上にハムを乗せようかな」


「駄目だよ?」


「ノリ良いな、この独占欲強めな女」



 独占欲については否定できないな。

 わたし以外のところでみゅんみゅんが仕えるなんて想像もしたくない。


 それほどまでに、彼女を手放したくないから。



「ということで、この書類に出店の内容をまとめて欲しいんだけど」



言いながら、わたしは預かっている紙を彼女に見せた。



「はーい、了の解。

 ここじゃ人も多いですし、一旦店の中に入ろっか。

 私、ほんとは苦手なんですよね。こういう人が行き交う場所って

 さ、どうぞ二名様ごあんなーい」



 占い師は店の扉を開けると、わたし達を店内に促す。


 ありがたいな。

 そろそろみゅんみゅんを休憩させてあげたかったところだし。


 少し疲れ気味のメイドの手を引きながら扉の中へ進む。


 店内は独特で不気味でおしゃれにも感じる装飾が施されていた。

 初見のわたしでも、ここが占い師の店であることを瞬時に理解してしまう内装だ。


 部屋の中央に置かれたテーブルには、黒いモヤが内包された水晶玉が載せられている。


 占い師ってほんとに水晶玉使うんだ。


 そのテーブルの前に並べられた座席に座りたいんだけど、残念ながら一つしか用意されていない。

 この店は友達と一緒に来る客のことを微塵も考えていないのだろうか。



「あー、ごめんね。

 今ちょっと椅子切らしてるから、二人で同じ椅子に座ってもらえるかな?」



 椅子を切らすって初めて聞いたよ。

 ていうか、二人で座るって何。

 ぎゅうぎゅう詰めに並ぶってこと、それとも片方の上にまたがるってことなのか。



「え、どうしよ、ミュエルさん……って、ええええ!?」



 わたしが聞くまでも無く、みゅんみゅんは先に椅子に座り込みロングスカートを少しだけたくし上げ、両足を広げていた。


 寛容なわたしの目から見ても、その格好ははしたない気がするんだけど……。


 そんなわたしの気も知らずに、みゅんみゅんはふとももの間をぽんぽんと叩いている。

 そして、メイド服の彼女はこれでもかという程のキメ顔を見せていた。


 股の間に座れ、ということなんだろうけど、とっても難易度が高いよ。


 その聖域染みた小さな隙間にわたしが収まるのだろうか。



「ミュエルさん……逆にしない?

 わたしが先に座るっていう感じに」


「……ご主人様」



 みゅんみゅんが子犬の様な表情をしていた。

 そんなに座って欲しいんだろうか。


 うぅ、そんな寂しそうな顔されても、流石に人前でそこに座る勇気なんて……。



「ま、座ろうかな。ちょうどミュエルさんの足の間の隙間に座りたかったし」



 葛藤なんて必要は無かった。

 大好きなあなたの悲しむ顔を見たくないから。

 あなたの願いならなんでも叶えてあげたいから。


 傷ついたその心を癒せるのなら、わたしはその隙間に座って見せよう。


 テンション上がりめな気持ちが顔に出ない様に耐え、わたしはその聖域に着席した。


 みゅんみゅんの太もも的な柔かい肉体に、わたしの尻がむにゅってる気がするけどそんなのは些細な問題だよね。


 ……本当はちょっと恥ずかしいけど。


 対面に座る占い師はニコニコしながらわたしを見つめている。


 謀ったな、占い師。


 まあ、悪い気はしないけど。


 何事もない様に振る舞いながら、わたしはテーブルの上に用紙を差し出した。



「さて、出店の話だね。私は本業通り占いの屋台を出そうかなって思ってるよ。

 回転率上げるために手相をパパっと見て、的確なアドバイスを一言贈って、っていう感じかな」



 羽のついた白いペン先にインクを浸すと、言葉にしたことをつらつらと用紙に書き込んでいく。



「サンプル品の提出は不可能だから……あ、そうだ!

 二人の手相をここで見てあげるっていうのはどう?」


「まぁ、それでいいかな」



 あんまり占いなんて信じてないんだけど、そういうことなら試しに受けてみるのも良いのかも。

 わたしの後ろでみゅんみゅんもう頷いている。



「はいはーい! じゃあ決まりだね。

 さっ、手を出してご覧なさい。

 この可憐占術少女またの名を星詠みシトラスちゃんの目の前に!」



 わたしとみゅんみゅんは、言われるがままに右手を開けて差し出した。


 占い師はテーブルの上に飾ってあった虫眼鏡を使って、わたし達の手を交互に観察している。

 彼女が感嘆をこぼしながら手の皺を見ている間に、わたしはみゅんみゅんの手のひらを目に焼き付けていた。



「げぇ、二人ともお人好し過ぎない?

 困っている人がいれば見捨てておけない性格じゃん。

 それに、ミュエルさんは今……えっと、あれだね。

 深く傷ついてる感じだ。

 けど大丈夫かな。

 あなたの側にはエリゼ・グランデがいるから。

 それに友達も何人かいるみたいだしね。

 きっとみんながあなたを笑顔にしてくれるはずだよ。

 ね、エリゼさん」



 この占い師、全てを見通せる力でもあるのかな。

 手相を読むだけでこんなに真実を帯びたことを言われるなんて思ってなかったな。


 時間帯によっては、予約で店が埋まっている繁盛店を営んでいるだけの力は確実にあるみたい。


 その反面、恐怖さえ覚えてしまう。


 どこまで読まれているのか。

 未来に対してどこまで正確な予想を立てているのか。


 そして、秘密にしておきたい過去を覗かれていないか。


 そんな風に訝しむのは良くないな。



「えへへ、ミュエルさんには笑顔でいて欲しいからね」



 そう口にすると、みゅんみゅんは太ももに力をいれてわたしのお尻を挟み込んだ。

 喜んでくれているのはわかるんだけど、こうも分かりやすく表現されるとこっちまで照れる。


 あっつい、顔まで体温が上り詰めている。



「エリゼさんもよく頑張ってるよ。

 何がとまでは分からないけど、苦労人線と努力線があるからね」



 わたしは何も頑張ってなんかいない。

 ミュエルさんがいなければ、ただの怠慢な人間だ。


 だから、今回に関しては外れだね。


 ていうか、わたしのターンで急に手相がぶち込まれて来たような。



「……え、それだけ?」


「もう、欲しがりさんだなぁ君は。

 えーっと、どれどれ。ふむふむ、なるほど

 へぇ、そういうことか、興味深いね」


「どうかな?」


「ケアがしっかりされていて良い手だ。

 爪もきっちり切られているのも清潔感があって良いね!」


「ふざけてるじゃん! 完全に笑かしにきてるじゃん! 面白くないし!」


「えー、だって手相占いなんてこんなもんでしょ。これ以上言うことないよ〜。

 より詳しく教えて欲しいなら、是非料金を支払って正規の占いを受けてねっ!」


「くっ、言い返せない」



 明らかにみゅんみゅんの占い結果と差がある気がするんだけど……。


 みゅんみゅんへの助言に関しては、心情を察して元気付けてくれるサービスだった、とポジティブに解釈しておこうかな。


 この人詐欺師の才能あるから、客が今一番欲しい言葉を的確に口にしてそうだしね。



「これで生誕祭に関する確認はお終いかな?」


「これで終わりだよ。

 それじゃあわたし達は帰るね。

 ご協力ありがとうございました、占い師シトラス」



 椅子から立ち上がると、後ろから「あっ」という名残惜しそうな声が聞こえた。


 その、胸がキュンとさせられる鳴き声を発するのはやめて欲しいな。

 目にハートマークを宿しそうになるから。

 そういうのは、家で二人の時に堪能してもらおう。


 座っているメイドに手を伸ばして、彼女を引っ張り上げる様に立たせる。



「ではさようなら、お二人……どうか息災で。

 あと、今度はお客様として来てね!」


「もちろんだよ。

 いつか、占いが必要になったらまた来るね」



 簡単な挨拶を交わして、占い屋さん『ぱにがーれ』を出た。


 これで仕事は全て完了した。

 あの駄菓子屋に帰ろうか。


 リューカちゃんとセレナちゃんも既に巡回を終えて、わたし達を待ってくれてるだろうな。


 なんだか、今日はいろんな人と会話ができて良かったな。

 優しそうなパン屋のお姉さんだったり、活発な唐揚げ少女だったり、口が達者な占い師だったり。


 これでみゅんみゅんも、少しは人に対する疑心を解消してくれていれば良いな。


 わたしは、隣を歩くメイドの手をそっと握った。






お話を気に入ってくれた読者の方は、ブックマークや評価を入れて貰えると凄く嬉しいです!


これまでにブクマや評価を入れてくれた方々、いつもありがとうございます!

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