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064 怯えるあなたが、もう一度人を信じられるように

エリゼ視点


 騎士団にお鍋を返却した翌日。


 本当ならここ一ヶ月間と同様に屋敷の中でのんびり過ごす予定だったんだけど、急遽超強制的に予定を入れられてしまった。


 リューカちゃんの提案によって。


 でもまさか、昔よく遊びに行っていた女神の生誕祭を作り上げる側に回るとは。

 ちょっとだけ面倒くさいな。


 きっとわたし一人なら断っていた。


 けどこれは、みゅんみゅんの心を癒す良い機会なのかもしれない。

 そう思ってリューカちゃんのお願いを聞いてみることにした。


 一ヶ月前のあの日、屋敷が襲われたあの日以降、みゅんみゅんは人を恐れる様になってしまった。


 事件が起きた次の週。

 街に食材の買い出しに出かけた時、わたしはそれに気づいた。

 人混みの中で大きく震えて吐きそうになっているみゅんみゅんに。


 その日なんとか大量の食材を購入してから昨日までのおよそ一ヶ月間、わたしとみゅんみゅんは屋敷に引きこもって誰とも会わない生活を送っていた。


 その間に少しだけ恐怖心が治まって来たみたいで、昨日出会ったリューカちゃんとセレナちゃんの面識ある二人には、なんとかコミュニケーションを取ることができていた。


 ただ、以前の様な姿はわたしと二人きりの時しか見せてくれないみたい。


 というよりも、以前に増して距離が近くなっている。

 スキンシップの数が多くなった訳ではなく、質が変わった様な……。


 例えば、わたしの服の端を掴んだり、体を密着させて来たり。

 多分これは不安を解消するため、本能的にみゅんみゅんがわたしを頼ってきている状態なんだと思う。


 大好きな人に頼られるっていうのは、本当に満たされる気がするんだけど、わたしはなんとなくこの繋がりの強さを恐れている。


 だって、これは友情でもなければ、愛情とも呼べない気がするから。


 本当のことを言うと、このままずっとわたしにだけ甘えていて欲しいんだけど、そういうわけにもいかない。


 それが彼女のためにならないと、多くの部外者が判断するはずだから。


 ……。


 屋敷の戸締りを済ませたわたし達は、玄関の前にいた。

 日中の暑さを凌ぐために互いに冷気を纏わせる術式を施し合いながら、簡単な雑談を挟む。



「まさか二日連続で外に出ることになるとはね。

 みゅんみゅん体調とか大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。今日はなんだかいけそうな気がする」


「あはは、それ昨日も言ってたよ〜」


「と、とにかく今日はいける」



 可愛いなぁ、ほんと。


 玄関扉を施錠して、わたし達は屋敷を後にする。


 雲が疎らに浮かんでいる空から降り注ぐ日光を浴びながら、住宅街に続く林道を歩く。


 玄関前でみゅんみゅんは平気だと言っていたけど、蝉が煩いこの道を抜ければみゅんみゅんは苦痛を感じてしまうだろう。


 ごめんね、また辛いことをさせてしまうかもしれない。

 だけど、もう一度世界を信じてもらうために必要なことなんだ。


 この世界には理不尽や悪人が山ほど存在するけど、大抵の人間は無害で他人に無関心な者ばかり。


 そして、みゅんみゅんの周りにはわたしやリューカちゃんにセレナちゃんが居て、みんながあなたの幸せを願っているということを信じて欲しい。

 それに、あなたにはファンがたくさんいるみたいだしね。


 不幸にばかり目を向けてしまって不安を募らせるなら、わたしがそれを吹き飛ばすぐらい幸せにしてあげるから。

 どうか、その深い傷が治ります様に。



 ☆



 かくしてわたし達は集合場所へ辿り着いた。

 屋敷からまっすぐ歩いて突き当たる住宅街と大通りの境界線。

 そこにある駄菓子屋さんで棒の刺さったアイスを購入し、店舗前に設置されたベンチで二人を待っている。


 平日ということで、通りを行き交う人の数は比較的少ない。

 みゅんみゅんの心的リハビリにはもってこいの一日なのかもしれないね。


 相変わらず何の味も感じることができない舌の上で、かじり取った棒アイスの破片を転がしていると、みゅんみゅんが距離を縮めて来た。


 密着してきたその大きな体に、なんとなく頭を預けてみる。



「ちょっと早く来すぎたかな」


「そうだな。けど、二人でこうして氷菓子を食べることができたから、嬉しい」


「だね。……ねぇ、みゅんみゅん。人混みが辛くなったらすぐに言ってね」


「気遣い感謝する。そうだな、気分が悪くなればご主人様に抱きつくことにするよ」


「じゃあわたしはみゅんみゅんの気分が悪くなることを願わないといけないのか。

 複雑だけど頑張るね」


「え、ご主人様は私の不幸を願えるのか……?」


「……絶対に無理」



 駄菓子屋の屋根の下でわたし達は、ほとんど何も考えていない脊髄反射の会話を繰り広げていた。

 他愛もない話がとても楽しくて、案外こういうしょうもない話の方が記憶に刻まれたりするんだよね、なんて考えてみる。


 溶け始めたアイスを最後まで食べきったところで、前方から黒の衣装のツインテール娘と純白の修道女を纏った銀髪少女がこちらに向かって来ているのを確認した。


 束ねられた紙と鞄を携えた少女達はベンチに座るわたし達に気付くと、彼女らは素早く駆けて来た。



「嘘、早すぎでしょあんた達。てっきり遅刻すると思ってたわ」



 リューカちゃん……出会い頭になかなか酷いことを言ってくれる。

 どうやら、彼女の中でわたしはそういう位置付けをされているらしい。


 実際、みゅんみゅんが関わらない限りわたしは何事に対してもやる気が起きないわけなんだけど。



「リューカさん、まずは挨拶が先だと思いますけど」



 隣に並んでいるセレナちゃんはそう言いながらリューカちゃんの脇腹を小突く。

 なんだか、仲が良いな、この二人。



「おはよう、二人とも。今日はよろしく」


「……よろしく頼む」



 わたしに続いてみゅんみゅんがそう言った。

 良かった、昨日よりは心を開いてくれているみたいだ。



「ええ、よろしくお願いするわ。

 それじゃあ早速今日やってもらうことを説明していくわね。

 とりあえず、この紙の束と鞄持ってもらえる」



 そう言いながら、リューカちゃんは抱えていたそのセットをわたしへ手渡す。



「昨日も言ったけど、あんた達には大通りに並ぶ店舗を回ってもらって、出店の内容とそのサンプル品を集めて欲しいの。

 配った紙の束は出店の内容を記す用、鞄はサンプル品の回収用ってことね。

 はい、これがあんた達に担当してもらうエリアよ」



 リューカちゃんは携帯用の地図を取り出すと、今度は手の空いているみゅんみゅんへと差し出した。


 みゅんみゅんが地図を広げると同時にわたしはその腕の内を覗き込んだ。


 大通りが詳細に描かれたその地図の上を、赤いペンで囲っている部分がある。

 どうやら西側の一部らしく、見知った店が何個か入っているのを確認した。


 地図上には所々、隙間が空くよう印の打たれていない店舗が散見している。

 そこはおそらく、屋台や出し物を用意しないお店なんだろう。


 だけど、それとは別にほんの数カ所だけバッテン印が打たれている部分があった。



「このペケ印のお店は?」


「そこは反教会派の店舗ね。危ないから近寄るんじゃないわよ」


「反教会派?」


「女神や教会に反感を持ってる人のことよ。

 過激な奴らは国家転覆なんてことも企んでるとかなんとか」


「え、こんな良い国でもそんなこと考えてる人がいるんだ」



 治療も受けれるし、修道女達のボランティアでかなりの人が救われている。

 なかなかこんな国はない様な気がするけど。



「良い国かどうかなんて人次第でしょ。

 あんたやあたしが見てる世界が全てじゃないんだから、決めつけるのは良くないと思うわよ。

 ……ま、とりあえず印が打ってある店には近づくんじゃないわよ」


「そうするよ。なんだか怖いし」


「じゃあさっさと取り掛かるわよ。

 あたしとセレナは東の方を回るから、終わり次第またこの場所で落ち合いましょうか」



 咥えていたアイスの棒を口から取り出して、ベンチ横にあったゴミ箱に捨てる。

 みゅんみゅんの手を取り立ち上がったところで、リューカちゃんがそわそわしながらわたしの一連の動作を見ていたことに気づいた。



「そのアイス、美味しかった?」


「え、ああ、うん。美味しかったよ」


「そ、じゃああたしも買っていこうかしら。

 セレナ、あんたはどれ食べたい?」



 セレナちゃんは、氷菓子が詰められている箱型の保冷魔道具を覗くリューカちゃんの隣へ移動する。

 修道女がアイスを選んでいる姿はどこか新鮮で、とても風情を感じられた。



「迷いますね。わっ、こんなのもあるんだ! 美味しそうです。

 ぎょ、魚介アイス……これはやめておきましょう」



 魔術師を目指し夢中で走り続けて来た少女と、目の前で困っている人を一人残らず救って来た純白の聖女様が並んで氷菓子を選んでいる。


 夏の風景というには些か不思議すぎるその後ろ姿を背に、わたしとみゅんみゅんは大通りへと向かって歩き出した。


お話を気に入ってくれた読者の方は、ブックマークや評価を入れて貰えると凄く嬉しいです!


これまでにブクマや評価を入れてくれた方々、いつもありがとうございます!

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