059 火花迸る女と女
ミュエル視点
花壇の片付けを一通り終えた私達は、玄関の外で騎士団の到着を待つことにした。
玄関前の小さな階段に寄り添い座りながら空を眺めるだけの時間が流れる。
他愛無い話をすることもなく、ただただ心を癒すための一時だった。
しばらくすると、息を切らし気味の騎士団団長フルーリエが十数人の騎士を引き連れて屋敷にやってきた。
どうやら全速力で駆けつけてくれたらしい。
フルーリエは、私達を目にするやいなやまじまじと全身を観察して安堵の息を吐いた。
そして、乾いた笑い声を交えながら口を開ける。
「は、はは……なんだ、無事なんじゃないですか。
てっきり傷だらけの先輩を拝めると思って全力で来たんですけどぉ、とんだ肩透かしでしたね」
フルーリエは開口一番で嫌味にしか聞こえない言葉を投げかけてきた。
まさか、私の怪我を見たいが為にここまで走ってきたのか。
私の側にいるエリゼハートはフルーリエから顔を背けてそっぽを向いている。
彼女らが親睦を深めるにはまだ時間が掛かりそうだ。
「いきなり呼び出してすまない。
事情は耳にしていると思うが、屋敷が五人組の盗賊に襲われてしまったんだ。
その後処理を頼みたい」
「はぁ、承りました。現場へ案内してください」
盗賊の連中が倒れている部屋へと騎士達を連れて屋敷の外周を歩く。
部屋の入口に描かれた魔法陣に直面するのを避けるためにこの道を選んだ。
私の右側には、手を握っているエリゼハートがいる。
それは良いのだが、なぜか左側に密着するようにフルーリエがにじり寄ってきている。
後続の騎士達がざわついている。
新手の嫌がらせだろうか。
結局、どういう意図で幅寄せをしてきたのかを聞けずに部屋に辿り着いてしまった。
「この部屋だ」
「酷い荒らされようですねぇ。
見てるだけでも憤りを感じちゃいますよぉ……。
皆さん、状況の確認と鑑識を開始してください」
団長の合図で、騎士達は各々部屋に入り始めて情報を探り出す。
倒れている女共の姿や荒らされた部屋を写真で記録する者、顔に展開されている認識阻害の術式を解き始める者、各自が役割に取り掛かる。
部屋をざっと回ったフルーリエは、私達が待っている庭に戻ってきた。
「では、詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうかぁ?
襲撃者の女共は皆揃って眠ってらっしゃるようなので」
「こいつらは……願望器、願いを叶える宝を寄越せと屋敷を襲ってきた。
この時、ご主人様は外出していて屋敷には私だけしかいなかったんだ」
「願望器?そんなものがここにあるんですかぁ?」
「いや、少なくとも私は聞いたことがない」
フルーリエはエリゼハートの方に顔を向ける。
本当にそうなのかと確かめるように睨みつけている。
エリゼハートは動じずに、ただ言葉を紡いだ。
「残念ですけど、そんな代物があれば今頃お前はこの世から消えているでしょうね」
ご主人様の体でそんな軋轢を起こしてしまうようなことを言わないでくれ。
「でしょうね。となると、この盗賊共は思い違いでここを襲ったということですか。
あるいは嘘の情報を流したものが後ろにいるのか、と言った感じでしょうかねぇ。
先輩、続きをお願いします」
「ああ、その……私は連中に願望器がこの屋敷には無いという真実を伝えたんだが、信じてもらえず、だから……わた、私は戦えないから、だから……なにもできなくて……」
感情がフラッシュバックする。
怖い。
もう済んだ話なのに、体が震え始める。
そっか、思っている以上に私の心は擦り減ってしまったんだ。
思うように喋れないな。
どうしよう、このままじゃまた後輩に嫌なことを言われてしまう。
なんとか話さないと。
「そこからは私が説明します」
ずっと手を握ってくれているエリゼハートがそう言った。
私はただ俯くことしかできない。
それでも、ありがとうと心を込めて握られている手に力を込めておいた。
「……はい、ではお願いします。エリゼ・グランデ」
「丁度私が屋敷に帰ってきた時、ミュエルは……ミュエルさんは賊に襲われている途中でした。
彼女を見て分かる通り、給仕服が破かれています。
皆まで言わずとも何が起きたか理解できますよね」
「……体を弄ばれた……ということですね」
フルーリエは少しだけ声を震わせながら事実を確認する。
拳を強く握っているのが分かる。
「幸い、私が帰宅したことで事は未遂に終わりましたが。
盗賊には、私の体術と魔術でお眠りになってもらいました。
嗚呼そういえば、自らが描いた魔法陣をその身で受けてもらった人もいましたね。
それで騎士団を呼んで今に至る、という感じです」
エリゼハートは、武器として使用した『刀』など自分情報を伏せて状況を説明した。
私が説明していれば、きっとそういう漏らしてはいけない事を口走っていただろうな。
「……聖騎士は本当に死んだみたいですね。
先輩はもう何もできない抜け殻ですか。
恥ずかしく無いんですかぁ?こんな燻んだ女に守られて」
説明を受けたフルーリエは、どこか寂しげに憤っていた。
彼女の言う通りだ。
私が力を行使すれば、こんな大事にならずに済んだはずなのに。
ご主人様にはずっと守られてばかりだ。
「……そうだな。以前の私なら、こんな無様な姿は晒していなかった」
「そうですよ。こんな輩、瞬く間に斬り伏せていたはずです。
はぁ……もう先輩は何もできない無能ですよ。
自分も守れなければ、主人も屋敷も守れない。
とんでもない無能じゃないですかぁ」
どうやって出したのかが気になる程大きな舌打ちが聞こえた。
音の発生源であるエリゼハートは、眉間にしわを寄せながらフルーリエを睨みつけている。
「お前、正気ですか?
今、ミュエルさんが何を思っているのか、どれだけ深い傷を負ったか、少しぐらいは想像できますよね。
もうミュエルさんは騎士じゃ無いんですよ。
お前が想像しているミュエルさんじゃ無いんですよ。
お前が……騎士が守るべき国民なんですよ」
「ふん、言われなくても分かってますよ、そんなこと。
私より付き合いが短い女に一つ言わせて貰いますけどねぇ、先輩はこんな柔な人間じゃないんですよ。
……っと、少しばかり熱くなりすぎましたね。
では業務に戻ります、先輩とこの世で一番不快な女は私の目の届く場所で待機していてください」
そう言うと、フルーリエは部屋に入っていき、騎士達に指示を出し始めた。
何もすることの無くなった私とエリゼハートは、ふかふかの草が生い茂っている地面に座り込む。
すると、私の上腕辺りに少女の頭がコツンと落ちてきた。
「あの騎士団長、本当に苛立ちますね。
どうしてあれ程に悪態をついてくるのか、疑問も疑問、視線交えるのも堪え難い。
崩れる風景、百合の冠、途切れた赤糸。
終わるなら愛と共に、終わるなら巻き起こる風に」
私にもたれ掛かるエリゼハートは、ぶつぶつと愚痴を漏らしながら、存分にポエムを発散している。
先程の感情と情景が脳裏に蘇ってしまった私は、もたれ掛かってきた少女の側頭部に自分の頭を突き合わせることしかできない。
だけど、それで良かった。
それが良かった。
テキパキと働く騎士達を見ていると、昔のことを思い出す。
聖騎士時代の私。
何者にも負けず、凶悪な魔獣を悉く討ち取り、国に貢献してきた私。
ミュエル・ドットハグラは強い人間だとフルーリエは言った。
でも、そうじゃない。
そうじゃないんだ。
本当の私はとても脆く、すぐに恐怖心に煽られる弱い人間だ。
ただ聖騎士という役職を演じていただけ。
それに徹するときだけ、全てを忘れることができていた。
決められた道を進むときだけは、何も考えなくて良かった。
私を慕ってくれていた彼女は、きっとそういう私に好意を持ってくれていたんだと思う。
……。
「ミュエル、ミュエル!!あ、あれ!!見てください!!」
エリゼハートが柄にもなく叫んでいる。
少女が指をさした方向を見てみると、屋敷の外から鍋と食器を抱えた少女が走ってきた。
「え、な、なに……?」
「全然分かりません。ですけど、おそらく良い人です。
とても善良なる人間だと見ます」
遅れてやって来たその少女は騎士の内の一人らしく、フルーリエの元へ駆け寄って行った。
二人は会話を交わしながらこちらをチラチラと確認している。
会話を終えると、騎士の少女は鍋を運びながらこちらへやってきた。
「あの、これどうぞ」
「え、ああ、ありがとう」
何の脈略もなく、騎士は私達に食器を渡した。
脳内はは疑問符に埋め尽くされている。
なんだろう、これ。
疑問に思っていると、騎士は鍋の中に突っ込んであったおたまで中身をすくって、私達の手にある食器にそれを移した。
「あの、これは一体何ですか?騎士団ってこういうのも提供してくれるんですか?」
エリゼハートは、私が疑問に思っていることを全部口にしてくれた。
「その、団長が暖かい食べ物を用意しろとだけ言い残して本部を颯爽と出てしまわれたので、大急ぎで作った料理なんです。
だから、味は保障できないんですけど、是非お食べください。
あの、お鍋はここに置いおきますね
おかわり自由ですので、遠慮無くどうぞ」
騎士は、どこか申し訳そうにしながらも言葉にすると、現場へと走って行った。
それにしても、フルーリエがそんなことを。
騎士団の団長としては私よりも気を配れる人間だな。
事件の被害者に温かい食事を提供するなんてこと、私は考えもしなかったから。
「腹立たしいです」
「え」
悪態をついてばかりのフルーリエを見直す場面だと思ったんだけど、
あれ、私が間違っているのか。
「これは私にあえて優しく施すことで、深い屈辱を味あわせる為のスープです。
ミュエルも騙されないでください。
この前、教会の前でメイドというミュエルの夢を馬鹿にされたのをお忘れですか?
これは罠です、絶対罠です!」
エリゼハートはぷんすこしながら一人で心理戦を繰り広げていた。
確かに、私の夢を貶されたことは到底許せることではないけど……。
でも、今回のこの気遣いにそういう意味では無いと思う、多分。
ゴクっと喉が鳴る音が聞こえた。
隣を見てみると、エリゼハートは渡されたスープを普通に飲んでいた。
「飲んでるじゃないか……」
「……作ってくれたのはあの騎士の女の子なので」
続くようにして、私もスープを飲み込んだ。
「あったかくて、おいしい」
コンソメ風味のそれは、私の冷えた心を十分に温めてくれる。
とても優しいスープだ。
ゆっくりと食道を進んでいく。
体内のどこにあるのかさえ分かってしまう程に温かい。
☆
二時間程で現場の鑑識は終わった。
部屋で倒れていた五人の女は騎士団の支部へと搬送され、屋敷に充満していた悪意は消え去っている。
さらに、騎士達は荒らされた部屋を出来るだけ整頓してくれたらしく、転がっていた家具なども元の位置に戻されていた。
ただ、傷ついた部分はそのままなので、買い替えの必要はありそうだ。
そして、ようやく手の空いたフルーリエが私達の元にやってきた。
「お疲れ様です、先輩と不快女。
どうやら、賊の正体は指名手配中の犯罪グループだったようです。
かなり凶悪な事件を複数起こしており、被害者の中には精神を病んでしまった方もいたりします。
そんな極悪な連中を逮捕できたのはお二人のおかげです。
事前に事件を防ぐことができなかった騎士団の尻を拭って頂き、誠に感謝致します」
「どういたしまして、超絶愚か女。
助言なんですけど、最初に暴言を持ってこられるとその後の言葉が何も入って来なくなるんでやめた方が吉ですよ」
エリゼハート……それは自分に言っているのか。
「……あの、あなた雰囲気変わりましたぁ?
なんて言うか感情の込め方とか、精神的なところが根本から異なっているような……。
ま、不快で不細工で根暗そうなところは変わってないんですけどぉ」
驚くことに、フルーリエはご主人様の人格が変化していることに若干気付いているようだった。
これ以上エリゼハートに話させるのは良く無いな。
「たった一度しか会っていない人間に対して観察力働きすぎでは?
もしかして前世がストーカーだったりします?それと最後の一言は自己紹介ですか?
ついでに言うと」
「あ、あっそうだ!!スープを用意してくれたことに感謝しないと。
ありがとう、フルーリエ。おかげで存分に癒された」
なんとか二人の言い合いを遮ることができた。
少しばかり強引過ぎた気がするけど。
感謝も伝えたし、フルーリエの気分も良くなってくれているといいんだけど。
彼女の顔を確認してみると、とんでもなく赤くなっていた。
「はっ、はぁ!?別に私用意させて無いんですけどぉ!!
あの子が勝手に持って来たんですよ!!過度な善意で!!
はぁ!? はぁ!? 意味分からんからぁ!!」
「い、いや、でもあの子はフルーリエが用意させたって言ってたけど」
「なっ!? そ、それは嘘ですよ!! 嘘!!
とにかく!! 私は用意させてませんからぁ!!
もうほんまに意味分からん!!」
そう言うと、顔を隠すように私達に背を向けた。
なんだか、興奮し過ぎて所々口調が崩れている気がする。
フルーリエは腕を組みながら私達の方へ目線を移すと、冷静に会話を再開させた。
「……念の為、可哀想な先輩方の為に結界を張っておきました。
これでこの屋敷が今後襲われることはないでしょう。私のおかげでね」
「そんなことまでしてくれたのか。ありがとう、フルーリエ」
「ふん、また面倒を起こされると困りますから」
私に嫌な言葉を吐く以外の部分は、昔のフルーリエのままなのかもしれないと感じた。
あの頃の心優しいフルーリエはまだそこに居る、きっと。
「結界を通して私達の生活を監視する気じゃないでしょうね?」
配慮の欠け過ぎたエリゼハートの一言を無視して、騎士団長は言葉を突ける。
「あと、騎士団で身柄を保護するというサービスもありますけどぉ、ご利用いたしますぅ?
ほら、二人とも疲弊しきってるみたいですし、もはやこの屋敷も事故物件ですし。
だから、まあ、心細い雑魚雑魚精神者のお二人を、騎士的に守ってあげてもいい的な感じなんですけどぉ」
彼女が口にしたのは騎士が駐在している特別な宿のことだろう。
今回のような事件の後、精神をすり減らしてしまった被害者を安心させるためにその宿を利用させることがある。
事件後はほとんどの人間がやり場のない不安を抱えてしまうため、その宿に泊まることが多いらしい。
だけど、私は。
「気遣い感謝する。だが、遠慮しておく。
それに、フルーリエが張ってくれた結界なら安心できる」
今夜はもう人と会いたくないから。
他人を視界に入れたくないから。
見知らぬ人間が少しだけ、怖い。
「そうですか……。
では私達はそろそろ失礼します。
今日はお疲れ様でした、先輩と藻屑」
フルーリエは騎士を招集し、こちらへお辞儀をすると屋敷を後にした。
珍しく賑わっていた屋敷から人が消えて行く。
本来の姿へと戻って行く。
私達二人だけの世界へ。
視界の端でエリゼハートがもじもじしているのが見えた。
どうしたんだろう、と疑問が浮かんだところで少女は大きめな声を出す。
「スープ用意してくれたこと、感謝します」
なんだ、やっぱりあなたも感謝してたんじゃないか。
「は?心底不快、二度と口を開かないで貰えますかぁ?
口臭で自然が枯れ果ててしまうので、うわっ……くっさぁ、ここまで臭って来ましたよ
皆さん、即退散しましょう。鼻腔が腐ってしまわない内に」
フルーリエはわざわざ騎士を急かして帰っていった。
「やっぱりあのスープ、善意で用意された訳じゃないと思います。
ていうか、私とミュエルで対応変わりすぎじゃないですか」
屋敷から出て行く騎士を追うように、太陽も星の裏側へと沈んでいった。
ブックマークや評価を入れて貰えると凄く嬉しいです!
そうして頂くと、多くの人に物語を読んでもらえる機会が増えるかもしれないので、お手隙でしたらよろしくお願いします!
これまでブクマや評価を入れてくれた方々、いつもありがとうございます!




