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058 エリゼであって、そうでない少女

ミュエル視点

 

「ミュエルと話していたいのは山々ですが、やらなくてはいけないことがまだ山積みです。

 さ、私の手を取ってください。

 いつまでも地べたに座らせておくとエリゼに怒られてしまいますから」


「すまない、感謝する」



 体の強張りは程よく解けて、抜けていた腰も息を吹き返した。

 差し出されたその右手を握ると、彼女は力強く私を引っ張り上げてくれる。



「とりあえず、騎士団を呼びましょうか。それから諸々の片付けですね。

 あの、ミュエル……騎士団を呼んでもらっても良いでしょうか?」


「ああ、分かった」



 この国には、騎士団の本部に直接通信を行うことができる術式が存在する。

 何らかの事件発生時、速やかに騎士団を呼び出すために作られたもので、騎士団が所有する受信用の魔道具へ言葉を繋げることができる。



「流れ、救い、夜明け。心通わせ波を打つ。聖クオリアの騎士へと意思を繋げ」



 簡単な詠唱を終えると、私の脳内に電撃が走った。

 痛いような、むず痒いような、気持ち悪いような気持ち良いような、独特な感覚が頭を襲う。



『こちら騎士団、どうされましたか』



 頭蓋の内側へ直接言葉が放たれた。

 どうやら術式は成功したらしい。



「家に五人組の強盗が押しかけてきた。既に全員を無力化済み。

 彼女らの捕縛のために騎士団を派遣して貰いたい。

 場所は、ひゅっ!?」



 話している最中だというのに、エリゼハートは無言で私の手を握り始めた。

 そして、その手を引きながら私を連れ歩き始める。


 な、何がしたいんだ。

 あまりにも唐突すぎて変な声がでてしまった。



『あの、どうかしましたか?』


「い、いや、何でも無い。場所は、その、街外れの林道の奥にある屋敷だ。

 出来るだけ早く来てほしい」


『了解致しました。お名前を伺っても?』



 会話を続けながら、私は屋敷内を巡っている。

 エリゼハートに手を引かれ流されるままでいると、エントランスに設けられた用具入れの前まで来ていた。


 ああ、そう言うことか。

 荒らされた部屋を片付けるために、掃除道具を取りに来ていたんだ。


 それならそうと、術式を展開する前に説明してくれれば良かったのに。


 というか、わざわざ私を連れてくる必要も無かった気が……。


 あぁ、そういうことか。


 私を気遣ってくれたんだ。

 凌辱を受けた直後の私を一人にしないために、そっと手を取って一緒にいてくれている。


 これがご主人様なら抱きついてしまう程嬉しいんだが、少し複雑だな。


 エリゼハートは、用具入れから箒を取り出した。

 が、その際に箒の先端が傾き倒れ、私の頭頂部に直撃した。



「あぇっ!」



 エリゼハートはビクっと肩を跳ねさせると、絶望に染まった顔で私の方へと振り返った。

 あわあわしながら小さく「ごめんなさい」と繰り返している。


 この状況で迂闊に喋ることができない私は、丁度良い位置にあった頭をなんとなく撫でておいた。



『あっ!あの!!……えっちなことしてませんか!?悪戯じゃないですよね?』


「ち、違う!その、頭をぶつけただけだ!

 こほん、えっと、名前はミュエル・ドットハグラ、家主はエリゼ・グランデだ」


『ミュ、エル?……ミュエル様!?

 確かにこの声はミュエル様のお声だ……。

 す、すぐに騎士団を向かわせます!しばしお待ちを!』



 術式の先で私の言葉を受け取っていた女性は捲し立てるように口にすると、断りも無く通信を切断した。


 とりあえず、これで良いか。



「騎士団は呼び終えた。部屋を片付けに行こうか……あ」



 目線を下げると、顔を真っ赤にした少女がいた。

 咄嗟に彼女の頭を撫でていた手を離そうとするが、手首をがっしり掴まれる。

 少女は、掴んだ私の手を自分の頭へと誘導した。



「その……もう少し撫でてください。

 私、こういう感情になることが少ないので、今のうちに味わっておきたいです」



 照れ顔で私を見上げるその顔はとても愛おしく、まるで子猫のようで、とにかく可愛らしい。

 今すぐにでも食べたくなるような、とっても危険な顔をしている。


 ご主人様と同じ顔面でそれをされると色々まずい。

 すぐにでも止めないと。



「了解した。もう少しだけこのままでいよう」


「ありがとうございます。

 ミュエル、このお礼はエリゼが返してくれるはずです。

 私も何かしてあげられると良いんですけど、傷ついたその心はエリゼにしか癒せないでしょう。

 だから、エリゼに任せます。

 私はこの温かい感情に包まれていたいと思う所存」



 そして、私は数分間彼女の頭を撫で続けた。

 せっかく整えた髪の毛をくしゃくしゃにするのは少し申し訳ないと思うが、彼女が望んでいるのならそれでも良いか。



「ふぅ……ありがとうございました。

 って、すみません、私の感情を優先している場合ではなかったですね。

 えっと、あとは……これも必要かな」



 少女は用具入れへ振り返ると、金属で作られたバケツにスコップを詰めて抱えた。

 そして、私は再び彼女に手を引かれて屋敷を移動する。


 荒らされてしまったリビングへ戻る。

 盗賊は未だに床に平伏し、気を失っているようだった。


 その女共を視界に入れるだけで体が震える。

 早く、ここから出ていけ。

 この屋敷から、私とご主人様の世界から消えてくれ……。



「まずは窓の外を掃除しましょう。

 ミュエルは私の側にいてください。片付けは私が一人でやるので」


「いや、そういう訳にはいかない」


「そういう訳にもいくんですよ。

 流石に今のミュエルに何かをさせるなんてこと、世界が許してくれませんから」


「……分かった」



 ここは甘えよう。

 今の私はきっとメイドとしての本領を発揮できない。

 邪魔をしてしまうに違いないのだから。


 窓の外へ出ると、エリゼ・ハートは花壇の前で屈んだ。

 私が作ったビーフシチューを大量に浴びてしまったその花壇。

 土にも、花の根にも、花びらにも、あらゆるところが茶色に染まっている。


 私も少女の隣にしゃがみ込んだ。


 ……ご主人様と一緒に育て始めたそのお花は、根本の方で茎が折れ曲がっていた。

 このまま枯れるのだろうか。


 嫌だな。

 とても、とても。


 この屋敷で働き始めてから二日目のこと。

 あの日、私はご主人様に植物の手入れを教わった。


 この花壇は初めて私が水をあげた大切な思い出。

 ご主人様に手を取られてジョウロの使い方を知った。

 根っこの方へ優しく水をあげる。


 記憶が写真となって何枚も蘇る。


 悲しい。

 泣きそうになるぐらいに、とても、とても……。


 ぐすっ、と音がした。


 それは、鼻をすする音だ。

 隣からその寂しげな音が聞こえてきた。


 隣で屈んでいる少女の方へ目をやると、大粒の涙が瞳から溢れ出していた。



「あれ、涙が……。

 すみません、これはまずい。

 気分が一息で持っていかれそうです。

 ごめんなさい、ミュエル。

 こちらを見ないでください。エリゼの弱々しい姿を見ないでください。

 あと、聴覚も遮断してくれると助かります。

 その……ポエムが、抑えられないので」



 言う通りに目は逸らした。

 耳も両手で塞いだ。


 それでも、聞こえてしまった。

 辛そうに喘ぐ少女の泣き声を。


 胸が痛い。


 それは、ご主人様の体で泣かれているからでもあり、エリゼハート自身が堪えきれない感情を必死に我慢しているからでもある。


 目を背けている手前、彼女が何をしているかは想像することしかできないが、きっと持ってきたバケツに花壇の中身を移し替えているんだと思う。


 廃棄するために。


 エリゼハート、彼女はご主人様の一部でありながらご主人様自身も認知していない存在。


 そんな第三者のような立ち位置の彼女だけど、もしご主人様と思い出を共有しているとしたら……。


 今行っている花壇の後処理は、彼女にとって残酷すぎる行い以外の何者でもない。


 当事者である私やご主人様に代わって花を捨てているのに、その実、私達と全く同じ感情を宿している。


 それは代行と呼べる行為ではなく、自傷と言える。


 傍らにいる彼女に私は何もしてあげられない。

 その少女はそれを望んでいないはずだから。


 ……でも、それで良いのか。

 ただ甘えるだけの私を、私は許せるのか。


 気がつくと、私は少女を背後から抱きしめていた。



「あ、ちょ、ちょっと……困りますよ、ミュエル。

 手元が狂いますので、離れてください」


「離れない、絶対に。

 だから、私にも手伝わせてくれ。

 これは私が向き合わなきゃいけないことだから」


「……そうですか。

 でも、スコップは一本しか無いですよ」


「じゃあこうすれば良い」



 私は背中から両手を回して、少女の両手を甲の方から軽く握った。

 右手はスコップを持つ手に、左手はバケツを持つ手に。



「大胆ですね、ほんと。

 だけど、これなら苦しみも二人で分けることができる。

 ありがとうございます、ミュエル」


「感謝するのは私の方だ」



 遺灰を片しているような、遺体を埋葬しているような、そんな悲しさが溢れてくる中で、私たちは黙々と未来が潰えてしまった花壇の中身を処理した。


 花壇の中身を移し終える頃、少女はその口を開ける。



「雨が降ってきた。軽蔑、そして赦しを乞う黒い雨。

 ざあざあ、ぽつぽつ、ざあざあ、ぽつぽつ。

 宇宙を彩る黒なのに、煌めきは一緒に落ちてきてくれない。

 ……ごめんなさい。

 本当に制御できないんですよ、この自動ポエム。

 とりあえず、今のは宇宙に星がなかったら寂しいよねって話です、多分」


「そうか」



 正直なところ、私は吐き出された詩の意味を理解できるほどの感受性を持ち合わせていない。

 だけど、それが酷く美しい調べだと感じた。


 間も無くして、この屋敷に騎士団が到着する。

 顔見知りの後輩達と、現騎士団の団長フルーリエが全速力で駆けつけてくれた。

ブックマークや評価を入れて貰えると凄く嬉しいです!

そうして頂くと、多くの人に物語を読んでもらえる機会が増えるらしいので、お手隙でしたらよろしくお願いします!


これまでブクマや評価を入れてくれた方々、いつもありがとうございます!

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