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056 絶望を孕まされた健気な片割れ

ミュエル視点


 明らかに私の知っているご主人様ではない者がそこにいる。

 容赦無く悪を穿ち葬る鬼のような少女。


 だけど、その少女の片鱗に彼女を感じる。

 私を思ってくれる大好きなあの人の意思を見出せる。



「ミュエルの誇りから手を離して頂きたい、下衆の皆様方。

 残念ながらその奥を見ていいのはエリゼだけなんですよ。

 さあその汚らしい掌を片してください。

 そして、命を断ちなさい」



 少女は給仕服のスカートを摘み上げている女に向かって淡々と言葉を浴びせる。

 そして、その口ぶりが自分はエリゼでは無いと言い切った。


 最初に動いたのは私のを羽交い締めにしていた小柄な女だった。

 拘束を解いたと思うと、短剣を取り出してそれを少女に浴びせるように距離を詰める。



「お前ぇっ!!うちの仲間に何してくれてんだああああああ!!」


「哀れな言い草。呆れる程惨たらしい死に様にしてあげましょう」



 短剣を振り下ろしてきた小柄の女に対して、何倍もの速度で少女は動いた。

 両手で構えた薄い刃を持つそれは遺跡で見た禍々しい大剣とも異なっていて、この国では滅多に見かけることのない『刀』と呼ばれるもの。


 少女は跳躍した小柄な女の脇を縫うようにすり抜け、それと同時に右肩から左脇にかけてを斬り伏せた。


 女はそのまま腹から床に落ち、動かなくなってしまった。

 ただ浅く呼吸を繰り返している。


 明らかに斬撃を受けたはずなのに、その肉体には傷一つ残っていない。


 先の攻撃と同じだ。

 無傷のまま相手を倒している。


 一つ分かることがあるとすれば、無傷とはいえど刃を通された箇所には実際にダメージが入っていると言うこと。

 脳の錯覚を利用しているのか、あるいはそういう特異能力を宿した刀なのか。


 仲間が倒されていく様子を目にしたリーダー格の女は、私の大切な給仕服から手を離した。

 その小さな安堵で私の腰は抜け落ち、その場に座り込む。



「誰だ、お前。話が違う。情報とまるっきり違うじゃねぇか。

 エリゼ・グランデ、お前はただの雑用係だったはずだ。

 テンペストでは補助魔術を担当していただけのお荷物。

その前のパーティでもただ利用されていただけの哀れな女。

 そんなお前のどこにこんな力がっ!!」


「喋りすぎですよ。ああ、怖い。とても怖い。

 すぐにでもそちら側に、川の向こう岸へと星を運び出さないと。

 未知から歩いてくる悪魔が笑っている。

 ……斬り捨てる」



 瞳に鬼を灯らせた少女は、桁違いの瞬発力でその場から消えた。

 初めて、自分から行動を起こした少女は宣言通りにリーダー格の女の首を狙い跳んでいる。


 鍛えられた私の目をもってしても、彼女の速度は異常だった。

 大抵の人間は気付かれる前に命を奪われてしまう高速。



「クソっ!!あたしを舐めるなよ、女ァ!!」



 リーダー格の女は叫びながら気合を入れると、既の所で超速の斬撃に対応した。

 打ち付けられた長い刀の刃に対して、短剣を突き合わせることで攻撃を防いだ。


 そして、短剣を持つ右手をひねりながら腕を下ろすことで刀を受け流す。

 飛び掛かった少女の軌道が大幅に帰られ、宙に浮く体の軸も横にブレる、


 その隙を見逃さなかったリーダー格は、空いている左手を少女の顔面へと突き出し目を潰しにかかっていた。



「この距離から回避することはできないよなァ!?悪いがここでお前は終わりだ」


「口、開けない方が良かったんじゃないですか?」



 体勢を崩してしまった少女は、咄嗟に刀から離して自由になった右手をリーダー格の開いた口に勢いよく突っ込んだ。



「もがっあ、あああ」


「人の顎が外れると、その口はどこまで開いてしまうのでしょうか。

 楽しみです。罪悪感無く人体で実験できるのが」



 無慈悲にも、そーれ、という掛け声と共に少女は女の口に入れた右手に全体重を乗せた。

 顎が外れる音が聞こえると、そのまま女は床に叩きつけられる、



「ひぁっ!!?」



 悲鳴にならない悲鳴が女の口から漏れた。

 痛みと不快感に襲われて床に爪を立てるその女の首を、少女は戸惑うことなく刀で斬り落とした。


 厳密には刃を通しただけで、女の首は未だ健在だ。

 ただ、斬られた感触と痛みが走っているんだと思う。



「次で最後ですか。

 嗚呼、こんなこと早く終わらせないと。

 エリゼの世界にもう必要の無いこんな暴力、さっさと終わらせてしまおう」



 そう言うと、少女は無口な女の方へと歩き出した。


 向かってくるその姿を見た無口な女は、直前まで構えていた短剣を放り投げて窓の方へ逃げ出した。



「何してるんですか……?」



 感情の消えた声が聞こえたと思うと、次の瞬間に少女は女の背後を取っていた。


 両手両足の付け根を流れるように刀で斬ると、女の四肢は活動を停止しだらしなく倒れ込んだ。

 ダメージの入っていない首から上だけは活きの良い動作を繰り返している。



「い、いや……ごめんなさい……ゆるして」



 無口な女は許しを乞うている。


 ……私も、ずっとそうやって謝っていた。

 何もしていない私は、訳もわからずにずっと許しを求めた。


 それでも辱めを受けた。

 大切な物を悉く壊された。


 それなのに、どうしてお前が許しを乞うているんだ……。

 私もずっと訴えたのに、結局お前らは手を止めなかったじゃないか。

 なんで、そんなことができるの……。


 少女は、伏して無様な姿を見せつけている無口な女の首を掴み上げると、そのまま部屋の扉前まで移動した。



「そうですね。貴女には扉前の魔法陣を喰らってもらいましょうか。

 とても、とっても怖い世界に誘われますよ。

 視界が消え、音が消える。

 本当は、大切な人を前にして無力化される気分を味わって貰いたかったんですけどね」


「ごめん、なさい。お願い、ゆるして」



 無口な女はガタガタと震えている。

 認識阻害の掛かっている顔面から涙がこぼれ落ちているのが見える。


 どうして、日常を壊したお前が泣けるの。


 苦しく、不快な感情がずっと湧き出てくる。

 こんなの、駄目なのに。

 ご主人様が愛してくれた私でいられなくなる。



「ああ、言い忘れてました。

 私の体は少し特別だから今も立っていられますけど、常人なら死んでしまうかもしれませんね。

 何度もこの魔法陣を使ってきた貴女達なら、それぐらい理解してるんじゃないですか?

 ……では、さようなら」



 冷た囁くと、少女は無口な女を魔法陣の上へと放り投げた。


 数秒後、無口な女は何も喋らなくなり、とうとう震えることすら止めてしまった。



「……次に移りましょうか、もう悪いことできないように躾けてあげましょう」



 少女は未だに唸り続けるリーダー格、小柄、馬鹿そうな女の元を巡る。


 そして、数え斬れないほどの残虐を繰り返す。


 下腹部に、脳天に、歯間に、眼球に、鼻腔に、喉に。


 その傷を与えない刀で女共を何度も何度も突き刺し、斬り裂いた。



「祈るように、恥じるように。

 復讐を思うならば罰を、死を誓うならば救いを」



 盗賊どもに徹底的に残虐を繰り返す。

 決して傷が残らないその斬撃は、拷問に最適の技だと思えた。

 どれだけ強く斬っても、どれだけ非道なことをしても女共の命は絶えない。



「決して思い上がらせないように、牙を踏み砕く。

 これを怠る馬鹿が居るんですよね。

 報復、人の悍ましさを知らない間抜け。

 そうならないように、徹底的に心を殺す。

 かつて、最愛のあの子がその身に受けたように……」



 刀が体を這う度にうめき声を上げる連中を無視して、ただ作業をこなすように斬りつける。


 その見るに耐える光景が終幕を迎えるまでは、数分にも数十分にも感じた



「これぐらいで十分ですね。

 はぁ、跡形も無く殺してやりたいんですけど、ミュエルの目の前でエリゼを殺人鬼にはできないですね。

 ま、ミュエルが側にいなくてもそんなことしませんが」



 躾けなるものを終えると、少女は私を捉えた。

 腰が抜けて立つことができない私に少女が迫り来る。



「おぇっ!?」



 彼女が近づいてくる程に魔の匂いが鼻を突き、吐き気を催した。


 普段のご主人様からは絶対に放たれるはずのないその香りは、遥か昔に人の前から姿を消した魔族の匂い。


 消えたと言っても、稀に人間界に現れる魔族がいた。

 それらと刃を交えていた私だからこそ、人外なる魔族の匂いを識別することができる。


 目の前にいる少女は、魔の者だと直感が疼いている。


 少女は私の力無くも険しい表情を見た。



「そんな顔しないで下さい、ミュエル。

 死にたくなるから。

 嗚呼、昏い海の底で待つ死神。その鎌を鬼の首筋へと……。

 っとと、自動ポエムが吐き出される。

 はぁ、ミュエル……私はミュエルの味方です。

 そして、エリゼの味方でもあります」



 悲しそうな笑顔を見せながら語る。

 今しがた私を救ってくれた彼女のことは信じたい。


 だけど、ご主人様の体に遺物が入り込んでいるその現実を受け入れられない。

 大好きな人に異物が混じっている。



「貴様は……何者だ」



 嗚呼、そうでした、と思い出すように言うと、少女は前髪を整える。

 乙女のような仕草を披露した彼女は胸に手を置きながら言う。



「初めまして、ミュエル・ドットハグラ。

 私はエリゼの片割れ。

 彼女が作りし器に宿った彼方の魂。

 言うなれば、彼女の負を受け持つ健気な心。

 だから、そうですね……エリゼハートとお呼びください」



 怯える私に向かって、ご主人様の体を操る羅刹はそう笑いかけた。


ブックマークや評価を入れて貰えるとありがたいです。

このお話を読んでくれる人が少しでも多く増えて欲しいのでよろしくお願いします。

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