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054 悪意は楽に愛を奪い去る

ミュエル視点


 目にした瞬間に憎悪を思い起こさせる女共は、むせ返るほどの悪意を放つ悪党。

 願望器なるものがこの屋敷にあるなんて話は聞かされていないし、私も見たことがない。



「願望器なんてもの、私は知らない。すぐに出ていけ」



 武器としては些か短すぎる包丁の鋒を四人へ向ける。

 今の私にとってはただの玩具にしかなり得ないそれに思いを込める。

 場違いな輩は巣に帰れと、私の世界に土足踏み込んでくるなと。



「やばっ、聖騎士様包丁持ってるんだけど!!これ緊急事態じゃね?」



 頭の悪そうな口調で驚いている女がいる。

 小柄、リーダー格と来て馬鹿な女が出てきたか。

 個性派揃いの面子だ。

 残りの一人は部屋に入ってきてから微動だにせず、ただ突っ立っている。



「聖騎士の力が健在なら、包丁一本で小国を滅ぼせるらしいよね……ひええ」



 そう言うと、小柄の女は一歩後ろへ下がった。

 ただ、それとは対照的にリーダー格の女がこちらへと進み始める。



「怖がる必要は無い。事前の調査通り、こいつは抜け殻だ。

 虫も殺せん臆病な女、もはや聖騎士の頃の覇気など見る影もない」



 リーダー格は私の現状を並べ立てながら、私の目の前までやってきた。

 女は私より少し低いぐらいの背丈、女性としては高い部類に入るだろう。


 接近してようやく気付く。

 こいつは後ろの三人とは格が違う。

 恵まれた体格とそれを最大限に活かす鍛え方をしている。


 騎士団の中でもトップ層に入れる実力を持っているだろう。



「貴様らだな……街で私達を監視していたのは」


「すげー!視線ってバレるんだ!やべぇ!」



 一週間前、街で感じたあの視線。

 馬鹿そうな女の反応からして、気持ちの悪いあの悪意はこいつらが向けたものだったんだ。


 騎士時代に得た、視線や悪意を感知する力を持ってすれば、他人に監視されているかどうかを判別することができる。

 その力をご主人様も身につけていたのは驚きだったが……今はそんなことを考えている場合じゃ無いな。


 リーダー格の女は馬鹿そうな女を睨みつける。

 ボロを出すなと釘を刺すような視線を向けていた。

 目の前の女は、ゆっくりとこちらへ振り返る。



「もう一度問おう。願望器は。願いを叶える宝とやらはどこだ」


「そんなものはこの屋敷に無いと言ったはずだが」


「とぼけるなよ、メイド」



 大きな音が部屋に響く。

 私の言葉を聞いたリーダー格の女は、傍に置いてあった二人用のテーブルを蹴り飛ばした。

 それはご主人様と私がいつも食事をしている大切な家具。

 床に転がテーブルの足は雑に折れ、天板も割れている。

 使い物にならないことは一目で分かった。


 頭に血が駆け上っているのが分かる。

 怒りが溢れてきている。



「やめろ……私はいつでも貴様らの首を刎ねられる。

 ここに貴様らが探し求めている願望器とやらは存在していない。

 さっさと引き返したほうが身のためだぞ」


「それは恐ろしい。おい、いつもの魔法陣描いとけ。場所は出入り口の扉前。

 もう一人の女が帰ってくると厄介だからな」


「っ!?ご主人様の家を穢す気か!!貴様ら!」


「今更騒ぎ立てるようなことでも無いだろ。

 そういうのは我々がエントランスにいる内にいう言葉だと思うぞ」



 半笑いでそう言うと、ここまで一度も口を開けていない女が動き出した。

 命令に従うように、扉の方へと動き出す。

 扉の前に到着するとその場でしゃがみ込み、赤い液体の入った丸い瓶を取り出した。

 親指で栓を抜くとガラスの瓶を傾けて、中身を床にこぼし始めた。


 屋敷を汚す行動をするこいつらをすぐに止めなければいけないのに、体が動かない。

 怖い。

 殺してしまうのが怖い。


 戦う勇気が出てこない。

 戦わないで済む理由ばかりを探してしまう。


 動かなければいけないのに、どうして。

 もう、私に聖騎士としての力は残っていない。

 戦いに対する恐怖が全身を襲う。


 これじゃ本当に、無能じゃないか。


 私が恐怖で固まっているその間に、無口な女は魔法陣を完成させてしまった。

 こんな時、リューカのような魔術師なら魔法陣の形状を一目見てどういう術式か理解してしまうんだろうな。



「なぁ、そろそろ願望器の在処を吐いてくれないか?」


「何度も言っているだろ。そんなものはこの屋敷に無いと。

 だから、早く出ていけ。私に刃を使わせるな」


「そうか、意思がお硬い女だ。

 普段なら暴力で解決するんだが、生憎お相手が聖騎士と来た。

 きっと我々の攻撃じゃ擦過傷すらプレゼントできないだろうな。

 だから、もっと適切な脅しを味わってもらおうと思う」



 そう言うと、リーダー格の女は私が構える包丁の背を優しく撫でた。

 浅いグローブに覆われたその手を刃に這わせながら柄の部分まで移動させると、軽く掴み込み私の震える哀れな手から奪い取った。


 女は耳元で囁く。



「あ〜あ震えちゃって、弱くて可愛らしい女」



 全部全部お見通しだった。

 私が恐怖で震えているのも、包丁が見掛け倒しだということも。

 もう、騎士ですら無いということも。


 膝から崩れ落ちる。

 緊張が体を縛る。

 視界が狭まる。

 呼吸が浅くなる。

 体の芯から震え出す。


 怖い。

 一人が怖い。



「聖騎士様に対して有効な脅しと言えば。

 そうだな、例えば、大切な物を傷付けてみたり」



 リーダー格の女は室内をぐるぐると歩き回ると、団欒用にとご主人様が買ってきた黒色のソファに腰を掛けた。

 菓子を共に食したり、隣同士に座って他愛もない話をしたり、戯れあったりしたその場所に、躊躇いもなく穢れた体を置いた。


 女は、腰のベルトに携えていた短剣を取り出すと、勢いよく背もたれに突き刺した。

 そのまま下の方へと刃を落とし進める。

 それを何箇所にも及んで連続的に繰り返す。


 思い出のソファが、ご主人様が買ってきた物が、傷付けられている。



「あ……やめ、て」



 消え入りそうな声量で訴えるが、その言葉に意味はない。

 もうここから逃げ出して泣きじゃくりたい。


 早くあの人の胸に抱かれて、救われたい。

 全部謝って、全部謝って……。


 女はソファに飽き足らず、部屋中を傷つけ回る。

 床も壁も、本棚も、椅子も。

 後を続くように残りの三人も不規則に部屋中を荒らした。

 私に見えるうに、残酷が行われている。


 一人の女、馬鹿そうな口調の女がキッチンへ入ると、食器や調理場を全て荒らしていた。

 そして、さっきまで作っていたビーフシチューの煮込み鍋を見つけると、私の目の前へ持ってきた。



「すっげぇ愛情の入ってそうなシチューだなおい。

 もったいないけど、これも捨てるわ」



 そう言うと、女は庭に続く窓ガラスへ力強く鍋を放り投げた。

 それは、想像通りにガラスを突き破り、庭で育てている花壇の上に落とされた。

 蕾になったばかりの花に、作りかけのビーフシチューがぶちまけられる。

 土の上には、植物に不要な要素で溢れかえる。


 あ、あああ……せっかく、大切に育ててきた花、なのに、なんで、そんなこと。

 もう嫌だ。

 だれ、この女、だれ、こいつら。

 なんで、私とご主人様の世界を邪魔するの。

 嫌だ、嫌だよ……ご主人様、助けて。


 一通り荒らし終わったリーダー格の女は、傷だらけのソファに再び腰を下ろした。

 そして、跪いた私を見下しながら笑っている。



「例えば、その純粋無垢な肉体を弄んでみたり。

 ふふっ、お前ら、聖騎士様が遊んで欲しそうだぞ。



 な、何を言っているんだ、この女は。

 駄目だ、それは。


 脳内に高音が絶えず鳴っている。

 意識を飛ばしたい。

 もう、現実を見ていたくない。



「やったー!!姐さんのその言葉をずっと待ってたんですよ。

 上物を目の前にして我慢するのがどれだけ大変だったか」



 気持ちの悪い、不快なことを言うと、小柄な女は私の目の前に屈んだ。

 舐めるように私の胸を観察している。


 吐きたいほどに感情が荒ぶっている。

 嫌だ、そんな目で私を見るな。

 お前が、私のことを何も知らないお前が、私の体を見るな。



「うお、でっかぁ!!良いねー良いねー。

 鍛えられているせいでそこはかとなく硬そうだけど、それもまたよし。

 いや、ほんとに上物だよこいつ」



 握った拳を突き出せば、すぐにでも命を奪えるのに、私の体は動かない。

 ただ、尻餅をついて情けなく後退することしかできない。


 私のそんな些細な抵抗もすぐに押さえつけられる。

 小柄な女が私の背中に回りお腹へ手を回すことで、簡単な拘束を行う。



「へへっ最高、聖騎士の肉体ってだけでそそるなぁ。

 下半身も涎が溢れるぐらいに旨そう、なんつーか、すっげぇエロい。

 さっさと楽しませてもらいますか」



 馬鹿な女が、近づいてくる。

 拘束状態の私の前方から徐々に距離を詰めてくる。


 やがてその獣の手は給仕服のスカートへと辿り着き、その裾を摘む。

 しわが寄ったスカートを捲り上げようとしている。

 ワンピース型である制服のスカートを捲るということは、それは……。


 気持ち悪い。

 駄目。

 まだ、まだ、ご主人様にも見せたことがないのに。

 こんなのは、許されない。

 嫌だ。



「い、いやっ!」



 振り絞った声を上げて、足を乱暴に動かした。

 掴まれた獣の手を振り解くように、息苦しいこの世界から逃げるために一矢報いる。



「こいつっ!!くそ、抵抗して来やがる」


「姐さーん、もうこの服破っちゃっていいすか?」


「趣向としては最悪だが、そうも言ってられんか。刻め、あたしが許可する」


「ふん、その清楚な服を台無しにしてやる」



 騎士時代の私ならこんな些細な凌辱をなんとも思わなかった。


 だけど、私はもう騎士ではない。


 ご主人様に出会って、私は恥を得てしまった。彼女を意識してしまった。

 こんな無価値だと思っていた体でもご主人様に見られそうになった時、直感的に恥ずかしいと思ってしまった。


 私は、あの人に恋をしてしまった。


 然るべき時が訪れるまで、彼女に肌を晒してはいけない。

 いつか来るであろう初めてを捧げるその日まで、無闇に体を見せてはいけない。

 交際にさえ至っていない私達はまだそういう関係には至れない。


 それまでは、私も自分の体を守らないと。

 綺麗なまま私はご主人様と一緒になりたいから。


 だから、欲に塗れた獣には見せる訳にはいかない。

 触れられる訳にはいかない。



「っ!!」



 俗世の邪悪を詰め込んだような女は、短剣を取り出して私の鎖骨あたり、給仕服の襟元へと刃を引っ掛けた。


 やめろ、やめて。

 お願いだから、もうやめて。


 私の大切な服を、私の夢を傷つけないで。


 叫びたいほど心が狂っているのに、言葉を発せない。


 相手の顔を睨みつける。

 それが相手を喜ばすだけだと理解しているのに、感情を隠せない。

 認識阻害の術式が展開されていてその表情を確認することはできないが、おそらくそのベールの裏は酷く嘲笑した顔を浮かべているんだろうな。


 無慈悲にも、突き立てられた刃は給仕服を破き始める。

 糸をすーっと断つ音が鮮明に聞こえる。


 目の奥がとても痛む。

 奥歯が軋んでいる。

 瞼を瞑って、世界から逃げ出すことしかできない。


 もう、見たくない。


 ごめんなさいエリゼ。


 私は、もう……。


 ……。


 ……。


 ……。


 瞼を貫く光が現れた。

 薄く視界を開けると、私の胸部が輝いてるのを確認できる。


 眩しい程に煌めいていたのは、私のインナーだった。

 ブティック『アゲハアガペー』に初めて訪れた際に購入した黒の下着。


 その下着に女の短剣が強く弾かれていた。

 弾かれたその金属は、粉々に砕け散る。



「はぁ!?おいおい、この女なんつうブラしてんだコラぁあああ!」


「貞操守護の魔道具か。それも武器を弾き破壊する程の強力な術式持ち。

 ってなると、おそらく下の方も同じものを履いているな」



 リーダー格の女はそう呟いた。


 ああ、助かったんだ、私は。


 貞操守護の魔道具。

 気を許した相手以外から肉体を守る魔道具。

 購入してからずっと使用していたのに、そんなありがたい代物だと気付いていなかった。


 あの女店員に感謝しないと。


 だけど、そんな救いも、次の瞬間には絶望に変わっている。

 ソファで足を組んでいるリーダー格の女は再び口を開く。



「だが、それも些細なことだ。

 聖騎士様には唇がある。舌がある。耳がある。目がある。指がある。

 まだまだ幾らでも愉しむことができるさ。

 そうだな、まずはその唇を貰おうか。

 こっちへ連れてこい。

 あたし自ら悦ばせてやる」



 希望を見出した直後の絶望はとても辛く、時間が止まってしまったんだと錯覚するほどに思考が停止してしまった。


 なんで、こいつらは、そんなことが、できるんだ。



「えー、姐さんのキス長いから待ってる間暇なんですよねー」


「ふっ、悪いな。舌をねじ込んでる時が一番沸るんだよ」



 しょうがないな、と言いながら背後からお腹に手を回して拘束している小柄な女が私を持ち上げ、リーダー格の下へと運んだ。



「ちょっ!?待ってよ姐さん!

 アタシ一発ぐらいこの顔面に拳入れとかないとスッキリしないってぇ!!」


「諦めろ。聖騎士様は自ら攻撃ができないだけであって、我々の攻撃が通るとは言ってないだろ。

 顔面に拳が着地した瞬間に、お前の腕が反対方向に折れてるだろうよ。

 聖騎士ってのはそういう類の加護を受けてんだ」



 そう言うと、女はソファから腰を上げ私へと近づいてくる。

 小柄な女はお腹に回していただけの手を羽交い締めへと移し、より強固な拘束を行う。


 逃げないと、嫌だ。

 こんな、こんなところで、失う訳にはいかない。



「おいおい、あまり嗜虐心を煽るなよ、聖騎士。

 余計に興奮しちまうからさあ」



 そんな思いも虚しく、リーダー格の女に顎をがっしりと掴まれた。

 逃さないように強く捕らえられている。


 歯を食いしばり、唇を内側へ仕舞い込む。

 それが精一杯の抵抗だった。


 ……。


 口付けなんて、ただ体と体が接触するだけだと思っていた。


 それが特別な行為なら、手を握るのも、肩を貸すのも、髪をといてもらうのも、殴り合うのも同じぐらい特別なはずだ。

 厳重な相互合意の下で行われる口付けに対して、それらを容易に交わしてしまうのはおかしいんじゃないかって、ずっと疑念を抱いていた。


 それなのに……それなのに、私は今迫りつつあるそれに逆らおうとしている。

 その意味を理解してしまったから。

 私にも、

 それに、手を握るのも、肩を貸すのも、髪をといてもらうのも、特別なものだった。

 きっと殴り合うのだってそうだ。


 全部全部特別だ。

 ご主人様と一緒なら、何もかも特別なんだ。


 ……。


 ぐっと涙を堪える。

 ここで泣き喚いても、目の前にいる外道の肥やしにしかならない。


 でもそっか、私がこうやって耐えてる姿も愉しませているんだ。


 もう無理だ。


 何をやってもこいつらの餌になるのなら、もう諦めよう。

 抵抗も我慢もせず、現実を受け入れよう。


 そして、壊れてしまおう。


 もう二度と、ご主人様の前に現れなければいい。


 穢れた私に意味はないから。


 いっそ、死んじゃおう。


 ……死ぬのだけは、駄目だ。


 女の顔が迫ってくる。

 避けることもできない


 初めては、ご主人様が良かった。


 ……。


 ……私の唇が奪われることは無かった。


 エントランスの扉が開かれ、声が響き渡ったから。


 それは、私が最も愛する声だけど、今一番耳にしたくなかったご主人様のもの。


 駄目だご主人様。

 今帰ってきては、駄目だ。


 こんな姿……見られたくない。


 私が、怖気付いてる格好はもう見せたくないんだ……。


 それに、この部屋には魔法陣が。


 言葉を発せないように、私の口は大きな手で覆われた。





 ☆





 森に囲まれた屋敷。

 人里と乖離され、生命の気配がほとんどしないその空白の場所。

 そこには、閉ざされた二人だけの世界が広がっている。


 たまに訪問してくる魔術師とかがいるけどね。


 今日は服の受け取りというタスクしかなかったので、さっさと終わらして猛スピードで帰ってきた。

 だって、煮込み料理をしている貴重なみゅんみゅんの姿が見られるんですもの。

 そりゃ誰だってダッシュで街へ行ってダッシュで帰ってくるよ。


 ブティック『アゲハアガペー』の店員には、「ええー、一応本人に試着してもらおうと思ってたんですけど」なんて悪態をつかれたが、最終的には「まぁ私の裁縫力は最強なので問題ないですけど」と自慢げに口にしていた。


 とりあえず早く帰りたかったので、店員を適当にあしらって店を出た。


 さ、ようやくみゅんみゅんを眺めることができる。

 どうしよ、もう料理終わってたら。


 大丈夫だよね。


 屋敷の玄関に設置された重めな扉を開ける。



「ただいまー」



 わたしの声が静かなエントランスに反響した。


 返事がない。

 いつもはどでかい声で返事をしてくれたと思ったら、即座に出迎えまでしてくれるんだけど。


 多分、お手洗いだね。

 とりあえず、キッチンで待とうか……な。


 ……どういうこと。


 そこら中の部屋の扉が開けられている。

 荒らされている。


 心臓が締め付けられた。

 時間の流れが遅く感じる。


 受け取った服が詰められたショッパーの紐を強く握る。


 大丈夫……いや、大丈夫なわけ、ないでしょ。

 だって、返事が無かったから。


 歩く。

 目的地は、キッチン。


 みゅんみゅんの無事を祈りながら、早足で進む。


 みゅんみゅんは簡単には死なない。

 だから、無事だ。


 でも、それじゃあどうして返事が無かったんだろう。

 それは、きっと力以外でねじ伏せられているから。


 わたしは、今のみゅんみゅんが何に弱いかを知っている。

 暴力以外でわたしの大事な人を無力化する方法。


 それは、精神に負った傷を抉ること。

 絶対にしちゃいけない、許されざる行い。


 最悪な事態だけがわたしの脳を駆け巡っている。


 キッチンに続くリビングの目の前まで来た。

 臭う。

 悪意に蒸れた最低な匂いが鼻を突いてくる。


 深呼吸する暇も惜しいわたしは、勢いよく扉を開けて室内へ突入した。


 物が散らかり、荒らしに荒らされた室内には、みゅんみゅんと、それを囲むように顔の見えない女が四人いるのが確認できた。

 その内、みゅんみゅんの顎を掴んで持ち上げている女だけが特別強い相手だと直感する。

 同時に、わたしの大好きな人の大事な服に傷が入っているのも目にした。



「殺す」



 殺意が精神を統べる。

 とにかく、排除しないと。

 奪わないと。

 還さないと。


 力を込めて床を踏み込む。

 刹那で移動できるように、そして、首を折れるように。


 が、わたしの足はその時点で動かなくなっていた。


 異変を感じて真下を見る。

 部屋の入り口、その床面に魔法陣がびっしりと描かれていた。


 全身の力が消え失せ、倒れ込む。


 気を失う直前に、みゅんみゅんの酷く乱れた顔を目にした。

 ごめんなさい。

 わたし、また失敗しちゃった。

 そんな顔、させちゃいけなかったのに。


 怒りでどうにかなりそうなのに、わたしは眠ってしまう。


 心臓の鼓動が遠のく。


 世界から音が消えた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 嗚呼、貴女達は離れるべきじゃなかった。

 あの日、遺跡に出かけたあの日もそうでしたよね、エリゼ。

 引き金は彼女との距離。


 手は繋ぐもの。

 零れ落ちた運命は容易く奪われる。


 死にたい。

 そう思うのは私だけで良い。


 エリゼは生きるべきです。

 私に任せてください。

 目を覚ませば、日常が戻っています。


 だから、今は少しおやすみ。

 愛しのエリゼ。

 もう一人のエリゼ




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